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【往復書簡エッセイ No.3】天丼と栗きんとんは誰の好物か?

レラちゃん、こんにちは!

桃の節句が過ぎて、日に日に春らしさが増してきました。

前回のエッセイでは、レラちゃんのお父さんとお母さんが、お二人で協力してお雛様を飾る様子が目に浮かび、温かい気持ちになりました。

私の実家でも、母が私と妹の雛人形を飾り続けています。寒かった冬を見送って春を迎えるトキメキを、お雛様が体現しているのかもしれません。

さて今回のエッセイは、高齢者に手ごろなワクワク感をもたらす、あることが題材です。


天丼と栗きんとんは誰の好物か?

80代の両親は、通信販売が大好きだ。インターネットは使いこなせないので、新聞広告や、一度買うと自動的かつ永遠に送られてくるカタログを見て発注する。娘の私からすると、買わなくてもいいようなものまで買っている。

いいカモ……否、いい顧客である。コロナ禍で外出もままならず、枯れた野山にいるような日々だった。通販は両親にとって数少ないエンタメかもしれず、散財しすぎない限りは「まあいいか」と私は放置していた。

あるとき「変なものが送られてきたのよ」と電話中に母が言い出した。あんたには黙ってようと思ってたんだけど、と歯切れが悪い。頼んだ覚えのない品が届いたそうだ。薄気味悪そうな、不安げな空気が電話口から流れてきた。

すわ、送り付け詐欺か?! と私は身構えた。

伝票の送り主欄には「ご本人様」と印刷されている。けれども母が言うには「私は頼んでないし、お父さんも、自分じゃないって言ってる。いつも注文するときは私にも一言あるし……」。一応、お互いに勝手に買物をしないルールになっているらしい。お父さんが返品の交渉をするって息巻いてるわと言い残して電話は切れた。

いったい誰が何のために? 真っ先に私の頭に浮かんだのは、この疑問だ。「送り付け詐欺」の文字が脳内でネオンサインのように赤く点滅していた。両親の不安が私にも伝染したらしい。

しかし引っ掛かることがあった。冷凍で送られてきた商品は、天丼と栗きんとん。どちらも父の好物なのである。

好きな食べ物を前に「俺はやってない!」と全力で否定している父の姿が、図らずもビジュアルでありありと浮かんでしまった。まるで被害者を装った犯人による、出来の悪い自作自演の狂言のように。

いやそれ、確実にお父さんでしょ、と笑いが込み上げてきた。

父は軽度認知障害である。認知症ではないものの、グレーゾーンにいる。通販の商品を注文した記憶がないと主張するのは初めてのことだった。残念なのは確かだが、少なくとも誰が送り主か悩む話じゃないのでは?

実家ではどんな状況だったのだろうか? 実は前の週に母は風邪で寝込んでいた。食事の支度をいつも通りにはできなかったという。

そこからの私の“推理”はこうだ。お腹の空いてしまった父が、通販カタログで目についた自分の好物を母に黙って注文し、その後キレイさっぱり忘れてしまったというシナリオ。これなら筋が通る。

翌日、父に電話でさりげなく訊いてみた。「お父さんが注文したんじゃないの?」と。答えはNO。父のなかでは「やっていない」ストーリーが確定しているようだ。ならば深追いはやめておこう。

母には「私はお父さんだと思うよ」とこっそり伝えた。
すると「荷物が届いたときに、お父さんでしょって私も言ったのよ。でも違うって答えるから……」と不服そうな声が返ってきた。
「もしかして、お父さんのこと、責め立てた?」と私。
「……」母は黙り込んだ。

結局その後「今回はなかったことにしましょう」と母が父を丸め込んで、二人で仲良く天丼と栗きんとんを食べたそうだ。

白黒をハッキリさせずとも、老夫婦の日常は流れていく。ときおりの珍事を肴にしながら。

私は実家に届いていた通販カタログの停止手続きをした。残すものは両親に選んでもらった。二人のエンタメを完全には奪い取っていないことを願いたい。

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