訪問販売
先週の午後二時頃、仕事中に見知らぬ男が職場に来た。30代くらいの眼鏡をかけたその男はにこやかな表情をしながら「お忙しいところすいません。パン屋さんですけど」と言う。
「はあ……」たまたま近くにいた私は気の抜けた返事をしながら「自分で「さん」付けをするのも珍しいな」と頭の片隅でぼんやりと思った。
男はワイシャツ姿で片手にクーラーボックスのようなものを持っていた。きっとその中にパンが入っているのだろう。
しかし、既に昼食を済ませており、終業時間までもまだ間がある中途半端な時間に来られても対応に困るので、私は「間に合ってます」と素っ気ない返事をすると、男は「そうですか、お邪魔しました」と、やはりにこやかな表情をしながら去っていった。
そういえば去年だったか、やはり職場にケーキ屋を名乗る男が来たことがあった。その男もやはりワイシャツ姿で手にクーラーボックスのようなものを持っていた覚えがある。
パンにせよケーキにせよ、一目で事業所と分かるところにいきなり来て、昼休みの時間帯ならまだしも就業中に売れると思うのか。まだ一般の家庭を回った方が確率が高いのではないのか。私はそう思う一方で、何年か前に自分が住んでいた家の近所の商店街で、カートに段ボールを乗せて、道行く人に果物を売る女性がいたのを思い出した。
当時、繁華街でそのような若者が見られることがニュースになっていたことがある。店舗を持たず、キッチンカーでもなく、カートを引いて個人宅や街中を歩いている人に声をかけて果物を売るのだ。元となる会社か団体があるのかは忘れてしまったが、そのことを今の職場の先輩に話すと「あれ、盗難品ですよ」と言う。曰く、ベトナム人などの外国人が農家の畑から盗んでそれを売っているとのことだった。売り主は日本人のように見えたが、外国人から引き取っていたのだろうか。
そういえば、今は見かけなくなったが以前は駅の近くで軽トラに乗った農家だか業者が桃などの果物を売っているのを見かけて、あれも盗品だと言われていたことを思い出したが、真偽は不明だ。
そして今日の午後3時頃。やはり職場に果物屋を名乗る、20代と思われる若い女性が来た。大学生のようなラフな格好でリュックを背負い、片手にはレジ袋を持ったいた。ショートカットが似合う可愛らしい子だったが、あいにくこちらは丁度、運送業者が2tトラックでパレットに乗せた大量の荷物を運んできたところで、とてもそれどころではなかった。
「今、取り込み中なので!」
私が言うと「すいません、失礼しましたー」と状況を察してくれたのか足早に去っていった。
しかし今になって思うのは、もしその彼女が仕事が暇なときに来てくれたら、もしくは休日の暇なときに私の家に売りに来てくれたら興味本位で買ってしまうかもしれないな、ということだ。
ひとつ数千円もするような高価なものだったら秒で「要りません!」と答えるが、千円で釣りが来るような値段だったら買っても面白いなと思う。
買ったらセミナーに誘われたり、果物とは関係のなさそうな印鑑や絵画を勧めてきたりするのだろうか?買わなくても、どこかの企業や団体に所属しているのか否か、何故、このような訪問販売をしようとしたのか、給与は良いのか等、興味本位で聴いてみたいところだが、彼らのネットワークで「あいつは押せば買うぞ!」と広がり、毎週のように何らかの訪問販売に来られるのも面倒だ。
そんなジレンマを抱えつつも、次は何屋が来るのか少し楽しみではある。
洋菓子か和菓子か、もしくは意表をついて駄菓子か。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?