神奈川県のアクセラ「KSAP」採択で事業を伸ばした起業家たち、採択期間をどう過ごした?
神奈川県内の社会課題の解決に取り組む「社会課題解決型スタートアップ」の成長を目的として、県が2017年から取り組んでいるのが「かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム(KSAP)」です。
私たちGOB Incubation Partnersも2020年から、共にプログラムの運営をしてきました。
そんなKSAPが、この2024年度から大幅にリニューアル。上半期はシード期向け、下半期はアーリー期向けに分け、採択企業がより事業フェーズに即したサポートを受けられるように再編しました。
今回は下半期(アーリー期)の応募開始に合わせて、過去のKSAPに採択され、その期間内に事業を大きく成長させた3名の起業家に、座談会形式で話を聞きました(聞き手:GOB Incubation Partners 葛原彩)
自分が起点の岡さんと下平さん、他者の課題を“自分ごとにした”境さん
——皆さんの事業の共通点は、キャリアや家族など、社会関係を構築する上で、人に寄り添い、その人らしい生き方を応援することだと思います。世の中にはさまざまな問題がありますが、その“社会課題”に対して事業に取り組もうと考えたきっかけを教えてください。
岡えりさん:自分が育児中に社会から分断されているように感じ、不安を抱いたのがきっかけです。自分の経験から「社会の孤独」を解決したいと考えました。また孤独はさまざまな病気の根源になり得ることから、「未病ケア」の必要性も感じ、この両方を解決したいと思いました。
下平光明さん:私はもともと15年以上にわたり、医療介護に特化した人材紹介会社を経営していました。その中で、医療介護従事者の離職や精神疾患者数が他の事業と比較して突出して多いという業界課題が、15年まったく変わらずあることを実感していて、社会課題になっているこの状況を変えたいと思いました。
境領太さん:社会課題をソフトウェアで解決する事業を考えていた際に、あるシングルファーザーにニーズがあることを教えてもらったからです。「両親の離婚を経験した子供が親に会えない、養育費をもらえない」という問題がもたらす社会への影響が大きいのではないかと気づいたのが始まりです。
——岡さんと下平さんは、自身の環境から課題を見つけていますが、境さんは自身の経験でなく他者の課題に取り組んでいます。他者が抱える課題をどうやって自分が解決すべき課題だと捉えるに至ったのでしょうか?
境さん:課題の種を見つけてからは、ボランティアをしたり、当事者の方に関わったりすることで、その課題が本当に存在することを確かめました。その中で、この問題は離婚した大人の問題ではなく、両親の離婚を経験した子供の課題であり、子供のためのサービスだと考えるようになったことで、子供がいる親として自分ごとと実感するようになりました。また当事者ではなく第三者の目線をもっているからこそ、客観的にフラットに捉えることもできます。ですから必ずしも、自分自身の体験でなくてもいいと思います。
——逆に、岡さんは自身の課題解決ということで、行き詰ったことはありますか?
岡さん:「話を聴く」は日常的に当たり前に行われていると思われているからこそ、提供価値をどのように表現したら良いのか、“聴き上手さん”にお金を払ってまでリピートしてくれるのか、を検証していきました。
インフルエンサーやビジネスコンサルタントだと1回話を聞いてもらうと満足したり解決したりして終わってしまうのですが、不要なアドバイスはせずに聴くに徹するほうがリピートにつながることが明らかになりました。そこで、何度も帰って来れるような、駆け込み寺のような、そういう存在であることが自分のサービスの価値だという検証結果を踏まえて今に至っています。
支援金の100万円、3人は事業実証のどこに使った?
——皆さん何度も価値検証を繰り返していますが、実証を進めるうえでの失敗談はありますか?
全員:ありまくりです(笑)。
岡さん:やはり顧客やアプローチ方法については、想定と違うことが何度もありました。集客についてはとにかく試行錯誤です。例えばこのサービスを、「病んだ人が使うサービス」という見せ方でなく、「応援」の切り口でやってみたら、思ったよりハマらなくて。逆に孤独というワードを出したほうが集客につながったり。本当にさまざまなパターンをひとつずつ試していきました。
境さん:つい最近も不具合があったのですが、KSAP期間中に起こったことでは、アンケートを取ってその中ではすごく好評で、みんなが欲しいと回答したサービスなのに、いざリリースすると全然利用されない……そういうことは多々ありますね。
下平さん:失敗はたくさんあるのですが、失敗と思わず、「やらなきゃいけないことの1つだった」と思うことにしていました。そして失敗をカバーするのは、やはり「想いの強さ」です。現場に直接行って話す、現場への想いを本音で伝えることで、それまでよりさらに多くの人の力を借りながらリカバリーして結果につながったと思っています。
——KSAPの支援金100万円の使い道について教えてください(*KSAPでは採択企業に対して、調査・広報、開発、実証などに活用できる支援金として100万円を支給する)。
岡さん:開発費に使いました。すごくお金がかかることなので、助かりました。
境さん:商標の取得と開発費に使いました。商標を取るのはもう少し後のフェーズでもよかったですが、事業上で必要なことであれば何に使ってもいいというお金だったので、早めに取ることができ、それによって余裕が出ました。使い道については、ファイナンスが専門のメンターの方に相談もできたので、安心して使うことができました。
下平さん:自分たちはKSAPのあと、BAK(※)への採択を目指していたので、その応募のための実績づくりに使いました。調査や開発、実証などに関して必要な費用であれば、100万円は「何に使ってもいい」お金というのが魅力ですね。
KSAP採択で「お墨付き信頼感」「行政との連携が加速」
——KSAPは神奈川県のプログラムですが、県としてのサポートを実感することはありましたか?
岡さん:県の方は皆さん優しかったです。KSAP採択=神奈川県のお墨付きという信頼感があるので、まだ自分の事業を知らない方に事業を伝えるときも、まずは安心してもらえました。
境さん:自分の事業は、行政と一緒に進めることでより多くの人にサービスを届けることができるので、行政との連携はとても重要です。それを相談したら事務局の方がいろいろな組織の窓口を一緒に回ってくださって、とても心強かったです。
下平さん:他自治体のアクセラに比べて、KSAP事務局の熱量と距離の近さは普通じゃないです(笑)。参加している自分たちももっと頑張らないといけない、と思わされるくらいです。期間中にSHINみなとみらい(※)を利用できるのもありがたいし、起業家のコミュニティが定着しているのも、神奈川県がしっかり運営に関わっているからですよね。
——それ以外に、KSAPに参加して、よかったと思うことはありますか?
岡さん:人脈です。私は本当に知識も経験もなかったので、KSAPで知識だけでなく人脈を作れたことでその後の世界が広がりました。私のときはコロナ禍だったので、全部オンラインで当時は同期ともあまり関係性を作れませんでした。でも、卒業してから同期の方との関係が深まったり、メンターの方ともずっとつながっていたりして、ありがたいと思っています。
下平さん:自分も人脈ですね。KSAP時代は、実は同期の方々が自分よりずっと前を走っている気がして、あまり仲良くという気持ちにはなれませんでした。でも卒業後は同期メンバーもさることながら、KSAPの先輩や後輩とも積極的にコミュニケーションを取り、良い刺激をもらっています。また、説明会のあとすぐ壁打ちしてもらえて選考途中でLIKE/WISHを聞けるなど、プログラム外の手厚いサポートもあり、視座が変わっていく感覚が持てました。
境さん:座学についてもかなりいろいろな論点から学べました。事業の話だけでなくVCや銀行の方のお話も聴けて、出資する側から自分の事業がどう見えているかが一通り学べたのはよかったです。メンタリングが隔週であって、「それは本当にユーザーが求めていることなのか?」と何度も言われて、ユーザーインタビューをとことん行い、軌道修正しながら進めることができました。メンター選定についても、自分の事業とメンターとの相性を考慮してくださっていたようで、毎回新しい気づきをいただいていました。
——最後に、KSAP応募を迷われている方、KSAPに興味をもってくださっている方にメッセージをお願いします!
境さん:KSAPはメンターや事務局の方のサポートが手厚く、プログラムもとても良いと思います。一方で、ただKSAPに参加するだけだと、あっという間に終わってしまうので、自分の事業を伸ばすために、KSAPで何を得てどう活かすのか、主体的に取り組めるといいと思います。
下平さん:多くの学びがあり間違いなく事業が加速します。それに加えて同期というかけがえのない仲間も得られるし、県のサポートも受けられるし、とにかく世界が広がります。参加するとプラスのことしかないので、もし迷っているのであれば、絶対にチャレンジしてもらいたいです!
岡さん:私みたいに子育て中だったり、事業をつくった経験がない方は、ためらってしまうところもあるかもしれませんが、支援体制はしっかりしているので、むしろそういう方こそ想いがあるならぜひ挑戦してもらえればと思います!