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「私何になりたいんだろうって思う」空っぽのままの女友達。

都内の某駅から徒歩5分、12階建ての11階、家賃17万8千円の1LDKにCAの妹と二人暮らし。
家賃も生活費も二人で半分ずつ出してる。
それだけで毎月10万円近くがでていくの。だからマツエクとネイルはやめた。
余裕とは言えないけど、社会人4年目の女性でこれが支払えるってことは、私はまあまあ稼げている方だと思うんだ。


約2年ぶりに会った中学からの友人は
「ここ3週間くらい、左下まぶたの痙攣がとまらないの。自律神経がおかしくなってるんだと思う」
と言いながらそんな近況を語ってくれた。


マツエクとネイルは、毎月2万円くらいかかるからやめた。
全身脱毛はたまに通い続けているけれど、間隔が空きすぎていて毛は減らない。

「私、何になりたいんだろうって思う」

一軒目で6,000円くらいのコース料理をわいわい言いながら食べて、もうちょっと喋ろうかと言いながら入った恵比寿のサンマルク2Fのカウンター席で、目の前に広がる交差点を見ながら彼女は独り言のように呟いた。



中学・高校が同じの彼女とは、同級生の中で唯一同じ学科・薬学部薬学科に進んだから「違う大学だけれども成り立ちから含めて境遇が大体同じ」ということで共感できる部分が多く、ゆるくつながっていた。
就職活動では「研究職になりたいけど、慶応でもない私大の薬学部の子が研究職に入るのは到底無理と言われた」と悲しそうに語り、薬局に内定をもらうところまで進んでいた。そんな折、「急遽欠員が出た」と連絡があり、インターンで訪れていた某製薬メーカーの品質保証系の部署へ卒業間近の11月で入社が決定した。
「インターンで行った時に、大好きな会社だって思ったからすごく嬉しい!!!」と奇跡のような展開に大喜びする彼女のことを心から祝福したのを覚えている。

社会人2年目が終わる頃に会った時には「定時で帰れるホワイト企業だよ♡」と言いながら、高校から付き合っている彼氏が当時27歳にして一度も社会人にならず、バイトもろくにしていないことを嘆いていた。他の悩みといえば、職場へ実家から1時間半をかけて通っているけれど、母親からの干渉が強くて困っているとか。
悩みの種の1つが母親といっても、彼女は超がつくほどの箱入り娘で、いわゆるお嬢様だ。長女の世話をやきたくてたまらないだけだからとわかっているからこそ、笑いのネタにしているようなレベルだ。

そんな彼女がなぜ
「あたし、最近すっごいクズなの」
と下まぶたを痙攣させながら話すことになるのか。


部署異動もなく3年目になった頃、会社の事業で大きな施策が立ち上がり、それに伴い忙しくなった。部長はともかく課長が「お前はいらない」等のパワハラ発言が多い。課長がうざくてげっそりしていたけど、4月から念願の研究職への異動内示が出た。喜んでいたのもつかの間、移動日が延期になるという噂を聞いてしまった。
彼氏はいっこうに働かないまま、とうとう29歳にしてイタリアに1年間の語学留学に行ってしまった。
支出は大きいからその日暮らしみたいになっているけど、今の部屋は会社まで30分だし、何より母親と距離を置けたのですごく楽になった。だからこの支出には価値がある!と納得できている。

世の中にはきっとよくある話で、なんなら彼女はかなり恵まれている部類に含まれると思う。
それでもきっと、彼女にとっては初めてのことづくしで、大冒険だったみたいだ。


「会っていなかったこの2年くらいで、私は随分変わったんだよ」
と彼女は続ける。

25歳まで、彼氏一筋だったGカップの彼女。
服を着ても目立つおっぱいという武器は、あくまでも会話のネタの一つであり、実用的には駆使してこなかった。
それを、とうとう性的アピールの武器としてがんがん振り回しているというのだ。

そのまま話を聞いていたら、ご丁寧に8人だか9人の浮気相手の特徴を一つずつ教えてくれた。もちろん内容の良し悪しも含めて。
(この中で「薬学部の男のセックスがマジでオナニー」である件について散々悪口を言って盛り上がったけれど、まあそれは今は置いておく。)

4番目に出会った「4番打者」に夢中になっていて、その彼は「おっぱいが好き」と言ってくれていることに心から安心しているそうだ。理由は代わりになる人の数が少ないから。
一度デートしてヤったあと、LINEをブロックされて悲しかったけど、別の人を介して再会できた。今はFaceboookのメッセンジャーでやり取りができていて、来週またデートの予定ができて本当に楽しみ。
LINEをブロックされたのは4番打者の彼女対策なんじゃないかと察しているけど、全く気にならない。とにかく彼とまたヤりたい。それだけ。

4番打者の良さをひとしきり語った後、声がワントーン落ちた。

「彼氏以外の人とデートしてもヤっても、結局13年付き合ってる彼氏の居心地の良さには敵わないんだよね。それに気づいちゃった」
「最近、寝付けないことが多いの。脳が興奮してるみたいで、全然眠れない。」
「一人は好きなんだけど、たまにすっごく寂しくなるの」
「彼氏もずっと働かないクズだけど、私もクズだからもう何も言えないんだよね」

そんなことを言って、悲しそうに笑う。


その程度のお遊びで罪悪感を持ってしまう彼女の純粋さに驚きながらも、ダメージに興奮で蓋をしてしまったら、眠れなくなってしまうよなぁと想像する。

一般的に見たらとても順調に成功している28歳女性の悩み。
とてもちっぽけで、なんなら贅沢といってもいい程度の悩みなのに、空っぽのまま興奮状態に陥っている彼女を見ていると、こちらが悲しい気持ちになってしまった。


「私、何になりたいんだろうって思う」

そう語る彼女に、私は課題抽出・現状を分解した上での解決案提案なんかしたくない。ただ、落ち着いて眠れる日々を手に入れて欲しいと願う。

冬の夜風に、頰がちりりと痛む帰り道だった。

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