その新規事業がスケールしない理由、検証で陥る9つの罠
新規事業を輩出するために、アクセラレーションプログラムや新規事業提案制度(社内ベンチャー制度)などを通じて、社内から事業アイデアを公募するケースは多いと思います。
私たちGOB Incubation Partnersも、そうした企業の制度設計や組織開発に伴走してきました。さらにここ数年は、それらの制度から生まれた事業に対して投資を行い、経営参画しながら事業成長にコミットするケースも増えつつあります。
投資する際にGOBが大切にしているのが「世界観」です。常識にとらわれない「こういう社会になったら面白い」という像を共有し、社会に届けることで、既成の枠組みを越えていこうとしています。うれしいことに、そんな世界観をもった事業が企業からもたくさん生まれてきています。
しかし、そんな世界観ファーストでの事業化や経営は、一般的な新規事業とはまた異なる難しさがあるのも事実。そこで今回は、私たちが企業や起業家とともに経験してきた失敗や乗り越えてきた課題を「新規事業開発の罠」としてまとめました。
この記事では、事業の仮説検証を行う「実証期」の罠に絞って紹介します。
*本記事は2023年11月に開催したオンラインセミナーの内容をまとめたものです。2024年に出版を目指している『世界観ファースト(仮)』でさらに詳しく解説予定です。
<登壇者プロフィール>
1:初期利用者の意見を取り入れすぎる
実証期の1つ目の罠は、最初から商品を熱狂的に支持してくれるイノベーターと呼ばれる初期利用者層の意見に耳を傾けすぎてしまうことです。
商品を愛してくれる人に真摯に対応することは大切です。しかし事業をスケールさせるなら、その顧客がどんな属性なのかを見極める必要があります。
イノベーターは、商品の価値への感度が高く、そのため価値がまだ明確ではない、磨かれていない初期の商品にも肯定的だという特徴があります。
そのため、深く商品の価値を感じ取り、さまざまな意見やフィードバックを伝えてくれます。しかし、イノベーターとはごく限られた人たちです。その意見をそのまま商品に反映してしまうと、広く一般的な顧客には受け入れられにくい商品ができあがってしまうのです。
そもそも、今回取り上げている「実証期」とは何を実証するフェーズでしょうか。
「商品をブラッシュアップする」ための実証期間と捉えがちですが、実際には「事業を社会に届けるための事業戦略を立てる」ための期間なのです。
したがって実証期には、多数の一般的なニーズを持つ人々、つまりアーリーアダプターと呼ばれる層の意見を反映しましょう。
商品の価値は、次の3層に分けられます。イノベーターは、商品を使って初めてわかるもっとも深い「本質価値」に惹かれますが、アーリーアダプターは使う前にわかる「熱狂価値」に反応します。
ですから、イノベーターの意見を参考にするべきなのは、アイデア構想段階から商品設計までの、コアバリューを磨く「構想期」「開発期」。実証期以降は、アーリーアダプターの意見を参考にして、購入の判断基準となる価格の検証やサービス周辺の要素をブラッシュアップしていきましょう。
自分の事業が今どの段階にあるのかを理解し、段階ごとに適切な層の意見を取り入れていくことが大切です。
2:失敗を積み上げていないため、顧客インサイトが捉えられていない
新規事業のスケールに不可欠なのが「顧客のインサイト」です。「顧客が商品を利用し続ける理由」とも言い換えられますが、これは投資家が投資の判断基準にすることもある重要な要素です。
インサイトを掴むためには、実験やリサーチを何度も繰り返して「失敗」を積み上げなければいけません。
なぜ、失敗からしか本当の顧客インサイトを掴めないのでしょうか。
それは、私たちのほとんどが“常識人”だからです。自分の常識的な感覚から組み立てたインサイトの仮説は、多くの人が容易に想像できるものですから、そもそも検証するまでもありません。
このような一般的な感覚から生まれる仮説が外れ、その後にたどり着いた、常識の一歩外側にある仮説こそが、まだ誰も発見していない真の顧客インサイトである可能性が高いのです。
しかし潤沢なリソースがない場合、実験の失敗を恐れるあまり、真の顧客インサイトを捉えきれないまま事業を組み立ててしまう人が多いです。
真のインサイトを掴めないケースが増えている背景として、新規事業開発の“型化”の弊害もあるかもしれません。近年、新規事業開発のプロセスは、多くの企業や人が体系化しています。そのため、そのプロセス通りに、順に進めようというマインドになりがちです。
しかし繰り返しですが、インサイトを掴むには実験やリサーチ、インタビューの失敗が欠かせません。つまり、プロセスをただ前に進めるのではなく、進んでは戻ってを何度も繰り返す必要があるということです。
仮説検証の過程を最低3回以上繰り返しているか、をおおよその目安としてみるといいかもしれません。
3:顧客課題だけを解こうとして、市場・業界が抱える課題に目を向けない
新規事業を考えるときには、「顧客の課題を捉えることが大切だ」と口酸っぱく言われると思います。
世界観ファーストの事業にとって顧客とは、共に世界観を具現化していく重要なパートナーであることは間違いありません。しかし、顧客が抱える課題を解決して事業をスケールさせるには、「顧客の課題が発生する要因や背景」まで目を向けなければいけません。それがすなわち、市場・業界の構造です。
顧客が困っているのは、業界の構造上のなんらかの問題によって届くべき価値が届いていないからなのです。
例えば、運動が苦手な人が抱える「運動を続けられない」という課題。これは、運動が得意な人たちに向けた施設やサービスばかりが作られるというフィットネス業界の構造が、彼女たちに課題を抱かせています。このような業界構造の中にある障害をいかに取り除くのかが、イノベーションです。
業界課題を見つけるには、すでに業界の中で顧客課題の解決に奮闘している既存プレイヤーの取り組みがヒントになります。顧客課題を解こうとするものの、解決策が開発提供できないといった事象の裏側には、業界課題が隠れている可能性があります。
さて、ここまで3つの罠を取り上げました。
セミナーで取り上げた残り6つは要点を絞って以下にまとめます。
これらの詳細は、2024年の出版に向けて準備を進めている『世界観ファースト(仮)』に収録予定です。また、イベント当日に投影したスライド資料はこちらからダウンロード可能です。理解の助けとして活用してみてください。
4:「高い」という顧客の声を真に受けて値段を決める
顧客が「高すぎて購入できない」と言うとき、実は購入できない他の理由を言語化できていないことが多いです。安易に価格を下げるのではなく、高価格で高価値なサービスを追求することがスタートアップにとっては大切です。
5:事業成長に直接関連しない指標を設定する
スタートアップの成長は、すぐに数値に表れるものばかりではありません。そのため、短期的に改善が見込みやすい指標を追いかけがちです。例えばウェブサイトのアクセス数や無料会員の登録数などが該当しますが、一方でこれらは事業成長との関連性が薄いため、かえって成長の妨げになる可能性があります。
6:現時点でのベストな状態にして実験しない
検証すべき仮説が複数ある場合、1つずつ検証しようとする人が多いです。しかし、世界観とはさまざまな要素が組み合わさって初めて十分に伝わるものです。世界観ファーストの事業に最適な実証実験の方法を選びましょう。
7:過剰にデータドリブンな意思決定をする
たしかに、顧客の分析にはデータ活用が有効です。しかし、データ上、最上位にあるものが最適解とは限りません。新たな切り口でもって、事業を通じてこれまでにない世界観を広げようとするなら、ときにはデータに依拠し過ぎない判断が必要です。
8:過度に市場を限定してしまう
世界観ファーストの事業は、スムーズに社会に受け入れられない場合も多いため、市場を絞ることが必要です。一方で、市場を絞りすぎるとビジネスとして成立する市場規模を保てなくなってしまいます。
9:プロダクトに業界の成功要因を取り入れている
業界は、すでに成功している企業が顧客に価値を届けることに最適化された構造になっています。そしてこの構造を打ち破ろうとするのが新規事業です。そのため、プロダクトに業界の成功要因を取り入れることは、業界の構造を打ち破る妨げになる行動なのです。
今回の記事では「新規事業開発の罠」と題して、実証期の課題をまとめましたが、同様に「事業化(法人化)以降の課題」はこちらで紹介しています。