持続的な経営改革にTOCが効く理由
こんにちは、ゴール・システム・コンサルティングの村上悟です、今回noteの連載を担当します。
私は1997年に日本で最初にTOCを活用したコンサルティングを事業化し、常に業界のリーダーとして様々な局面でTOCと向き合ってきました。ゴールドラット博士が週刊ダイヤモンド(2008年)に寄稿した「巨人の肩の上に立って」で引用したことで有名な、日立ツール(現:MOLDINO)の改革活動、2007年にはガン対策基本法の策定時の患者さん団体の提言の取りまとめ、2009年には奈良県の医療改革、2016年からは日立製作所の働き方改革
など、これまで数百に及ぶプロジェクトのお手伝いをしてきました。
TOCが適用できる範囲はどこまでか
そんな経験の中で感じるTOCの最大の長所であり欠点は、「プラグマティック」であることだと思います。プラグマティックとは実利的、現実に即した、というような意味合です。「ザ・ゴール」の世界に代表される、現実に目に見えている問題にはほぼ的確に対応することが出来ます。しかし反面、良く目に見えない、未来に向かってゆく「不確実」さや、人間が抱える「曖昧」さに対しては、手法として充分な解決策は持ち合わせておらず、この二つのポイントをどう統合し活用するかが焦点だと思うのです。
具体的に考えてみると、TOCの手法体系は「変動性(ばらつき)」と「複雑さ(多品種少量レベル)」までがその対象で、未来の事象をどう扱うかという「不確実」な領域へのアプローチや、人間の脳の「認知バイアス」の問題や、集団としての組織特性に起因する「あいまいさ」問題などに関しては、議論を起こす前提となる問題提起すらなされていないのが現実です。そしてそれが故に、TOCという手法は何でも揃っているように見えて、前提条件の説明が不充分で、誤った使い方が後を絶ちません。TOCのそれぞれのツールには、有効な前提や適用条件があるのですが、それを正確に解説する文献や資料は極めて稀で、説明する側も理解していないケースも決して少なくないのです。
例えば製造環境にDBRやS-DBRを適用する場合、V型 A型 T型 I型といったタイプ別に「DBRやS-DBRはV型とI型の環境で多くの成功事例があるが、A型での成功事例は少ない」と、はっきり説明してもらえれば良いのですがそんな説明は聞いたことがありません。プロジェクト環境の場合もっとひどく、CCPMはどのようなプロジェクト環境を想定しているのか、建設業なのか、個別設計生産環境なのか、ソフトウェア開発なのか、ソフトウェア開発といっても、パッケージソフト開発なのか、受託型の開発なのか、こういった事を明確に説明している人はほぼゼロです。また思考プロセスも「現在目に見えている問題」を分析し解くという、「解決型問題(原因を追求して解決する)」は得意ですが、未来に向かって課題を設定し、新たなものを創造してゆくという「達成型問題(課題)」や「創造的な問題解決」は苦手だという説明はほとんどありません。この手法の適用条件は、TOCに限ったことではなく、様々な経営手法や改善手法は手法特有のクセのようなものがあって、一筋縄ではいかないものではあります。だからこそ、ゴールドラット博士は論文「巨人の肩の上に立って」でヘンリーフォードから大野耐一という巨人たちがどのように考え、どのようにそれぞれの手法を変化する環境に合わせて構築していったかを具体的に論証したのです。
ここまで、TOCを普及する側の問題を羅列してきましたが、本来のTOCはフォードシステム、トヨタ生産方式(TPS)から連綿と繋がる、生産システムをコントロールする手法から、企業内の様々な問題を改善しスループット最大化を目指す事が可能な「改革手法」に進化した事は注目に値しますし、制約の移動をウオッチすることで、環境変化がスループットの増減にどの程度影響するか判断しながら収益をコントロールする「動的(ダイナミック)」な仕組みを企業内にビルトインすることを可能にしたのです。
TOCをどう進化させるか
今日を表すキーワードであるVUCA「Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)」、企業はこのような環境で競争優位を長期間保つ事が極めて難しい事が知られています。予測可能な世界から何が起きるか分からない不確実な世界への転換が意味するものは、大企業も一夜にして没落するような大きな変化です。そのような環境の中で企業に求められるのは、コストを引き下げるための効率性だけではなく、大きな変化に柔軟に対応するための柔軟性や俊敏性を併せ持つ事です。要するに今日、企業に求められるのは「短期と長期」や「変化と安定」、「改善とイノベーション」、「トップダウンとボトムアップ」といった、一見相反する二つの必要条件が並立する「二律背反」の状態を克服して安定的に成長を実現する戦略的行動なのです。変化を嫌う人間の本能は、不確実性が高まるにつれ「現状維持」指向が高まる事が知られています。VUCAの進展にともなって、人と組織がどう二律背反を解いて成長してゆくかの研究が「イノベーションのジレンマ」のクリステンセン氏でした。そこから「両利きの経営」のオライリー氏は「進化と探索」の両立によって成長軌道を確保する道を説き、「ダイナミック・ケイパビリティ」のティース氏はケイパビリティ(業務遂行能力)という切り口から、二律背反の克服方法を解説しました。「ナレッジマネジメント(SECIモデル)」の野中氏は、この二律背反を解くのは「人間の叡智」だと主張しています。ですから、ジレンマや対立(二律背反)を解くのはTOCの専売特許ではないのです。これらの理論は膨大な実証研究の積み重ねによって導き出されたものですから、本を読んでそのまま実践する事はあまりお勧めできません。しかし我々が提唱する「ダイナミック・フロー・マネジメント(DFM)」は、これらの最先端の経営理論の法則性を活かして「経営成果」に繋げるための具体的な方法論でもあり、容易に実践することができるように構成されています。
ダイナミック・フロー・マネジメント(DFM)への発展
では具体的に二律背反を解いて行動を変革するための具体的なアクション(行動)はどうすれば良いのでしょうか。人間の行動を変容させる「具体的な手順」こそ、我々の20余年間にわたる実践と研究の成果でした。そのカギは上司から部下に投げかける「やっていいんだよ」というコトバ。「やれ」でも「やるべき」でもなく、「やっていいんだよ」というやわらかな投げかけで、かつ受け手の主体性を大事にしたコトバなのです。TOC思考プロセスでは「人間は変化に抵抗する」生き物だと定義し、それを克服するために「抵抗の六つの階層」を提示しています。しかし「抵抗」を乗り越えるための、最初の一歩をどうするかは「問題に合意する」というキーワードのみで、こうすれば良いという具体的なアクション(行動)は提示していません。そこで、我々は2012年に「Google」が行った「チームアリストテレス」という大規模な調査に着目しました。その結論は「チームの生産性向上には個々人のパフォーマンスよりも、集団的知性のほうが大きな影響力を持つ」というもので、組織レベルでの生産性向上には個人の能力よりもチームワークが大事であるということだったのです。そして調査の結論では、その第一段階が「心理的安全性」を確保することで、積極的に行動や発言ができるので生産性が向上するという単純な因果関係だというのです。つまり、優秀な人材を集めただけでは生産性の高いチームは生まれず、チームがどのように協力して仕事に取り組んでいるか、自分らしさを確保しているかが重要だという事なのです。
我々は、このGoogleのチームアリストテレスの研究に多大な気づきを得ました。なぜなら「やっていいんだよ」という投げかけこそ、改革活動での心理的安全性を確保するカギであり、我々はコンサルティングの場で日常的に活用してきたコトバであったことに気づいたのです。そして、我々が「やっていいんだよ」から、どう改革活動をリードしてゆけば良いかに気づかせてくれたのが、この研究を土台にした、MITのダニエル・キム教授が提唱する「成功循環モデル」です。
このモデルは組織の状況を「関係の質」「思考の質」「行動の質」「結果の質」の4つの「質」で捉え、これらの「質」を改善できれば好循環が実現されるという考え方です。周囲との信頼感やコミュニケーションといった「関係の質」が高まると、考え方も前向きになり、「思考の質」が上がり、それが積極性や主体性といった「行動の質」を高めることによって、成果が生まれて「結果の質」につながるという流れを作ります。さらに、このダニエル・キム教授の「成功の循環法則」が一橋大学の野中郁次郎名誉教授が提唱する、ナレッジマネジメントを支える「ワイガヤ」活動の土台となる事に気づく事ができました。「何を言っても大丈夫」という心理的安全性が確保された状態であれば、チーム内での自分のレベルを気にすることなく技術的な議論にも積極的に参加し発言することができます。そしてその「ワイガヤ」で忌憚のない取り組みが、新たな「知の創出」に繋がる事を我々は何度も目の当たりにしてきました。そもそも、20有余年の経験で、成功する組織には共通する要因がある事は薄々気がついていましたが、それを具体的な行動に置き換える事ができたのはこういった最先端の研究の成果が論理的な土台になっているのです。
TOC思考プロセスを学ぶと見えてくるもの
そもそもゴールドラット博士は「制約は物理的なものだが、その制約を作り出すのは「人間の行動」であり、人間は変化に抵抗する生き物であると主張しています。 ですから流れ(スループット)を良くするオペレーションの変革を実行するためには、人の集まりである組織にアプローチして、人間の行動を変化させる必要があるのです。人間の行動が変わった結果として、組織風土の改革が実現され人材が育ちます。さらには、物理的な制約の変化を継続的にウオッチし続ける事で動的(ダイナミック)なメカニズムを構築し、変動対応力を高める事が可能となるのです。
ゴールドラット博士の主張を丁寧に整理し紐解いていくと、博士が狙っていたのは、ものづくりのオペレーション改善でも目の前の対立を解くことでもなく、企業や組織をより良くし続ける、まさに経営そのものを継続的に改革し「Ever Flourishing Company(栄え続ける企業)」を創っていくことでした。だからこそ多くの著名な経営者たちが、『ザ・ゴール』から今なお多くの示唆を得ているのです。
ダイナミック・フロー・マネジメント(DFM)の概要
我々が実務的な標準としたのが、具体的に業務オペレーションを改善しモノと情報の「流れ」を良くする活動と同時に、ワークショップ活動を中心として、人が成長し組織そのものが継続的に改善し続ける体質へと変わっていく流れなのです。そして、ナレッジ・フロー(人の叡智)がビジネス・フロー(スループット)を改革し、人が育つことで組織化フローが結果的に良くなり、変動対応力が強化されるという、3つのフローがスパラルアップする仕組をDFM(ダイナミック・フロー・マネジメント)と名付け標準化してきました、3つのフローを具体的に説明してゆきます。
①顧客利益を実現するビジネスモデルを提案する営業・マーケティング活動、ものづくりの物理フローを高速化する「ビジネス・フロー」
実際のビジネスの速度を上げてゆく、ビジネス・フローの革新とはビジネスの流れを良くする、別の言い方をすればスループットの最大化であり、その視点からいえば、流れを安定させ流速を早くして、短いリードタイムで流れるようにするという事が求められます。そして次に、川幅を大きくすること、すなわち受注を促進して売上を上げることを実現します。そして重要な事は、この二つを同時に実現する事です。川幅を大きくする活動は「URO(断れない提案)」を活用した、TOCマーケティング、流速を早くする活動(オペレーションマネジメント)においては、S-DBRやDBM、リーンCCPMなどTOCのフロー・アプリーケションの諸手法を適切に組み合わせ実際の業績やROIを大幅に改善してゆきます。
その際、注意すべきは自分の仕事の付加価値(スループット)を定義する事を忘れないで下さい。自分の仕事の付加価値とは、「金になる仕事」は何かということに他ならず、具体的にスループットに直結する仕事を定義することになります。
②実践の「場」を創り、チームでの活動経験を組織知として蓄積する「ナレッジ(知識)・フロー」
スループットに直結する、短いリードタイムで効率的な「ものづくり」や「開発活動」を行うためには、様々な情報を遅滞なく関係者間で共有し、素早い問題解決が求められます。そしてそれを実践する「場」が「共創ワークショップ」の仕組みなのです。この活動は、ワークショップは参加者自らが主役、参加者自身が問題や課題について、テーマやあるべき姿を考えて実行することが最大のポイントになります。ベテランである「有識者」は若手の育成に繋がる「具体的ノウハウ」を付与したり、経営層や上司は「やっていいんだよ」というメッセージを投げかけ、ワークショップ参加者の「心理的安全性」を確保して参加者の主体的な実行を支援する役割を担います。これによって「経営成果と、実践のナレッジ(知識)蓄積を通じた、人と組織の成長」の両方を実現する事が出来るのです。
現実の様々な情報は仕組みやシステムの中に埋もれて目に見えないものばかり、そのような状況の中で現地に足を運び、現物を手に取って、現実をベースに物事を正しく見る事は難しいのですが、ワークショップの中での三現主義は、活動メンバーが共に見て、見えるものの「目合わせ」を行い、認識を合わせる事によって自然に実現される、三現主義の極めて現実的な体得の場にほかならないのです。
③制約の現在地点に応じた組織運営と戦略的な人材育成を通じ、経営資源の最適配置を実現する「アクティベーション(組織化)・フロー」
今日多くの企業では全体をそれぞれの要素に切り分け、専門ごとに細分化して分業するという、いわゆる職能型組織を運用しています。しかし、この組織構造は変化の激しい今日では有効に機能するとは言い難く、今日求められるのは変化に対応する形でダイナミックにチームを組み替えることの出来る柔軟性なのです。アクティベーション(組織化)フローの狙いは、組織が持つ潜在能力を100%発揮させる事、そのためには一人ひとりのメンバーが目的に向かってオーナーシップを持ち、メンバー同士の信頼関係をベースに業務を進める事がポイントになります。これによってモチベーション(やる気)とコラボレーション(共創)が改善され、組織の中にハーモニーが生まれ、改革の実践によって、フローが良くなり、人が育ち、結果的に組織ナレッジが蓄積されるのです。
DFMによって実現できること
TOCが実利的であるのは、目の前の問題に的確に対処出来る事だけではありません。特に改革活動を仕掛ける場合、現実的に業務を改革してスループットを増加させることと、組織風土の改革は同時に実行することが難しいのですが、TOCをベースとしたDFMを活用すれば、DBRやCCPMを導入してフロー改善を行い実務上の利益(スループット)を高め、「制約の基本構造」使って制約を形成する人間行動を改善すれば、組織風土改革とスループットの改善を、ほぼ同時に行う事が可能になります。業績と組織風土は強い相関関係があることが知られていますが、実際のところ組織風土を中心とした改革活動では、コミュニケーション強化や、幹部人材の育成などの教育アプローチに偏っている場合が多く、直接業務プロセスを対象とした改革活動はほとんど対象とされてきませんでした。 TOCをベースにした改革活動は、物理的な制約の変化を動的に捉えてタイムリーに対策を打つことが出来、それがスループット最大である「栄え続ける企業」を創る最短コースであると思うのです。ダイナミック・フロー・マネジメントは天才を作る活動ではありません、しかし心理的安全性を確保して、人が人の知恵に相乗りして、叡智(実績)を積み上げるという正しい手順を踏めば、一人が二人、五人、十人と力が生まれ、天才を超える業績を上げることができる「集団天才」を創る事が可能になるのです。
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