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諏訪綾子さん展覧会「記憶の珍味」  2020.1.24

新橋で所用を済ませた後、資生堂ギャラリーでやっている諏訪綾子さんの展覧会「記憶の珍味」に立ち寄ってみた。

地下の暗闇へと続く階段を降りていくと、ゆっくりと脈打つ鼓動あるいは呼吸音のようなBGMが会場全体を包みこむように響いていた。イントロから心地いい。母の胎内にいた頃はもしかしたらこんな感じだったのかもしれない。そんな彼方の記憶が呼び起こされる感覚に脱力しながら、記憶の深部にあたるのだろうか、光に浮かぶ円卓が設置されたメインのギャラリーへと進む。エヴァでいうところの「ゼーレ」会議のようだ。光る円卓を囲むように8種類の「謎の物体」が、屹立した円柱展示台に陳列されている。腐りかけの果物みたいなやつ、石英の破片みたいな謎の結晶、剛毛に包まれたまだ生きている獣の肉片のような塊、炭化して砕けた隕石風の物体などなど。それぞれのガラスカバーを外して、鼻を近づける。…? なんじゃこの匂いは?! どこかで嗅いだことがあるような、ないような。好きなのか嫌いなのか、心地よいのか不快なのか、その両方なのか。自分の判断が不確かになる奇妙な匂いの数々。曖昧な自分の感覚に自信がなくなる。思わず目を閉じて記憶の糸を辿らずにいられない。そんな匂いばかりだ。

円卓を何周かした後、「もう一度嗅いでみたい」と思う物体を選んで、「試食」へと進む。僕は「獣じみた酸っぱい匂いがする毛玉」を選んだ。係員にヘッドフォンをされ、一人ずつ順番に真っ暗闇の別室へと案内される。視覚と聴覚を完全に遮断された真っ暗闇の中に突っ立ったっていると、ポツンと一点、光り輝く一粒が現れる。胎動のように縮んだり膨らんだりを繰り返す光に合わせて、ヘッドフォンから脳内、というか体内に「生々しい記憶の呼吸」がなだれ込んでくる。耳の中を内側から舐めまわされてるような感覚だ。くすぐったくて気持ち悪くて気持ちいい。最後には誘われるまま、光に浮かび上がる一粒の「記憶の珍味」をつまみ上げて、口の中に放り込む。口内に広がる芳ばしく、狂おしい匂い。いつかどこかで出会ったことがある「何か」を味わいながら、噛みしめながら、飲み込みながら、記憶を辿るショートトリップは終わった。

手のひらサイズのショートショートみたいに気軽に味わってもよし、ゆっくり浸ってもよし。繰り返し再訪してもよし。無料だし。また来たいと思った。包み込まれる鼓動のような通奏低音も、母に抱かれてるような地下空間も、甘酸っぱくて懐かしくて狂おしい匂いも、なんとも心地よかった。こういう体感型の企画展、もっともっと増えて身近になったらいいな。
https://www.shiseidogroup.jp/gallery/exhibition/

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