薬剤師がおすすめする小説・穂波了『月の落とし子』
読んでみました宇宙×バイオ小説!
バイオを扱った小説を読むのはおそらく『ジェノサイド』以来なので、約8年ぶり。
久しぶりになぜ読むことになったのか、そして読んだ感想などを書き残します。
#月の落とし子
『月の落とし子』 穂波 了 著
第9回アガサ・クリスティー賞〈大賞〉受賞作。
新世紀の有人月探査船・オリオン3号の宇宙飛行士が感染したのは、正体不明の致死性ウイルスだった! コントロールを失なった探査船は、千葉県船橋市のタワーマンションを直撃する。広がるウイルス渦! 分断される人々! 空前の規模で描かれる超災害ミステリ。
引用元:Hayakawa Online 月の落とし子商品ページ
読んでみようと思ったきっかけ
きっかけはnoteの読書感想文投稿コンテスト。
課題図書のうち、知らない作品を読んでみよう!
というシンプルな動機です。
そんな中で最初にチョイスしたのが『月の落とし子』。
なぜ目についたかというと、出版社の推し具合が強いから!
他の出版社は軒並み1著者につき1作品を対象にしているにもかかわらず、早川書房は2人の著者に対し、2作品を対象としています。
『ユートロニカのこちら側』小川哲
『嘘と正典』小川哲
『月の落とし子』穂波了
『売国のテロル』穂波了
(「読書の秋2020」課題図書一覧より)
そこに出版社の売り出したいという気概を感じたので、推しの強い2人のうち、表紙の空が綺麗だなーと思った本作を最初に読みました。
(課題図書一覧では気付かなかったのですが、ちゃんと見たらめちゃめちゃビルが燃えている物騒な表紙でした。全然爽やかじゃなかった。)
予言かな?タイムリーな設定
本を開いてすぐ驚きます。
目次がない。
章のタイトルのように、「工藤晃」の名前があるだけ。
ミステリだから展開を悟られないように目次がないのかな?
わたしが不慣れなだけ?
とりあえず読み始めます。
そこで語られていたのは、日本人宇宙飛行士・工藤晃が月で出くわしたチームメイトの突然死。
死因は、致死性のウイルスの可能性が高いと説明されます。
言わずもがな、コロナウイルスに翻弄されている2020年の地球。
「ずいぶんタイムリーだなー!」と思い発行年を確認すると、2019年!
こんなに時代にぴったりな題材なのに、なんで広く知られていないんだろう?
難しすぎる?
説明が詳細な分、しっかり理解して読み進めるには難しすぎるかもしれません。
前半50ページくらいで挫折する人がいてもおかしくない。
しっかり説明されているのは
1. ロケットをはじめとした宇宙
2.細菌、ウイルス、感染症
の2分野。
1. ロケットをはじめとした宇宙
もともとの知識がないので「ロケットの絵が欲しい!」と思いつつ、合っているかどうか自信の無い絵を自分なりに描きながら、えっちらおっちら読みました。
2.細菌、ウイルス、感染症
わたしは薬学を学ぶ中で既に知識を得ていたから「そうだね」でスルッと読めたけれど、全く知識がない人がいきなり
宿主
バクテリオファージ
芽胞
嫌気性の細菌
とか言われてもわからなくて困っちゃうんじゃないか、と勝手に心配しちゃいました。
序盤の説明パートの"説明感"が強すぎて、「すっごくいい題材なのに広まらない理由はこれか...!?」とか、余計なことを考えちゃう。
わたしは小説には現実や論理はそこそこでも、とにかく「のめり込めること」を求めています。
なので、いち読者に他の読者にとっての読みやすさを心配させるなど「他のことを考えさせちゃう」という点では、本書はイマイチかもしれません。
それでも!
未読の方にも一度読んでもらいたいと思いました。
もっと多くの人に読んでもらいたい理由
ちょっとネガティブなことを書いてしまいましたが、細菌やウイルスについてすごく勉強してくれているのが伝わってきました。
これはめちゃめちゃ嬉しい!!!!!
ウイルスによる感染症について騒いでいても、ウイルス生存の仕組みや消毒方法については無知な人が多いまま。
報道に踊らされてうがい薬が一瞬で売り切れたり、人体に使えない消毒液が手の消毒に使用されたり...。
知識を無視した残念なニュースや場面に遭遇することは珍しくありませんでした。
解決策を求めるばかりで、基礎知識をおろそかにする人たちを山ほど見た2020年。
「問題解決のためには、まず対象について正しい理解が必要」という当たり前のことを思い出して欲しい。
難しいこともつまらないことも抱えながら一歩ずつ、問題解決に向かって進んでいく姿がすごく丁寧に描かれている本書を、もっと多くの人に読んでもらいたいです。
本全体の感想(少しのネタバレあり)
とにかく設定がすごく良いです。
映画化して欲しいカッコよさ。
感染症対策本部でのやりとりを映画「シン・ゴジラ」みたいな演出にしてもらえたら超しびれる〜〜〜!!!
なんて、妄想が広がります。
一方で、ロマンチックな膨らみがもっと欲しいとも思います。
説明パートがしっかりしているのに、キャラクター作りと人間関係の変化についての描写が甘いせいで、ところどころに違和感を覚えてしまいました。
一例をあげると、「茉由さん(ヒロイン)は僕の宿主」なんて告白を、なぜか本人でなく同僚に話す研究者。
「そんな言い回しするかーーーい!」と思わずひとりでツっこんじゃいました。
研究者を"世間のなんとなくのイメージ"に寄せすぎて、キャラクター自身も「なんとなく不器用」にぼやけてしまっている。
もったいない。
ただ、後半の"宇宙飛行士=人間ができた人"のイメージ通りのメッセージと、封鎖地域の無残な現状との対比はすごく良かったです。
その描写力が全編にあったら、もっとずっと引き込み力のある良い作品になるのになぁと思います。惜しいぃ〜〜!
同じ著者の今後の作品も読みたいか?
YES!!
設定をこれだけしっかり作る力があるならば、もっともっとダイナミックな感動を作れるはず!!!
わたしが違和感を覚えた人間についての描写は、書き続ければいくらでも良くなる部分だと思うので、ぜひ書き続けて欲しいし、更新された穂波さんの作品を読みたいです。
🧚♀️🧚♀️🧚♀️
#読書の秋2020 企画がなければ読むどころか知らなかった本、『月の落とし子』。
久しぶりに大学時代に学んだ内容を思い出せるような、しっかりしたバイオ系小説を読めて嬉しかったです。
いい時間でした。
この後は穂波了さんの次作『売国のテロル』も読んでみようと思っています。
何度も言うけど、感染症について少しでも知ろうと言う気持ちがあるなら、『月の落とし子』オススメだよー!
Twitterでは読んだ本の1ツイートまとめを投稿しているので、なにかと本を読むきっかけを探している方には良いかもしれません🧚♀️
#読書の秋2020 企画、他には『蜜蜂と遠雷』について書きました。
投稿数が増えてきたので、人気投稿を1つのマガジンにまとめました。
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