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保育園で惣菜の自販機販売「タスミィ」、ハウス食品グループから生まれた新規事業の検証プロセス

ハウス食品グループ本社(以下、ハウス)が、社内から新規事業を輩出するための取り組み「GRIT(グリット)」は、2023年度で4期目を迎えています。

現在、そこから生まれた事業アイデアがまさに事業実証を進めています。

2020年度の第1期生として参加した石井英貴(いしい・ひでたか)さんが手掛けるのは、「タスミィ」です。

検証プロセスを中心に、タスミィの事業について話を聞きました。


タスミィ事業推進者の石井英貴さん

保育園に設置した自販機で、パウチ惣菜を販売

タスミィは、2023年春から実証をスタートした事業です。

保育園に勤務する管理栄養士が監修したパウチ入りの惣菜を、保育園に設置した自動販売機で販売しています。

現在は千葉、東京にある10の保育園に設置しています。

1袋が、大人1人前と子供1人前の分量です。電子レンジで温めるだけなので、特に共働きで忙しい家庭でも、保育園帰りにタスミィの惣菜を買えば、自宅に帰って手間なく夕食を食べられます。

タスミィが展開する商品の1つ「ふわふわ卵と野菜のオムハヤシ」(調理例)
トマトの煮込みハンバーグ(調理例)

タスミィ立ち上げのきっかけ

タスミィは、「主に共働きの家庭における、平日の夕食シーンでの負担を解消する」ための事業だと石井さんは話します。

石井さん自身のワンオペ育児の経験が、事業立ち上げの最初のきっかけになりました。

「今は7歳と3歳になる子供がいますが、下の子の出産が、ちょうどコロナ禍での外出制限の時期と重なりました。妻は里帰り出産を予定していたんですが、県外移動の制限からそれが難しくなり、たまたま上の子と私でのワンオペ育児が4ヶ月ほど続いたんです。

自宅が千葉なので、東京の職場への移動もできずに在宅勤務になりましたが、当時は在宅だと保育園に子供を預けにくい状況でもあったため、かなりカオスでした」

身をもって家事や育児の負担を感じた石井さんですが、単なる苦労以上に、石井さんが気がかりだったのは、「子供が成長した先の社会」についてでした。

「四六時中、娘と一緒に過ごすというそれはそれで貴重な時間でしたが、その中で『娘が大きくなっていずれ子供を産んだら、同じような苦労を抱える可能性があるんだな』と思ったんです。

きっかけは、『こういうサービスがあったら』という自分の気持ちでしたけど、今も事業を続けられているモチベーションは、『娘が大きくなるまでに社会の常識を変えたい』という気持ちです。平日も毎日料理を作らなきゃいけないとか、子供の栄養バランスを考えなきゃいけないとか、そういった社会からの無言のプレッシャーがあります。私ひとりで社会を根本から変えられるとは思っていませんが、だからといって見過ごすこともちょっとできなかったんです。だからこそ、いち製品ではなく、事業としてやっていく必要があると思いました。

新規事業提案制度「GRIT」へエントリー

そんな折、ちょうど社内で告知があったのが、新規事業提案制度「GRIT」でした。

コロナ禍で仕事が制限されていたこともあり、応募することにした石井さん。

社内で企画を立ち上げるのではなく、「新規事業」として取り組むことにメリットを感じての応募だったそうです。

「当社の場合、どうしても大量販売のモデルが中心で、販路や営業先もある程度既存のアセットが決まっています。そのビジネスモデルを変えるのはかなり高いハードルですし、ましてや既存業務との兼務だと負担も相当なものです。GRITでは採択後に『新規事業の専任になれる』という点が魅力でしたし、そういった点からも新規事業として取り組む方がやりやすいのでは、と考えていました」

「当初のアイデアは片鱗も残ってない」

メニューの開発風景

タスミィは現在、パウチ型の惣菜を自販機などで無人販売するというモデルですが、今の形に至るまでにはかなりの変化を重ねています。エントリー時点と今とでは「アイデアはまったく違う。片鱗も残ってない」そうです。

「GRITの応募前、一番最初に思いついたのは『保育園で余った給食を持ち帰る』というアイデアでした。しかし、衛生面などの観点から厳密なレギュレーションがあり、どの保育園でも絶対に無理だというお返事でした。それでも、同じようなことを保護者から言われるケースが多いようで、ニーズがあることは確認できました」

それで、石井さんがGRITの応募時点で提出したのが、「保育園でのお弁当販売」のアイデアです。

その後、ハウスのCVC投資先のスタートアップとも連携して、保育園でのテストを実施した石井さんですが、そこで、予想していなかった顧客の声がたくさんあがりました。

「試しに配布したお弁当はノートパソコンくらいの大きさですが、保護者によっては自転車の前と後ろに子供を乗せて、さらには保育園から子供用のお布団やオムツ、ゴミを持って帰ったりするんです。そんな中で、家族全員分のお弁当を持って帰ってもらうのが、申し訳ない気持ちになりました。

頭の中では、お弁当があったら家ですぐ食べられて最高だよねって思うんですけど、実際そのプロセスを見ていくと、これじゃないなっていうのをすごく痛感しました」

そのほか、利用者へのアンケートやインタビューから見つかったさまざまな改善点が、現在のタスミィの商品にも活かされています。

「例えば、『お米はいりません』みたいな声も多かったです。お米は家に冷凍保存しているし、炊くだけならそんなに手間じゃないから、わざわざ重いお米を持ち帰りたくないんです、と。だから現在タスミィでは、おかずだけに絞っています。

あとは、電子レンジ問題。パウチなので家に帰って電子レンジで温める必要がありますが、4人家族分なら、1個5分だと計20分もかかってしまう。それなら、普段の調理と比べてあまり時短にならないです、という声がありました。そこで今は、大人1人と子供1人分を1パックに入れるという仕様にしているんです」

プロトタイプを作り、実際に試して、顧客のリアルな声を聞き、商品に取り入れる——。基本的な検証プロセスですが、この繰り返しのスピードと精度こそが、石井さんの事業を支えています。

「物がない状態でもアンケートは取りますが、それは必ずしもすべて顧客の本当の声ではありません。それを確かめるためには、いかにリアルに寄せて前に進められるか、しかないと思っています。ですから、事前のアンケートを取りながら、実際にやってみて、直接インタビューもして。その繰り返しですね。マイナーチェンジは、もう何回やったかわからないです」

ピボットを繰り返して真理へ近づく

GRIT参加中は、GOBのメンバーなどがメンターとして事業に伴走していました。石井さんは、メンターだったGOBの岡田佳奈美から言われた「ピボットとした分だけ真理に近づく」という言葉が印象に残っていると話します。

石井さんが以前にいた商品企画の部署では、「まったく違う考え方」だったそうです。

ビジネスモデルが決まっているので、別部署からまとまって来る顧客情報のニーズをもとに企画書を固めて、研究所で半年くらいかけて商品を作り、味覚調査をして発売するという開発プロセスが固定化しています。

またすべての情報が社内に存在していて、原料情報なら研究所に、加工費用なら工場に聞けばすぐにわかるため、逐一お客さんに何かを確認するというプロセスは経験してこなかったと、石井さんは話します。

「今回一番違うなと思ったのがこの点です。商品企画をしていた時には、『わからないことがない』状態でしたけど、そもそもビジネスモデルから変わる新規事業では、参考にできるデータが何もない。パターンが無限にある中で、1個ずつ精緻に確認する時間もコストもない。だからこそ、粗々の状態で、検証するしかないんですよね。とにかく早く出して、試して完成度を上げていくしかないという結論に至りました」

SNSからバズった自販機モデルも、検証の賜物

さて、再び話はタスミィの事業検証について戻ります。

タスミィの特徴の1つが、自動販売機での無人販売、という点です。

2023年春のリリース直後、1ヶ月ほどで、SNS上でも大きな反響を呼び、テレビや新聞の取材も相次ぎました。これも自販機というキャッチーさが受けた側面もあるでしょう。

ユーザーの心を捉えたこの販売方法も、検証を進める中で、必然的に落ち着いた形でした。

「保護者の声を聞いていくと、お弁当を買うなら、家に着く一歩手前の保育園がベストであるということが見えてきました。そこで、保育園での販売を模索していたんですが、保育園は行政管轄で税金が投入されているということもあり、保育士さんに保育以外の仕事をしてもらうことができないんです。ですから、保育園に迷惑や負担をかけない仕組みが必要だということで採用したのが、現在の無人販売です」

自販機で買える、ということで取材などが殺到したタスミィですが、実は販売のモデルとしては、自販機と什器の2パターンを用意しています。

左は開発初期の自販機、右が現在の自販機
什器モデル。自販機は保育園の外に、什器は保育園内に設置して、どちらも保護者が手軽に購入できるようにしている

「現在タスミィは、東京と千葉の保育園に設置していますが、実は自販機を設置しているのはほとんど千葉県内の保育園です。都内の保育園では、什器型のモデルを中心に、導入してもらっています。というのも、自販機だと、設置するためのスペースやコンセントの有無などの制約があり、都内では物理的に設置しにくい環境にあるためです。もちろん周辺の競合環境も違うため、その辺りのニーズは現在検証を進めています」

社内のボツ商品が宝の山、メーカーの強みが参入障壁に

2023年4月に本格的な事業検証を始めてから、1年ほど。今後は新規の参入なども見越して、スピード感をもった事業展開が求められます。

とはいえ食品は、安全に関してかなり高い基準が要求されるために、なかなかスピード感をもって進めるのが難しい領域なのも事実。しかしその点については、ハウスの強みが活かせるのでは、と石井さんは見ています。

「結局、食品で時間がかかるのは『開発』なんです。開発が終われば、1,000食作るのも30分くらいで終わりますが、それを開発するまでには1年かかるなど、ざらです。

その点、ハウスは今販売している商品の他にも、ボツになった商品というのがたくさんあります。最終的に販売はされていないものの、すぐにでも生産できるような調整を終えた状態の商品が膨大なリストになっているんです。例えば、タスミィで新たにハッシュドビーフをラインナップに加えたいと思ったら、そのデータを検索すれば、開発がスキップできます。

ボツになった商品ですが、私にとっては宝の山で、原料も調達先も全部決まっているし、あとは作るだけ。99%開発が終わっていて、1%の作業で足りるので、ここは今後のメニュー開発において大きな強みになると考えています」

GRITについてはこちら>

同じくGRITから検証に進んでいる「Kidslation」岸さんへのインタビューはこちら>