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懸念

山手線で浜松町駅まで行き、モノレールに乗り継ごうとすると、駅のホームはキャリーバッグを持った大勢の人でごった返しており、ホームに停車している発車待ちのモノレールも混雑していて、自分が乗るスペースを確保するのもやっと、という混み具合だった。このモノレールは各駅停車で、文学フリマの会場の最寄り駅である流通センター駅に停まる。ということは、この大勢の乗客の大半が文学フリマの参加者か。まさか、こんな大勢の客が。

これほどまでの客が来るようになった文学フリマを感慨深く思いながら、私はモノレールのドアによりかかりながら東京の湾岸風景を、高層マンションと巨大な倉庫がひしめき合っている風景をぼんやりと眺めた。久しぶりに乗ったモノレールは揺れが大きく、こんなに揺れると胃の中身が逆流しかねないなと、いささか不安になった。モノレールから見る空は、低く立ち込めていた雲の隙間から太陽がわずかに顔を覗かせ、弱々しい光が海を照らしていた。この様子なら雨は降らないだろう。

今回の文学フリマでは、私が世話になっている読書会の女性の主宰者のMさんが、私のブースの売り子を一時的に引き受けてくれることになっていた。同様に、読書会つながりの女友達の滝野宮もこの文学フリマに出店することになっていて、お互いのブースで、お互いの本を委託販売することになっていた。
ちなみに私は今回、前回の文学フリマの出店時に出した既刊と、今回新たに作った新刊の二種の本を出す一方で、滝野宮は昔に作ったBL本を4種と、今回の文学フリマのために行ったという滝行のレポートの5種を出すと言う。それらのBL本と滝行のレポート本に挟まれる私のエッセイ本は明らかな異分子だが、私は第一展示場で、滝野宮は第二展示場と会場が離れているため委託販売の効果を期待した。

 今回の文学フリマで私はひとつの大きな懸念があった。それはブースの場所だ。
 前回の文学フリマでは、私のブースは第一展示場の比較的に入り口に近い好立地にあった。しかし、今回の文学フリマで私のブースの場所を確認したとき、私は不安を覚えた。今回も私は第一展示場なのだが、私のブースはだだっ広い会場の奥まった場所にあり、入り口からも出口からも遠く、何かのついでに見て回るような場所ではなかったからだ。会場の右端の壁際の列がB列。通路を空けてその次にC列がありブースが背中合わせの島になっている。そのC列の島の隣が私のブースのあるD列だ。私のブースの向かい側には通路を挟んでC列があるのだが、C列は他のブースと比較して両端が短いために、私のブースからは壁際のB列のブースが見通せる。
 すなわち、私のブースの前の通路が広く空いている。これは不利だなと会場の配置図を見たときに私は思った。前回の私のブースの場所は、向かい側の島との間隔が狭く、客が渋滞を起こしていたのだが、その代わりにフリーペーパーとチラシを貰ってくれる人が多く、開始一時間半で全て配り終えてしまっていた。それに伴い、私の本を手に取って買ってくれる人も多かった。前回の私の本は売り上げが良かったが、それは立地も大きな要因の一つだったと思う。
しかし、今回はそれが望めそうにもない。厳しい戦い(?)になることが予想された。

 午前10時45分に会場に到着した私は、ひとりで自分のブースの設営をした。前回は30分ほどで設営が終了したのだが、今回も同じくらいの時間で設営を終了した。今回、私と同じ長机を使う右隣のブースの出店者は30歳前後の男性二人組で、旅行記やエッセイを数多く揃えていた。あとで本人に聞いたところによると、二人は神戸から夜行バスで来て、文学フリマが終了したら夜行バスで帰宅するという弾丸ツアーのようなハードな日程だった。若さゆえの行動力か。私だったら絶対に宿に一泊するだろう。

そして左隣のブースは私にとっては驚きだった。私と同じくらいか年上と思われる中年男性がひとりと女性がひとり、そして数人の女性という大所帯で、長机を二つ使って設営をしていた。つまり4ブース分だ。ひとつのサークルで、二つ分のブースを使う出店者は珍しくはないが、4つもブースを使うサークルは初めて見た。売る本は二種類らしいのだが、在庫が多い。どちらの本も明らかに百冊以上はある。そしてそのブースの右端、私のすぐ左隣ではそのサークルを手伝う女性が、本人の本を売るという珍しい形態で、間借りをしているような感じだった。一体、どんなサークルなのか。

そして、午前11時50分。本来は正午ちょうどに開始の予定だったが、会場の前で行列を作って並んでいる客があまりに多いため、アーリーオープンと言って、当初の予定より十分早く開場することになった。このことは事前に文学フリマの事務局からメールで、アーリーオープンの可能性があることが伝えられていた。
 だが、お互いに委託販売をすることになっている友人の滝野宮は当日の朝まで作業に手間取っており、そのことを知らずに当日を迎えた。しかも当日になってコンビニのコピー機で、その日に配布する品書きを刷っていたのだが、そのコピー機が不調で、会場に着いたのはちょうどアーリーオープンを迎えたときだった。
 ブースの立地の悪さと友人の遅刻と私の体調不良。私は三つの懸念を抱えていたが、この頃には既に今朝から続いていた私の頭痛と吐き気はだいぶ回復していた。設営やその他の懸念で失念していたのかもしれない。起床時にはなかった食欲も出てきて、「どこかのタイミングで買ってきているアンパンを食べたいな」と思っているうちに、文学フリマ東京37が幕を開けた。(続く)
 


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