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短編集

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#小説

クォーツは言った(3)

クォーツは言った(3)

雨が降っている。誰もいない家はよく音が響く。何もすることはない、いやできないのだ。わたしはこうやって立派に思考することができるがその見た目は大きめの石である。
自分が石であるという事実は思いのほかわたし自身を縛り付ける。だってどこにも行くことができない。美しいものの隣にいることさえ、彼女ーーこの家に住んでいる女性のことである、どうやらわたしは彼女の指の先から出てきたらしいーーの手を借りなくては

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クォーツは言った (1)

クォーツは言った (1)

夕食の支度をしているとき。指が切れた。薬指の先だった。けっこう深くて、皮がそげている。そこから「石」が出てきた。いや、気づいたらあったのだ。血がにじみ出てくるのに一瞬、気を遠くしたのち、石はまな板の上にごろんと転がっていた。爪ひとつ分くらいの大きさで、白っぽい。だけど、透き通っていた。出血しているはずなのに、それはどこも赤くなかった。

 こいつはどこから来たのだろう。
 わたしの指の先にはこん

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プレートの観測 《果てしない道のりと証言のまとめ》

プレートの観測 《果てしない道のりと証言のまとめ》

**夏に ** 木陰に入ると小人が倒れていた。どうやら強い日差しに当てられたらしい。丁度凍らせたペットボトルを持っていたので、それを背に寝かせてやった。しばらくすると寝息を立て始めた。僕も疲れたので少し眠ることにしよう。緑に透ける太陽が眩しい。まぶたにかよう血液が高鳴っている。

**黒豆 ** その小人は夕食の卓袱台の下に突然現れたのでした。台の脚に身を隠し、こちらをじっと見つめてい

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見えない凶器

見えない凶器

 見えない凶器を持った人間。それが私の家には住んでいました。玄関を開けたすぐ向かいの部屋。2LKのアパートの一室。その人はたった一人でそこを占拠していました。
幼い私の夢は、自分の部屋を持つことでした。2LKのアパートですから、ひとつの部屋を占有されれば、あとは1LKしか残りません。あと一つの部屋は寝室として使っていたので、私の手には入りませんでした。キッチンを私だけの物にするわけにはいきませんで

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白紙の日記

白紙の日記

「何をするでもなく、ただ、白紙を埋める。その作業に没頭したのは、どうしようもなく不安だったから。心の端から端まで、黒く、赤くして、なんでもいいから空虚の色を残すことがたまらなく嫌だったの。それをわかってくれる?」
 真剣なまなざしで、八重子は言った。切りそろえられた黒髪が、蝋燭の光で艶めかしく光っている。病的に白い肌は暗闇からぼぉっと浮かび上がる。血色の悪い頬に、炎がほのかな紅を差して、いつもより

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枯れた花束を大切に抱える男

枯れた花束を大切に抱える男

車の中にいた男は花束を抱えていた。
その花束は見事に枯れている。水分は抜けきって、乾いている。
男は枯れた花束を大切そうに両の腕で包みこんでいる。
私は我慢ができなくて、車の窓ガラスをコンコンコンと叩いた。
男はこちらに気づいたようで、ゆっくりと窓ガラスがさがっていく。
「はて」
「ご主人、わたしはいてもたってもいられなくなってしまって、大変失礼だとは承知の上でね、こうやって貴方の車の窓ガラスを叩

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となりのこもんちゃんを悪どく言うといいよ

となりのこもんちゃんを悪どく言うといいよ

 しくみちゃんの横の席のこもんちゃんたちがそのとなりのこもんちゃんたちの悪口を言いはじめた。それをきいたそのまたとなりのこもんちゃんたちはとなりのとなりのこもんちゃんたちと同じようにとなりのこもんちゃんの悪口を言いはじめたのさ。
 こもんちゃんたちは花のように可憐だったから、どんなにその口から悪どい言葉がとびでても、しくみちゃんはみんなとってもかわいいなってすっごく感心してた。かわいいかわいいこも

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微睡みの後

 冷めたコーヒーは苦い水であるからして不味いのは当たり前のことである。かといって大雨で増水したドブ川の匂いがするとなったら話は別だ。好奇心から、私は中に人差し指を沈めてぐるりとかき混ぜてみた。するとそこには硬い鱗の肌触りがある。ツツと滑らしてみると、薄衣の如き尾ひれが揺蕩っているではないか。じっと目を凝らしてみるとそこには銀色の鮒が泳いでいる。
 「これは本当にドブ川になってしまったようだ」

 

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しくみちゃん、リボンをさがす

 ある時、しくみちゃんのセーラー服のリボンがなくなった。赤くて、カワイイ、テラテラのリボン。しくみちゃんは目を丸くして、「わたしのリボンがありません」と学校中をぐるぐるしはじめた。あんまりしくみちゃんがぐるぐるするものだから、お友達のあゆいちゃんはずるずるとひっぱられていつのまにか裏庭の焼却炉の前で授業を受けるはめになった。あゆいちゃんは教室から自分がいなくなったからさぞ大変なことになっているだろ

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