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サーキットの牛

 1970年代後半、少年ジャンプで連載されていた『サーキットの狼』というマンガをご存知だろうか。

 ああ、PUFFYが歌ってた曲でしょ?……ってそれは『サーキットの娘』な。

 ロータス、ポルシェ、フェラーリ、ランチア、マセラティ、ランボルギーニ、トヨタ2000GTやフェアレディZなど、世界のスポーツカーが登場することから、スーパーカーブームの火付け役となった自動車マンガの不朽の名作である。


クルマ好きのバイブル


 いま、これを読んでいるあなたが50歳前後であれば、ロータス・ヨーロッパに乗る主人公の風吹裕矢(一匹狼の走り屋)、ポルシェ・カレラに乗る早瀬左近(大手電機メーカー御曹司/ライバル)と妹のミキ(女子高生)、ディノに乗る沖田(元交通機動隊)、トヨタ2000GTに乗る隼人ピーターソン(公道グランプリ前年度覇者/悪役)など、個性豊かな登場人物と、彼らが駆るスーパーカーが繰り広げるストーリーを記憶しているかもしれませんし、若い方でもなんとなくこの漫画のタイトルくらいは聞いたことがあるかもしれないし、ないかもしれません。

 サーキットの狼といえば、数々の印象的なシーンが思い出されるのですが、特に印象が強いのはなんといってもコミックスの2巻。サーキットの狼といえば2巻。大事なことだから二回言っておく。

 風吹とミキの初めてのデート。二人乗りしていたバイクが転倒し、草むらに放り出された流れで二人が抱擁するシーン。吹雪がミキの革ツナギのジッパーを胸元まで下げる描写に、当時、性の目覚めを覚える小学生たちが続出したという。インターネッツなんか無い時代のことだ。


©️池沢さとし サーキットの狼 2巻 より引用
なんだと言われましても


 さて、そのスーパーカーブーム。圧倒的に人気があったクルマはなんだったのか。残念ながら主人公である風吹裕矢のロータス・ヨーロッパではない。

 子供たちにとって大事なのは、なんと言ってもわかりやすさだ。これは小賢しくマーケティングとか言う必要もないくらいにあたりまえのことだ。

 わかりやすいクルマの評価軸。それは「最高時速」だ。どれだけ速く走れるのかというシンプルさ。どれが一番速いのか、つべこべ言わず決めりゃいいんだよ。と前田日明なら言っただろう。
 その評価軸に従うと、実際のロータス・ヨーロッパは子供たちにとって非力なクルマとしか映っていなかったのである。パワーウエイトレシオなんてものは知らないのだ。(ただしコーナリング性能は世界二位とされていた)

 というわけで子供たちの心をイーグルキャッチしたのは、なんといってもわかりやすい直線番長的なマシンだ。
 世界最高時速302kmを誇ったフェラーリ512BB。そして世界最高に2km及ばないものの時速300kmを叩き出すランボルギーニ・カウンタックLP400。この2強。そこにイーロンマスクも異論もないだろう。あっても聞かないけど。

 しかも、この2台は速さだけでなく見た目の格好良さも兼ね備えていた。フェラーリ512BBはピニンファリーナ・デザイン、カウンタックLP400はガンディーニ・デザイン、なんてことは当時の子供は知らない。純粋に「いやマジかっけー!」って感じだったのだ。普段あんなデザインのクルマ見たことないし。

 ちなみに、上に跳ね上げるように開くカウンタックのドア、あれは巷でよく言われているガルウイングではない。正しくはシザードアって言うんだぜ。良い子のみんなは覚えておくように。


 話を『サーキットの狼』に戻す。ここからが本題の大事なところだ。


 カウンタックは当然、作中にも登場する。
風吹、早瀬、沖田、ピーターソンが参戦する公道グランプリ(公道レースなので当然非合法)の後半、「カスは相手にしねえ主義だ」という名台詞とともにレースに乱入する、横浜の暴走族連合の総長「ハマの黒豹」の愛車ランボルギーニ・カウンタックLP400。


©️池沢さとし サーキットの狼 4巻 より引用
リーゼントのトサカはスチールウールかな


 スーパーカーブーム真っ只中、サーキットの狼にとうとうカウンタックが出てきた!しかも黄色じゃない。真っ黒なカウンタック!新たな強敵来た!とワクワクしつつ、読み進めていくうちに俺はふたつの疑問を抱いた。

 まず、当時3000万円くらいしたと思われるランボルギーニ・カウンタックを、暴走族のおにいちゃんがどのように入手したのかということだ。

 まさか、ハマの黒豹は早瀬左近と同じく「ええとこのボンボン」なのか。

 いや、違う。というか違っていてほしい。金持ち設定じゃなんでもありになってしまう。

 彼は横浜の暴走族連合の総長という立場を利用して上納金を集めたのだ。しかも当時の暴走族界隈で流行っていた恐喝にならない巧妙な手口で。きっとそうに違いない。

 3,000万円を作るには、横浜のすべての暴走族の構成員にステッカーを1枚1000円で捌かせたとして30,000枚。3,000人が10枚捌けば、あれ?意外といけそうな気もする。20枚でもいけそうだ。なんだ、二台買えるじゃん。
 
 そんなに構成員いるかよと言う声が聞こえてきそうだが、暴走族全盛でもあった当時の若者は暴走族に入ってる奴がほとんど。10代なんてもう暴走族が9割。多分。

 ものすごい期待感とともに登場したハマの黒豹、ところが残念なことに本人はマシンの性能頼りでドライビングテクニックが備わっていなかった。
 荒天の真鶴道路、隼人ピーターソンの策略に嵌り、海岸沿いのコーナーで高波を被り防護壁に激突。あっさりとクラッシュする。(風吹と勝負すらできなかった)

 ちなみにハマの黒豹は、以後のストーリーでも漆黒のカウンタックで何度も登場し風吹たちに勝負を挑んでくるのだが(懲りずにレースに乱入したりもする)、ほぼ毎回必ずと言っていいほどクラッシュする結末を迎える。

 この男はいったい何台のカウンタックを廃車にしたのだろうか。おそらく廃車にする度に横浜のすべての暴走族にお触れを回してステッカーを売り捌かせたのだろう。黒豹パイセンいい加減勘弁してくださいよマジで。


 ランボルギーニのエンブレムは、ご存知の通り闘牛が描かれている。


男ならやっぱり一度は乗ってみたい


 漆黒のカウンタックに乗る男は、自己中心的な思いをまっすぐにぶつけるように何度も主人公に絡んでいく。しかし、まるで闘牛士にいなされるように、一度も風吹裕矢に勝てることはないまま、最終的には非業の死を遂げるのである。

 言うならば「ハマの黒豹」は、まさに闘牛を体現しているようなキャラクターだったのだ。だからきっと、作者はこの男をランボルギーニに乗せたはずだ。

 だが、ちょっと待ってほしい。ここまで読んでくれたなら、うっすら思う人もいるだろう。


ところで「ハマの黒豹」の「黒豹」ってなんなんだぜ?


 俺が抱いたもうひとつの疑問だ。
 ブランディングとしておかしくないか?豹の要素を、このキャラクター設定のどこに見出せばいいのだろう。まさか黒いカウンタックを黒豹と例えたのだろうか?何度でも言うがランボルギーニは闘牛だ。このクルマを他の動物に例えるなんてのはもってのほかだ。まさか、彼の苗字ってことはないよな?

 業務範囲としてブランド構築を掲げるクリエイティブディレクター/アートディレクターの俺が、「ハマの黒豹」リブランディングプロジェクトの答えを出すとしたら、こうだ。

 「ハマの黒牛」

 なんの捻りもない直線的なネーミング。ブランドの観点から言えばやっぱりこれしかない。

 そしてなにより暴走族連合総長の異名として、将来的に焼肉屋を始めそうなところがいいじゃないか。(とはいえクラッシュ炎上して焼死しちゃうんだけど)




【追記】このエッセイは作家の浅生鴨さんの所属するネコノスから出版された「牛し本」に収録されております。お手許に一冊いかがでしょうか。

https://neconosbooks.stores.jp/items/654f9d1691832500309fa5fb


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上田 豪
あそぶかねのために使います