見出し画像

しらたまぜんざい

「もしもし」
「もしもし、今電話できる?」
「うん、大丈夫だよ。君から電話が来るなんて驚いたな」
「いやさー、久しぶりに電話したくなっちゃったんだよね。元気してた?」
「まずまずかな。小春は元気にしてるの?」
「元気にしてるよ。あのさ、私ね、東京で働いてるの。実は転職してさ、丸の内の会社に勤めてるんよ」
「そうなんだ。あれだけ地元での就職にこだわってた君が、まさか東京に行くなんてね」
「ほんとだよー。私もこの歳になって上京するなんて思ってもいなかったな。君は確か東京に就職してたよね?よかったら今度ご飯でも行こうよ」
「残念だけど、僕は今は地元に帰ってるよ。東京の会社、やめちゃった。今は彼女の家に住まわせてもらってるよ」
「そっかぁ、なんか変な感じだね。君が地元にいて、私が東京にいるなんて」

「そうだねぇ。東京ではなにをしてるの?」
「なにしてるって、今はぜんざいを茹でてるよ」
「違うよ、リアルタイムじゃなくて会社の方。てか、ぜんざい茹でてるの?もう0時過ぎじゃん。太るよ?」
「うるさいなぁ、ぜんざい美味しいから食べたくなっちゃうんだよ。しかもただのぜんざいじゃないよ、しらたまぜんざいだよ?」
「いや知らないよ」
「私ぜんざい好きじゃん」
「僕と付き合ってる頃からよく食べてたよね」
「そうそう。三食ぜんざいでも私は構わないよ。君は甘いものが苦手だったみたいだけどね」
「あんな砂糖の塊、よくニコニコしながら食べれるな。胸焼けしちゃうよ」
「美味しいのになぁ。そうそう、私は銀行で働いてるよ。毎日札束を数えてる」
「へぇ、すごいね。富豪みたいだ」
「実際の暮らしぶりは貧しいけどね。結構ハードワークで大変なんだなこれが。上司の絡みもウザいし」
「しんどそうだね」
「そうなんだよね。そうそう、今日電話したのは君に報告したいことができたんだ。私結婚することにしたの」

「結婚?」
「そう、結婚」
「ウソでしょ?結婚することにしたの?」
「うん。私も30歳だし。両親を安心させてあげないとなって思って」
「小春は結婚しないと思ってたよ、ビックリしちゃった。おめでとう」

「ありがとう。本当は君に伝えるつもりは無かったんだけどね。もう他人同士だし」
「僕たち別れてもう10年も経つしね」
「うん。君と付き合ってたころが懐かしいな。その頃は2人とも地元にいたんだけどね」
「成人式で再開するまで、正直君のことは忘れていたよ」
「ひどいこというなぁ。そりゃまぁ、全然絡んだことなかったもんね。だって君めちゃくちゃ浮いてたじゃん。いっつも教室では本ばっか読んでてさ」
「僕は地元のこと、好きじゃなかったからね。早くこんな街から、親の元から離れたいっていつも思ってた。受験失敗しちゃったから、進学したのは県内だけど」
「けど親から離れられたのはよかったじゃない。今は親とはどうなの?いまだに険悪な感じ?」

「そうだね。両親が僕のこと理解してくれる日は、たぶん来ないんだろうな。たまに会いに行ってみると、腫れ物に触れるような扱いを受けるな。2人とも頭が固いんだよ」
「そうかなぁ、認めてくれるだけありがたいと思うけどね。私の両親は、私のこと結局認めてくれなかった」
「うん……。ねぇ、本当に異性と結婚なんてするの?無理してない?」

「無理はしてないと思う。旦那も良い人だし」
「君が結婚するって考えてるんなら、良い人なんだろうと僕も思うよ。けど、少し心配だな」
「千夏は心配性だなぁ。旦那は私のこと理解してくれてると思うよ。旦那は旦那でLGBTだし。今の暮らしも、シェアハウスでの共同生活みたいな感じかな」
「両親は理解してくれたの?」
「結婚について両親は大喜びしてるよ。ついに小春が結婚するのかってさ。両親は私がLGBTだって最後まで認めてくれなかった。こないだなんてさ、結婚するつもり無いことをそれとなく母親に言ったら、『なんでそんな普通なこともできないの?』なんて言われちゃった」
「自分の普通を押しつけてくんなよなぁ」
「そうなんだよね。両親に悪気はないし、複雑な気持ちになっちゃうな」
「どんだけ良い人だったとしても、僕は異性との結婚なんてまっぴらごめんだよ。そんなことするなら彼女とオランダにでも移住するよ」
「いいね、移住。会社辞めたって言ってたし、同性婚ができる国に就職しなよ」
「したいなぁ。けど今付き合ってる彼女のそばにいたいからなぁ」
「両親には実家の近くに帰ってること言ってないの?」
「言ってないよ。仕事辞めたことは言ったけど、まだ東京に住んでると思ってる。実家に帰るたびに、母親の好きな東京ラスク毎回通販で買ってて大変なんだから」
「難儀にしてるね。まぁ地元帰ってることは言っても言わなくてもいいんじゃない?千夏の自由にしなよ」
「うん。ありがとう。そういえば、小春の挙式はいつ頃に開催されるの?」
「再来月かな。東京でするつもり。よかったら来なさいよ。二次会だけでも歓迎よ」
「元カノの結婚式なんて見たくないよ。けど電話ありがとう。久しぶりに懐かしい気持ちになったよ」
「こちらこそありがとう。千夏も元気そうで良かった。私はしらたまぜんざいを食べるとするよ」
「君と話してるとなんだかお腹すいてくるなぁ。僕もなにか食べて寝るよ。おやすみ」
「またぜんざい茹でてるときにでも電話するよ。おやすみ」