「産後」領域でサービスを展開する2人の起業家に話を聞いた:Yaala井上裕子×SOCO伊藤博之
「産後」の領域でサービスを展開している、二つの事業「Yaala」と「SOCO」。
それぞれの代表である井上裕子(いのうえ・ひろこ)さんと伊藤博之(いとう・ひろし)さんが、2023年12月に大阪で開催したイベントで、トークセッションを行いました。
両者の共通点と違いに触れながら、お互いの事業の価値や思い描いている世界観を探ります。
Yaala、SOCOについて
Yaalaは一軒家の産後家族向けの宿泊サービスを提供しており、現在は兵庫と広島に4施設と連携し展開しています。「産後の家族旅行」をコンセプトに、産後に1ヶ月間、夫婦とその子どもで施設に滞在してもらう中で、家族生活の基盤を整えてもらうサービスです。
関西電力の社員だった井上さんが、同社の「かんでん起業チャレンジ制度」を活用して社内事業として立ち上げました。GOBも同制度を運営しており、Yaala創業時には出資も行うとともに、GOBの代表取締役社長CEOである高岡泰仁はYaalaの社外取締役を務めています。
対してSOCOは、産後女性の身体トラブルや体型改善を目指すリカバリーとダイエットのサービスです。理学療法士や作業療法士らと連携した医学的観点からのサポートと、フィットネストレーナーや栄養士による専門的サポートをシームレスに提供することで、妊娠・出産による骨格や姿勢のゆがみなど、女性の身体のダメージを効率的に改善に導きます。
2022年7月から伊藤さんがGOBの社内事業として立ち上げを進めており、2023年9月にサービスをリリース。現在は法人化に向けた準備を進めています。
そんなYaalaとSOCOは、いずれも産後という領域で共通しています。両者の共通点と違いに触れながら、お互いの事業の価値や思い描いている世界観を明らかにしていきます。
原体験のある井上さん、当事者ではない伊藤さん
近い領域で事業を営んでいるYaalaとSOCOですが、それぞれの事業立ち上げのきっかけはまったく異なります。
Yaala代表の井上さんが産後に着目した最初のきっかけは「自分の出産時に十分なサポートが得られなかったこと」でした。
「2013年の第一子の出産時に、里帰り出産ができませんでした。家族に頼れなければ、産後ケアサービスの存在も知らず、途方に暮れていました」(井上さん)
出産後は1年半の育児休職から復職した井上さんですが、その後も子育てでの「モヤモヤ」を感じる機会が増えたそうです。
「夫は、仕事もある中で、家事も子育ても、なんなら私より一生懸命やってくれているくらいでしたが、それでも私はイライラが募っていきました。この原因を考えると、お互いの中にある『ちゃんとしなきゃいけない』という思い込みが苦しめていたことがわかったんです」
一家族という閉じた環境の中で、お互い真面目に子育てに取り組むがゆえに、夫婦関係が円滑ではなくなっていった自身の経験から、井上さんは子育てを取り巻く「社会側の意識や仕組み、環境」にも意識を向けるようになりました。
「Yaalaを運営していて思うのが、自分が頑張り過ぎていることに気づいていない人が本当に多いということです。気付いていないから助けも求められず、自分自身を責めてしまい、そしてどんどん疲れていくという悪循環が起きています。まず自覚がないということが一番の課題だと思います」
一方の伊藤さんがSOCOを創業するきっかけはまったく異なります。出産の当事者ではなく、子どもがいない伊藤さんが、なぜ「産後」のサービスを立ち上げるに至ったのでしょうか。
「私の場合は、友人がうつ病に苦しんでいたこともあり、うつや孤立で苦しむ人を救いたいという思いが原点でした。そこで、どんな人がうつで苦しんでいるのかを調べていく中で『産前産後』に着目しました」(伊藤さん)
実際、産後うつの罹患率は10%強で、パートナーの男性も同程度の罹患率があるとされています。
うつ病に苦しむ対象として、伊藤さんは大きく4つのグループがあることを知ったそうですが、なかでも産前産後に着目したのは、もっともケアが手薄な領域だったためだそうです。
「私自身は結婚や出産の経験がないので、実際に出産した方にインタビューをしていくと、これをケアできる場所も非常に限られていることに気づいたんです。この(産前産後の)分野はまだまだ支援が確立されておらず、本来喜ばしいはずの出産で、心身の不調に苦しんでいる方がたくさんいると知り、強い問題意識を持ちました」
顧客の声からサービスの形を探る
こうしたきっかけから事業を立ち上げた二人。その後は、事業検証を進める中で、具体的にサービスの形を探っていきました。
井上さんの場合は自分の体験がきっかけとなっていることもあり、当初は「母子を直接ケアしよう」と考えました。里帰り出産ができない人向けに食事を提供するといったサービスを開発していたそうです。
しかし、実際に事業のプロトタイプを作り、顧客の声を聞いていく中で考えを改めたと話します。
「顧客と関わる中で、根本的な問題は夫婦のパートナーシップなどから生まれるメンタルの方なのではないかと気付きました。それからは『母子』ではなく『夫婦』のタスクを減らせる体制づくりへと事業をシフトしていきました。一方で、心のしんどさの解消法として、訪問ではなく家族に場所を変えてもらうというアプローチはずっと一貫しています」(井上さん)
同じく伊藤さんは、顧客の声を集めていくことから事業を組み立てていきました。
「うつ病のようなメンタルヘルスの問題と身体の不調が密接に関わっていることは、兼ねてから知っていました。その点では、産後の身体のゆがみも大きな課題です。妊娠、出産を通じて、筋や靭帯が伸びたり、骨格や姿勢がゆがんだりと女性の身体に大きな負担がかかりますから、フィットネスや骨盤矯正などの医療の観点が不可欠だと感じました。
そこでSOCOでは、身体の回復が心の回復にも寄与できるのではという仮説のもと、理学療法士や栄養士などの専門家とチームを組んでサービスを展開しています」(伊藤さん)
「産後のチームづくり」がもつ意味
さて、この日のイベントの前半では、それぞれのサービスを体験できる親子向けのワークショップも開催しました。そこでお互いのサービスについても理解を深めた井上さんと伊藤さんに、お互いの事業についての印象を聞きました。
「『やってあげる』産後ケア施設という印象が、がらりと変わりました。両親のタスクをすべて請け負ってしまうのではなく、あえて『任せるところは任せる』ことが、メンタルやパートナーの絆を強くするポイントになるという視点は、目から鱗でした」(伊藤さん)
「産前産後の不調には、特有の対応が必要だと聞くので、まさにその点に特化した素敵なサービスだと思いました。何より、ただ心身の不調の改善をしているだけではなく、(理学療法士や栄養士などSOCOの)チーム皆で子育てをサポートするという姿勢に大変共感します」(井上さん)
井上さんからSOCOへのコメントにもあるように、YaalaとSOCOに共通する要素の1つが、産後の生活にチームを巻き込んで支え合うこと。Yaalaでは、井上さんのほか助産師などの専門家が産後の生活をサポート。SOCOでは、理学療法士や作業療法士、フィットネストレーナーなどが体型改善を支えます。二人は「産後のチームづくり」をどのように捉えているのでしょうか。
「支え合いですが、その中でも当事者とのほどよい距離感が大切かなと思います。こちらから聞きすぎてしまうと逆に言いづらい、なんてこともあるので、入り込みすぎない絶妙な距離感での支援を目指したいです。これはSOCOのサービスを提供する中でも感じる部分ですし、Yaalaの『あえて任せる』というお話でも再確認できました」(伊藤さん)
「まさにYaalaが大切にしていることで、頼れる場所をたくさん作ることが大切だと考えています。近所の人やおじいちゃんおばあちゃん、そして私たちのようなケアサービスなど。強弱やグラデーションはあれど、何かあった時に頼れる選択肢がたくさんある社会をつくっていけたらなと思います」(井上さん)
「子連れが特別視されない社会」「産後を存分に楽しめる社会」を
最後に、改めて井上さんと伊藤さんの二人に、事業を通じてどんな社会にしたいかを聞きました。
井上さんは「子連れが特別視され過ぎない社会」を目指していると話します。
「子育てをしていると、周囲に迷惑をかけていないかなど、世間の目が気になるという両親が多いです。そんな緊張感は、ときにメンタル的なしんどさを感じさせます。ですから子連れを過剰に特別視するのではなく、自然に無理なくみんなで子育てをすることが当たり前になってほしい。そうすれば、もっと子育てしやすくなるのではと思います」(井上さん)
伊藤さんは「本来幸せであるはずの産後の時間を存分に楽しめる社会」を目指していると話します。
「苦しみもあると思いますが、純粋に産後の時間を幸せとして感じることができる社会にしたい。出生数が減少しているこのご時世では、出産や産後をケアするサービスや人も減っていくでしょう。それでも少数であれ、出産や産後に伴う数々の苦しみを抱える方はいらっしゃいます。地域や環境に縛られないサービスを提供することで、そんな方々が産後の時間を存分に楽しめる社会にしたいですね」(伊藤さん)