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オフザピッチの日常と、オンザピッチの闘いと/志村謄選手(FK Spartak Subotica)セルビア

2021/22シーズンの欧州サッカー界、セルビア勢ではレッドスター・ベオグラードがUEFAヨーロッパリーグベスト16、新設のUEFAヨーロッパカンファレンスリーグでもパルチザンがベスト16まで勝ち残った。ここ数年、このセルビアの2大クラブは欧州サッカー界の上位常連として認識されるようになっており、現在16チームが所属するセルビアスーペルリーガ(1部)でも、年々ハイレベルな闘いが展開されている。

2022年3月。志村謄がスーペルリーガのスパルタク・スボティツァ(FK Spartak Subotica)に所属して5年目の春を迎えた。前回のロングインタビューからちょうど1年、チーム内での存在感はますます増しているが、彼自身は世間の注目をよそに、彼にとって当たり前の日常を粛々と過ごしている。それは全て、現状に満足せず目の前の試合にトップコンディションで挑むために。

今回、1年ぶりのインタビュー依頼を承諾してはくれたが、志村謄は本来、メディアからの取材を好んで受けるタイプではない。これは、日頃から「今は静かにサッカーに集中したい」とこぼしている彼の、数少ないロングインタビューシリーズである。

クラブから評価され、通算100試合出場も達成

2021年3月のロングインタビュー後から振り返っておこう。2020/21シーズン終盤のセルビアスーペルリーガは、20チーム中6チームが自動降格するという中での激戦であった。志村謄が所属するスパルタクは、降格ラインをさまよいながらも最終的に10位でリーグを終える。シーズン開幕当初はUEFAヨーロッパリーグへの出場資格が得られる4位以内が目標だったはずだが、シーズン前半の好調さとは裏腹に、ウィンターブレイク後に大失速しての10位という成績は、志村自身も到底納得できない不本意なものだった。ただ、彼自身のパフォーマンスとしては、シーズン通して大きな怪我もなく、ほぼ全ての試合でスタメンフル出場、これまでのキャリアで最も多い1シーズン6ゴールという結果を残し、チームへの貢献度の高い1年となった。このことはクラブからも大いに評価され、2021年夏には翌年夏までの契約をさらに1年延長するオファーを受ける。

「契約延長にあたって、クラブの社長からはチームでいちばん重要な選手だと評価してもらいました。当時の監督からもキャプテンを打診されましたけど、自分はそういうキャラでもないですし(笑)、最終的には副キャプテンを務めることになりました。毎日のチームトレーニングを100%でやってくれるところ、それから、練習前はいちばん最初に来て自分の身体の準備をして、練習後もリカバリーをしてから最後に帰るというようなところが、若い選手たちの模範になっているからと。そこは、自分にとっては必要なことを普通にやっているだけなんですけどね(笑)。」

こうして、セルビアに移籍して5年目のシーズンが開幕した。2019シーズンの町田ゼルビアへのレンタル期間を除いてもスパルタクで4年目となり、2021年7月末のレッドスター戦ではクラブ通算100試合出場を達成。外国人選手として100試合出場はクラブ初、セルビアスーペルリーガ全体でもアジア人としては初の快挙である。また、チームメイトの皆が納得する人選での副キャプテンでもあり、キャプテン不在時にゲームキャプテンを数回務めた。

「何試合キャプテンをしたかは、あんまり覚えてないんですけど(笑)、たぶん3試合ぐらいかなと思います。今シーズンも怪我で少し休んでいた以外は、ほとんどの試合でスタメンフル出場できていますが、ゴールが1つもないままここまで来てしまいましたね。チームの戦術的に守備的だということもあるかと思いますが。」

確かに今シーズンは、チーム状況が芳しくないということもあり、そもそもチーム全体の得点数が多くはない。さらに志村謄は攻撃だけでなく守備の意識も非常に高い選手で、誰も守備に戻らない時間帯であっても自陣ゴール前までひとり全力で走る。その意識の高さゆえに、なかなか得点のチャンスがめぐって来ないのかもしれない。ゴールは数字に表れる結果として対外的な評価に直結するため、もちろんゴール数はあるに越したことはないだろう。しかし、守備における彼の貢献度の高さは、実際に試合を観れば誰の目にも明らかである。ゴール数が少ないからといって今シーズンのパフォーマンスが悪いわけでは決してない。

ずっと今まで通り、やるべきことをやってきただけ

スパルタクで4年目のシーズンが終わろうとしている2022年5月現在、ここまで実に126試合に出場した。ヨーロッパ全体を見渡しても、日本人選手が同じクラブで100試合出場を達成することは稀であろう。ましてやセルビアは、ピッチ内でのハイレベルな闘いとピッチ外環境のアンバランスもあり、外国人選手の活躍に適した環境とはとても言い難い。

これまでも幾度となく、ヨーロッパの1部リーグで長く活躍できている理由を聞き出そうと試みてきたが、そのたびに志村謄は、若干困惑したような表情で「ずっと今まで通りやってきただけだから」と答える。実際、彼にとってはその言葉通りなのだろう。

「まあ、監督は今シーズンに入ってこれで4人目で、何度も変わりましたけど、その都度、監督の要求に応えられているところはあると思います。ポジションもボランチだったりサイドバックだったり、サイドバックも右の時も左の時もありますが、いろいろなシステムに対応できるというのは自分の強みのひとつです。あとは、攻守の切り替えで、攻撃の後にきちんと守備に戻れること。こっちの選手は攻撃で上がるのは早いんですが、守備に戻る意識がちょっと欠けてるんですよね。そこは評価につながる重要な部分かなとは思いますけど。」

スタジアムでの取材時、トレーニングルームの壁に試合時のGPSデータ表が貼り出されているのを見たことがある。走行距離はもちろん、スプリント数もトップスピードも志村謄の数値はチームトップクラスで、試合を観た直感そのままの結果だった。しかし、そのデータの最も重要なポイントは、スプリント数やトップスピードが記録されるタイミングである。他の選手は基本的に、攻撃時に得点するゴール方向へ向かってスプリントし、その際にトップスピードが記録される。それが志村謄の場合は、守備に戻る際にもスプリントが記録されるのだ。

さらに、シーズン前のフィジカルチェックでは、ジャンプ力のテストで毎年チームトップを記録していると聞く。屈強なフィジカル自慢が揃うセルビアスーペルリーガの中で、志村謄は決して体格的に恵まれているわけではないが、そのジャンプ力はゴール前の攻防に無類の強さを発揮する。複数のポジションをこなせるユーティリティーさ、守備への意識の高さ、ヘディングの強さを生かした得点力、それらが全て、監督の要求に応えられるという評価につながっている。

「それはまあ、そうなんですけど。なんでここで長く続けていられるのかは、うーん、評価してくれたクラブに聞くのがいちばん早いと思いますよ(笑)。正直、自分にはよくわかりません。今まで通りやってきただけですから。」

いわゆる日本的な感覚で物事を捉えてしまうと、彼がピッチ外で評価されキャプテンに推された事実と、ピッチ上で監督の要求に応えられていることの評価を、我々は混同しがちである。実際、志村謄のセルビアでの日常はストイックすぎるほどの努力と忍耐の日々であり、それが今の成功につながっているのだと、現地で取材し彼の日常を目の当たりにした者としても考えていた。しかし、それはある意味で正しく、またある意味で正しくはない。

志村謄にとっては、日々のトレーニング前後のストレッチやアイシング、チームがオフだったとしても欠かさない試合翌日のリカバリーなど、全ては「当たり前にやるべきルーティン」である。そしてそれは決して試合に出るための行動ではない。

「ルーティンの部分に関しては、それはオフザピッチの話ですから、それが評価されたのはあくまでもキャプテンを打診されたというところまでです。ここではオンザピッチが評価されなければ試合には絶対に出られない。どれだけピッチ外での行いが良かったとしても、それで試合に出られたり、契約延長のオファーがあったりすることはあり得ません。だから、自分にとっての当たり前のルーティンが、セルビアで成功することとイコールではない。オンザピッチとオフザピッチは、ここでは絶対に別です。」

とはいえ、彼にとっての「当たり前にやるべきルーティン」は、試合時にトップコンディションであるようにと考えての行動であるはずだ。その意味で、オフザピッチの行動は、やはりオンザピッチの評価につながるとも言える。だからこそ志村謄は「今まで通りやるべきことをやってきただけ」と言えるのだろう。

先が見えないこの世界でサッカーを続けるために

2019年夏に左膝の手術、2020年初めには右足首の手術をした。加えて昨年末、リーグがウィンターブレイクに入ったタイミングで3回目の手術をしている。骨折から2年近く経っても痛みが取れない足首の治療のためだったが、術後4か月以上経った今も、経過はそれほど芳しくはない。

「試合の後は、いつも普通に痛いですよ。だから、毎日の練習の前後も試合の後も、ストレッチをしたりアイシングをしたり、自分でできるケアはやる。そこまでが仕事の一部ですから。それが自分にとっては普通のことです。」

この3月で29歳になった。オンザピッチでは監督の要求に応えられること、そのために、オフザピッチで当然やるべきルーティンを怠らないこと。それはもちろん、彼がここまでヨーロッパ1部リーグの第一線で活躍し続けている理由ではある。しかし、長年変わらずそれを続けるために、これまで彼は壮絶な努力をし、理不尽な出来事に耐えてきた。サッカーを観る側の我々は、あくまでもピッチ上でのパフォーマンスを観て、そしてそれを評価するべきであろう。志村自身も、ピッチ外での努力や忍耐をまわりに見せることはしないし、ともすれば他人に理解されることすら拒むような部分もある。

すぐ近くで突然戦争が始まり、来シーズンのことも、今後この世界がどうなるのかさえもわからない。この現実世界で、他人に軽々しく「ヨーロッパで成功する秘訣」を語れるわけがなく、それを聞いた我々が簡単に理解できるわけもないのだ。同じように壮絶な努力をし、理不尽な出来事に耐え、サッカーに対する想いの強さを持つ者だけが、志村謄と同じ世界に立つことができる。

「これまで怪我も多かったですし、手術を3回もして、身体はボロボロですよ。それでもこうしてサッカーが続けていられるのは、幸せなことだと思っています。怪我の経験がなかったら、こういう心境にはならなかったかもしれません。先のことはわかりませんが、今はとにかく怪我をしないでサッカーを続けられるように。それがいちばんですね。」

志村謄(しむらのぼる)選手
1993年3月11日生まれ。埼玉県川越市出身。178cm、70kg。
2015 FK Berane(モンテネグロ1部)
2015-2016 FK Mornar(モンテネグロ1部)
2016 FK Bokelj(モンテネグロ1部)
2016-2017 FK Sutjeska(モンテネグロ1部)
2017-2018 FK Spartak Subotica(セルビア1部)
2019 FC町田ゼルビア(J2)
2020- FK Spartak Subotica(セルビア1部)

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