誰かを鼓舞する力|マティスのロザリオ礼拝堂
朝晩はだいぶ秋めいてきた。秋はいいな。口に入れたとたんホロッと崩れてなくなってしまうおいしいビスケットみたいにあっという間にいなくなってしまうけれど。
朝食は、昨夜の残りもののコドゥンオチゲ(サバ缶でこしらえたチゲ)と白飯。
すっかり煮詰まってしまったチゲは、汁に白いごはんを浸しながら食べるとおいしい。こういうとき、行儀の良し悪しなど後回しだ。
先日のこと、職場の先輩が南仏のヴァンスにあるロザリオ礼拝堂のパンフレットを見せてくれた。ロザリオ礼拝堂は、画家アンリ・マティス最晩年の傑作として名高い。マティスを愛好する先輩は、彼の作品を巡ってフランスを旅した時、これを買ってきたのだという。
この礼拝堂の仕事に取りかかったとき、マティスはすでに76歳という高齢だった。しかも、数年前には手術を受けるほどの大病を患ってもいた。そのマティスが無償で引き受け、4年がかりで完成させたのがこの小さな礼拝堂だ。
“みずから選んだわけではないが、この仕事をわたしが引き受けることになったのは運命だと思う”――マティスのことばである。
それが、自分にとって最後の仕事になるかもしれないことを感じながらマティスは全身全霊をかけて打ち込んだのではないか。
しかし、このパンフレットに掲載された礼拝堂の写真を見た僕はまったくもって驚いてしまった。いわゆる“晩年”の作品にありがちな枯淡の境地などとはまるで無縁のカラフルでポップな世界が展開されていたからである。
黄色と緑、そしてブルーの三色からなるステンドグラスのモチーフはサボテンをイメージしている。乾ききった大地をものともせず真っ直ぐ天にむかって伸びるサボテンを、マティスは生命力の象徴とかんがえていたようだ。
また、あえて鮮やかな色を選んだことについても、それがゴングの響きのように見るものを勇気づけ鼓舞してくれるからだといった意味のことを述べている。
うむを言わせず感覚器官に飛び込んでくるようなステンドグラスの装飾とは反対に、白い壁にざっくりと黒い線のみで描かれた母子像はごく控えめな印象をあたえる。顔すらも持たない。あるいは、ひとりひとりの内なるイメージとしてすでに存在しているはずの神の姿を壊したくなかったのかもしれない。
お守りみたいにして持ち歩いてるのよ――このパンフレットを見せてくれた先輩はそう口にした。聞けば、いまご家族が大病を患い心配な日々なのだという。
生命がもつ力強いエネルギーを信じていたマティスが、全身全霊をかけてつくりあげた祈りの空間。ロザリオ礼拝堂を満たしたマティスの“気”が海を渡って先輩のもとに届き、しっかり勇気づけてくれることを願う。
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