にゃんもにゃいと

京都に住んでいます。会社員でしたが、2021年5月末に退職。現在は2度目の大学生をして…

にゃんもにゃいと

京都に住んでいます。会社員でしたが、2021年5月末に退職。現在は2度目の大学生をしています。 東京生まれ、千葉県柏市出身。 本が好きです。写真が好きです。やさしい音楽が好きです。

最近の記事

空白の一日

3月上旬、石巻に旅に出た。 帰りに、東京に一泊した。 その時に見たものについては、まだ誰にも語っていない。 ようやく、言語化できた。 プロローグ2019年の暮れ、書店で偶然、1冊の詩集に出会った。 緑色のカバーに銀色のシダとナズナが描かれている。美しい、と思った。 『新編 志樹逸馬詩集』というその本を、ジャケ買いした。 帰宅して読んで、志樹逸馬がハンセン病患者であったことを知った。 若くして発病。療養所に強制収容されて、42歳の若さで他界。 志樹逸馬というのはペンネーム

    • 三脚とランバ・ラル

      三脚。3本の足を持つ台である。 ここでは、カメラ用の三脚の話をする。 大学に入学する際に、事前に配付された資料でも、入学式の日のガイダンスでも、「三脚を必ず用意するように」と念を押された。 スクーリングにも持参するように。貸し出しはしない、と。 正直なところ、これまで写真を撮っていて、三脚が必要になったことがなかった。 ずっと手持ちで撮ってきた。 現在の相棒は、OM SYSTEMS(旧オリンパス)のOM-1。レンズは12-100mm。7段以上の強力な手ぶれ補正機能を備え

      • 俳句編その2・そうだ 自炊、しよう

        そうだ 自炊、しよう。 ある晩、JR東海のコピーのようなことを、考えた。 「自炊」といっても、料理とは関係ない。 ここでは、本をスキャンして、電子データにすることを指す。 本がたまる俳句の世界は、アナログな世界であった。ある程度は覚悟していたが。 句集も雑誌も、紙ベース。 全句集が出るような有名な俳人でも、句集が電子書籍で出ているのは数えるほどである。 正岡子規や高浜虚子クラスの有名な俳人でも、である。 紙の本を、最初は図書館で借りた。 そのうち、手元に置きたくなって

        • 大学に行く

          4月から、大学に行くことにした。 学生として写真を教わるために、である。 前々から、悩んでいた。 わたしの写真は、独学である。 カメラを買って、本やネットで学んで、実際に撮ってみる。その繰り返し。 不満はない。必要なことは学べている。 でも、それだけでいいの?という思いが、頭の片隅にこびりついて離れなかった。 大学や専門学校では、もっと専門的なことが学べるんじゃないだろうか。 俳句漫画『ほしとんで』の「やし芸」こと八島大学芸術学部のような環境に憧れもあった。 学校法人瓜

          退職5ヶ月:俳句編その1・俳句と写真と

          清少納言の時代には、まだ俳句は存在しなかった。 「小さいもの」を愛でた清少納言。もし俳句という形式を知っていたら、はまっていたんじゃないか、という気が、何となくする。 俳句とわたしの関係については、下記をご覧ください。 退職5ヶ月。わたしの俳句修行は、のろのろと亀の歩みで進んでいる。 折々の俳句を作ること、気に入った近代俳句をツイートすることは、まだ続けている。 しかし、方向性は少し変えている。 きっかけは、夏目漱石の句だった。 さて、あなたは、これだけの説明で、「

          退職5ヶ月:俳句編その1・俳句と写真と

          退職後3ヶ月:役所での手続き編

          【これまでのあらすじ】 筆者は大学卒業以来、新聞社の資料部門に正社員として勤めていた。しかし鬱病で休職。休職期間中、いろいろ考えた末、寛解の見込みはない、職場復帰しても十分仕事はできないだろうという結論に自分で達した。会社が募っていた希望退職に応じて、2021年5月31日をもって退職。新型コロナウイルスの嵐が吹き荒れるさなか、独りおずおずと亀のように歩み出たのだった…… 退職のいきさつについて詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧になってください。 ☆…………☆…………☆

          退職後3ヶ月:役所での手続き編

          会社を、辞めた

          会社を、辞めた。 31年間と少しの間、籍を置いた。好きな会社だった。正直、辞めるという決断をするには、かなりの時間と勇気が要った。 辞めた主な理由は、健康問題である。 わたしには、持病がある。 鬱病である。 元々、鬱病になりやすいといわれる性格ではあった。完璧主義で、責任感は強い方。仕事などを人に頼まれると嫌とは言えない。状況の変化に適応することも、決して得意ではない。 症状として出始めたのは、20年くらい前である。 ビジネスでもプライベートでも、ものすごくしんどい時期が

          会社を、辞めた

          久しぶりの句会

          30年ぶりくらいに、句会に、参加した。 その個人的な体験について、書いてみようと思う。 句会。自分の作った俳句を披露しあう会である。 一般の方々が想像する光景は、ある程度想像がつく。和室の上座にきちんと正座しているのは、偉い俳人の先生。当然、地味だが高そうな和服姿。左右には年配の直弟子たちが厳しい顔で居並んでいる。しわぶきさえもはばかられる雰囲気で…… ご安心ください。そういう句会も世の中にはあるのかもしれないが、今回参加したのはもっとずっとカジュアルな句会だった。 Tw

          久しぶりの句会

          いかにしてわたしは俳句をツイートするようになったか

          この文章は、ある夜、眠れぬままに書いた連続ツイートが基になっている。 noteへの初投稿がこんな文章でいいのかな、と思いつつ、加筆修正して投稿してみる。 こんなツイートをしています寝る前にTwitterに近現代(明治期以降)の俳句のツイートをするのが、最近の日課になっている。 最近は有季定型の俳句が多い。たまに簡単なコメントも入れる。 選句の基準は、句集が手元にあること。あとはその時の気分で選ぶ。季感はできるだけ現実世界と合わせるようにしている。 気分で選ぶので、変な

          いかにしてわたしは俳句をツイートするようになったか