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決して満足することはない、その先へ/志村謄選手(FK Spartak Subotica)セルビア

バルカン半島のセルビアという国のことを、コアなサッカーマニアならば知らない者はいないはずだ。名門レッドスター・ベオグラードが今年もヨーロッパリーグで好成績を残し、Jリーグでもセルビア出身の選手や監督が常に活躍している。現在のセルビア代表監督は、名古屋グランパスで選手としても監督としても実績があるドラガン・ストイコビッチ氏で、日本代表の浅野拓磨はセルビア1部パルチザン所属だ。

志村謄もまた、このセルビアのスーペルリーガ(1部)で長くプレーしている選手である。だが、この国で外国人選手が活躍し続けるのは決して簡単なことではない。世界各国のリーグに選手を輩出するハイレベルな環境でありながら、ピッチ内外で起こる出来事は、そのレベルの高さにとても割に合わない理不尽さをも抱えている。

この世界で異色の経歴を積み上げてきた志村謄に、聞き手として、彼がモンテネグロにいた6年前からインタビューを続けてきた。プロサッカー選手として7年目の2021年3月、果てしない努力と忍耐と想いの強さでセルビアスーペルリーガの第一線に君臨し続けているそのキャリアについて、改めてこれまでとこれからの話を聞いた。

ヨーロッパリーグで経験した真剣勝負の世界

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志村謄のプロサッカーキャリアは2015年に始まる。21歳でモンテネグロ1部のクラブと契約し、2年半で84試合に出場。決して恵まれているとは言えない環境下で、常に「いつかは5大リーグでやりたいという、人から見たら大きすぎる目標」を見据えて実績を重ね、「ヨーロッパ強豪国への移籍のためにも欲しかったタイトル」であるモンテネグロカップも獲った。

2017年、セルビア1部リーグに移籍が決まった。モンテネグロカップ優勝の直後、24歳のときである。この2017/18シーズン、所属していたスパルタク(FK Spartak Subotica)はリーグ戦を4位で終え、その夏にヨーロッパリーグ(EL)予選に出場した。1回戦で北アイルランド、2回戦のチェコの強豪スパルタ・プラハも撃破し、デンマーク1部優勝チームのブレンビーとの3回戦まで駒を進める。

「セルビアリーグ4位のチームが3回戦まで勝ち進むのは予想外の出来事だったかもしれませんが、それぐらいあの頃のスパルタクは強くて良いチームだったと思います。その中で主力選手としてプレーできましたし、メディアからの評価も高くて、このレベルでもやっていけるという自信になりました。個人的にはEL2回戦のスパルタ・プラハとの試合がいちばん印象に残っていますね。満員のスタジアムでサポーターも選手もその場にいる全員が真剣勝負をする、あのヨーロッパサッカーの空気感は、今でも自分の中の基準になっています。」

世界から評価されて移籍する、夢と現実の狭間で

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2018年の夏、EL予選は3回戦で敗退となったが、ヨーロッパの強豪クラブとの対戦を経験し、自信と手応えを掴んだ。このまますぐに、5大リーグに近づけるような移籍が決まるはずとも考えていた。しかし、現実は思うようにいかない。2018/19シーズンもスパルタクでプレーすることになったが、この国では自分のプレーが観てもらえない。それが評価につながらず、ステップアップとなる移籍が決まらない。この年の秋は、焦りと苛立ちを隠しきれない発言も多く、インタビューをしながら聞き手が涙を流したこともある。

「ELでは自分が納得できる活躍ができたと思っていました。でも、ステップアップになるような移籍はできなかった。ここでこれだけ活躍しても、外からの評価としての移籍先は見つからないという現実に、あの頃は先のことが考えられなくなって、目の前のリーグ戦に対するモチベーションも保てませんでしたね。25歳という年齢もヨーロッパの移籍市場では既に遅すぎると思っていましたし。今後の自分のキャリアのために、ヨーロッパ強豪国への移籍を狙い続けるだけではなく、いろいろな選択肢を視野に入れなければならない時期でした。」

2019年の年が明け、J2町田ゼルビアへのレンタル移籍が決まった。実は、かつてモンテネグロでプレーしていた22歳の頃のインタビューで、いつかJリーグでプレーしてお世話になった人たちに自分を観てほしいとも語っている。25歳で「海外からのレンタル加入」という異色の経歴とともに、その舞台に立つことになった。リーグ2試合、天皇杯1試合に出場したが、8月に半月板損傷で手術。コンディションが戻りきらないまま2019シーズンを終える。

「町田ゼルビアでの1年間は怪我も多く、チームに貢献できなかったのが悔やまれますが、全てが良い経験でした。日本でみんなに観てもらえたことで、プロサッカー選手としてやりたかったことのひとつはクリアできたとも思っています。」

セルビアに戻ってきた2020年1月、シーズン再開前のトルコキャンプ中に右足首を骨折。そのままトルコの病院で手術をし、チームとともにセルビアに帰って再びリハビリの日々を送ることになる。3月、新型コロナが世界中で猛威を振るい、セルビアリーグも中断、チームの活動はしばらく停止していた。この時期、彼と話をする機会があったが、未だかつて見たこともないほど不安そうな様子に衝撃を受けたのを思い出す。

「骨折してトルコで手術をしたときは、意外に前向きでしたよ。骨折する前のトレーニングマッチで久しぶりに90分プレーしましたが、そこそこできて、周囲にきちんと評価されていましたし、骨折した後の対応もチームから大切に扱われていると実感できたので。そこに不安はなかったんですが、足首の痛みはリハビリを続けてもなかなか良くならなくて。このままボールが蹴れなかったら、サッカーを辞めなきゃいけない。真剣にそう考えていました。」

ここではないどこか、その先へ行くために

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2021年。28歳になる志村謄の取材でセルビアに向かった。聞き手として話を聞くようになって5年半、モンテネグロとセルビアと日本で20試合以上を観てきたが、怪我が続いていたこと、さらにコロナ禍もあり、彼の試合を観るのは実に1年7か月ぶりである。

「骨折のリハビリから復帰して、去年の夏に2020/21シーズンが始まってからは、ほとんどの試合でスタメンフル出場できています。手術をした膝も足首も痛いですけど、痛いなりになんとかできているので、そこは良かったですね。今は基本的にボランチでプレーしていますから、自分の前と横の選手を、自分がやりやすいように、というよりサボらせないように指示を出して動かしてます(笑)。今シーズンはカップ戦も含めるとゴールが5点(4月2日時点では6点)、これはこれまでのキャリアで1シーズンのゴール数としていちばん多いはずです。ただイエローカードも多いので、それは反省点ですね。」

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サッカーを観る側の人間として常々、プロサッカー選手という職業は観る人がいて成り立つものだと考えることにしている。プロである以上、自分を観てほしいという姿勢は大前提だ。これまで何十人という選手にインタビューをしてきたが、志村謄は「観せる」という意識が誰よりも強い選手だった。それを「ギラギラしていた」という言葉で表現するならば、いま、ここで観る志村謄は、ギラギラと背負い込んでいた余計なものが削ぎ落とされて、研ぎ澄まされた何かが残り、それが逆に美しさすら感じさせる。

「ギラギラしていたという自覚は全然ありませんけどね(笑)。周りに認めてもらいたいというのは、もちろんありましたけど。余計なものが取れたように見えるのだとしたら、なんだろうな、いろいろな経験をして余裕ができたということなのかもしれません。このクラブにも長くいすぎたと思うぐらい長くなりましたし、いちど経験したいと思っていたJリーグにも行きましたし、怪我も手術も、今の自分のキャリアの一部分として受け入れなければならない。いろいろ経験して、今は自分のためにプレーすることだけをシンプルに考えています。」

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余計なものが削ぎ落とされて残った何か、それは純粋に、好きなサッカーを自分自身のためにプレーするという姿勢なのかもしれない。これまでもプレーのパフォーマンス自体が素晴らしい試合はいくらでもあった。だが、ここで志村謄を観ていると、今が選手として最も良い時期なのではないかとも思う。初めて海外に出てきた6年前からここに至るまで、彼がどれだけの努力と忍耐と想いの強さで歩み続けてきたか。「運が良かっただけです」と冗談ぽく笑うこともあるが、異色の経歴とも言われるその道のりは、やはり間違っていなかったのだ。

「自分は育成年代に日本で全く実績がなかった選手ですが、それでもいつか5大リーグでやりたいと思い、海外でプロサッカー選手になるという選択をしました。21歳の頃に思い描いていたキャリアとは違った形になってはいますけど、今は、ヨーロッパでこの年齢でもクラブに大切にされていることに感謝しています。でも、もちろん満足なんかしていませんよ、絶対に。ここで評価されて、移籍金をクラブに残して移籍できれば、クラブのためにも自分のためにもいちばんいい結果になるはずですから。ここで絶対満足しない。いつも、ここではないどこかその先へ、チャレンジし続けたいと思っています。」

志村謄(しむらのぼる)選手
1993年3月11日生まれ。埼玉県川越市出身。178cm、70kg。
2015 FK Berane(モンテネグロ1部)
2015-2016 FK Mornar(モンテネグロ1部)
2016 FK Bokelj(モンテネグロ1部)
2016-2017 FK Sutjeska(モンテネグロ1部)
2017-2018 FK Spartak Subotica(セルビア1部)
2019 FC町田ゼルビア(J2)
2020- FK Spartak Subotica(セルビア1部)


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