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クローサー  (4)

■クローサー(1)■
■クローサー(2)■
■クローサー(3)■

 はしゃぐ蔓押、ムニエル、マスターに怒りを向けたのは、あの集配員の男だった。
 どこを探しても老人が見つからない。
 深夜になっても捜索を続け、なお諦めきれない彼は、公園で一休みしていたのだった。
 そこへ馬鹿馬鹿しく騒ぎながらパン食い競争を始めた蔓押らが現れた。
 気が立っていた彼は、第三のビールを飲みつつ、 彼らをベンチからじっと睨む 。
 やがて彼らが、ポストがパンクだの、うんこで爆発だの、明らかに今日の事件の事を話しだした時、プツリと糸が切れ、集配員の怒りの矛先は3人に向いたのだ。
「てめえらあのジジイの事知ってんのか!」
「??……えっ……え……」
 酔いが冷めず事態が分からぬまま、マスターは震え混乱した。
「知ってるなら言えよ!言えよ!」
 男はムニエルを蹴り、マスターの腹を強く踏む。
「……っ!」
「う……!」
「……知らんなら、出てけよ!おら!馬鹿!」
 踏みつける踏みつける、蹴り蹴り蹴り。
 集配員の男は、盲目的な怒りを目の前の貧弱そうな若者達へぶつけた。
 暴力に酔う事で、幾分イラつきが去り、怒る男の顔に少しの微笑みが現れた。
 もう1発、ダメ押しの蹴りを謝ろうとした青年の顔面にぶち込もうと、サッカーのPKの要領で助走をつける。
 助走の最中、代表の青いユニフォームが頭に浮かび、己はたくさんの人間に応援されている大スターなんだ、そんな思い込みが一瞬過ぎった。

ガン!

 ぶち込んだのは蔓押だった。
 いつの間にか起き上がり、持っていたウィスキーの小瓶を集配員の側頭部に叩き込んだのだ。
 不意を突かれ体勢を崩す集配員。
 そこへキックボクシング仕込みの掴んでの膝蹴り、ムエタイでいうティーカオが集配員の顔面を襲い、血と歯が舞った。
「ぐぅふ!」
 とっさに顔を抑える集配員。
「アァ?」
 先程まで白痴の様にニヤニヤと笑っていた蔓押は豹変しており、怒りの表情でティーカオをもう1発、今度はガラ空きの首と胸の間の位置にかました。
「……!!」
「お前なんだよオッサン。コラ!」
 蔓押は相手を突き放す様に掴んだ手を離し、今度はミドルキックを男の脇腹へ叩きこんだ。
「あぁ?コラッ!」
 1発。2発。3発。
 立て続けに蹴りを放つ蔓押。
 だが酔っているせいもあり、体勢はふらつき、体重があまり乗った蹴りが放てていない。
「うあああああ゛!!」
 痛みに耐える集配員は、戦況を打開すべく一気に距離を詰める。
 大振りのパンチを蔓押は躱そうとするが足元がおぼつかず、フラフラと体勢を崩す。
 集配員のパンチは蔓押の肩にかすり、脚が絡む。
 蔓押はその場に転び、集配員は襲いかかった勢いのまま足を引っ掛けて転び、低く宙を舞って腕と頭からツツジの木の茂みに突っ込んだ。「う……う……」
 身体のあちこちが痛む。
 こんな奴らを相手に喧嘩して何になる?
 茂みの中で、痛みが集配員を冷静にさせた。
 くそぉ。悔しいがここは逃げ出して、今日はもう家に帰るべきだ。
 ジジイはもういない。
 どうせもうどこかの路上で寝ているのだろう……
 集配員がそう考えた矢先、茂みの中からガサゴソと音が聞こえ始めた。
 奴らが殴りに来る!
「アアー……」
 慌てて起き上がった彼の目の前には、茂みの中に佇むあの狂った老人が立っていた。

 この茂みを、ベットのように乗りかかって潜んでいたのか!

 体重を乗せて枝を折り、身体を沈ませれば、小柄なこの老人ならば葉っぱで隠れられる。
 どこまで考えての行動なのかはわからないが、このジジイはここに隠れていた。
 やってやる……
 ジジイを本気の本気で殴りつけ、1撃でぶっ殺す。
 そしてあのガキどもから逃げ、警察からも逃げ、局の奴らを……辞表を……!
「じぃじぃぇええ゛゛!!」
 切れた唇と折れ落ちた前歯のせいでおかしくなった発音で集配員は叫んだ。
 その時、彼の後頭部を蔓押の飛び蹴りが襲い、集配員の意識はそこで切れた。

ーーーーー


「フー。なんだったんだあのオッサンは?」
「さぁ。頭気ぃ狂ったオヤジだよ」
 俺と蔓押は急いでマリファナ入りマフィンの残りや張った糸を片付ける。
 喧嘩騒ぎに警察が駆けつけてくれば、厄介な事になる。
「マスターも手伝って!早く行きますよ!」
「うん……う、うん」
 マスターはまだ襲われたショックで身体を小刻みに震わせている。
「これで全部?」
「……いや、まだあと1個……」
 そこで俺は、糸にぶら下がったポストパンへ必死に食らいつこうとする老人の姿を見た。
 ホームレスだろうか?
 体臭が酷い。
「おじいちゃん、お腹すいてんのか?」
「……あー!あー!」
「はい、それじゃしょうがない」
 俺はポストパンと糸を繋ぐクリップを外し、その老人にくれてやった。
「それ食べたら頭がぐわーんってなるけど、じいちゃんは元から割とふわーっとしてるね」
「んー……んー!」
 ペチャクチャと音を立てて美味そうにポストパン、もといマリファナ抹茶チョコブレットを老人は食べる。
「美味い?ふふ、ならよかった」
「おい!もう行くぞ!」
 急かす蔓押の後を追い、俺は公園を去った。
「あーー…………の中の……もう…………靖国………………にもかも…………おー……」
 老人はベンチに座り、独り語り続ける。
 その少し離れた位置で、集配員が倒れ失神している。
 やがて自転車に乗ったパトロール中の警官が公園へ駆けつけてきた。
「こんな所で寝てちゃ駄目ですよ!ほら!……あら君は、昼間のポストの……どうしてこんな怪我を!?」

■クローサー(5)に続く■


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