パン職人の修造70 江川と修造シリーズ A fulfilling day 修造
「ねぇ?何か変な音が聞こえない?」
機械の故障だろうか?低い擦れる様な音がする。
グーググーグーグー
みたいな?
パンロンドの奥の工場で作業中
江川がキョロキョロしながらカスタードクリームを炊いている藤岡に言った。
「シッ。聞こえますよ本人に」
藤岡がホイッパーから手を放し、そっと指差した音の方を見て江川の大きな丸い目がもっと丸くなった。
修造の鼻歌の音だったのだ。
えっ
修造さんってあんなに歌が、、
音痴というか、この音はどこから?
喉?
肺の奥?
修造はと言えばすごく気分良さそうに謎のドイツ語の歌を歌いながら生地を分割している。
ウキウキして喜びで胸がはち切れそうだった。
修造は2人目の子供が無事産まれて
大地と名づけた。
自分の育った山から見える緑の大地のイメージだそうだ。
「なあ聞いてくれよ江川!ほんとちっちゃくて可愛いんだよ」
「はい」
今日だけでも3回くらい聞いた。
そしてビニールシートに生地を3000グラム測って包み、江川に抱っこさせた。
「産まれた時なんてこんなにちっちゃかったんだ」
「わあ軽〜い」
「それにしても生まれたての赤ちゃんってこんなに軽いんだ、おーよしよし」
杉本があやし始めた。
「生きてるって不思議、こんなに小さく生まれて、どんどん大きくなって、やがて修造さんぐらい大きく成長するんだ」江川が感動して言った。
その時店から奥さんが修造に声をかけた。
「明後日の昼に一升パンの注文が入ったからお願いね。名前は歩と書いてあゆむ君よ」
「わかりました、明後日の昼に」と言って注文書を受け取った。
「一升パンってなんですかあ?」と杉本が聞いた。
「一升パンって一歳のお祝いに子供さんの背中に背負わせて一生食べ物に困らない様にとか健康であります様にと願いを込めるんだ」
「へー」
「元々は一升餅と言って、2キロの餅米をついて作るもので最近はパンでお祝いする様にもなったんだ。だからステンシルで名前とか可愛い模様を彫って生地に乗せて粉をかけて焼くんだ」
「はー」
まずパソコンで文字を書き印刷する(もちろん手描きも)、紙に良い感じに貼りつけたり絵を描く。レイアウトが完成したら文字や絵の残したい部分を切り抜く(直に発酵した生地に直接文字を貼り付けて粉をかけるやり方もあります)生地に乗せてくり抜いた所に粉を振りかける。そのあと落ちる粉に気をつけてそーっと剥がす。それを焼くと焼成後は文字がくっきり出るのです。お願いしたら近所のパン屋さんでもやって貰えるかも。
「俺も大地が一歳になったら凄いのを作るぞ!」
「はい」
拳を高く上げ決意表明をした修造に、みなどうぞどうぞのジェスチャーをした。
ーーーー
日曜日の昼
若い夫婦が小さい男の子を抱っこして
パンロンドにやって来た。
「一升パンを受け取りに来ました」
親方が窯の前から「可愛いなあ」と男の子を見て言った。
修造も奥から見ていてニコニコしている。
他のものは子育てに縁のない生活をしてるが、最近の修造を見て良いもんなだなあと思っている。
「あのイカつい修造さんがあんなに笑顔で」
と杉本が言った。
「誰よりも早く帰って赤ちゃんとお風呂に入るのがなによりも楽しいんだって」
「へぇ〜」
ーーーー
さて、その湯船では
修造は大きな手に大地の頭を乗せて親指と小指で耳に水が入らない様に耳たぶのところをそっと抑えて、小さなガーゼで優しく大地の顔を拭きながら「もうちょっと大きくなったらお父さんと空手に行こうな」とか話しかけていた。
「俺がお前を守るからな」
成長する迄危険のない様に、でも色んな体験をさせてやりたいなあ。
「なあ」と気持ちよさそうに身体を湯船に浮かべている大地に言った。
まだまだ睡眠のサイクルが短い大地を抱っこして寝かしつけ、そーっとベビーベッドの布団に運ぶ。
週2回休みがあるし、パン屋は朝は早いがその分帰りも早い。
なるべく緑や大地と過ごすことにした。
こんな風に静かな時に、修造は度々世界大会のパンの構想を練っていた。
生地の旨味を追求するのはもちろんの事、その他にも考えて実際に作ってみる為のレシピを作ったり、ステンシルの柄を考えたりしなくちゃな。
そんな風に考え、宿題をやってる緑の横で一緒になって紙に書いたりした。
パンデコレ(飾りパン)のデザインを考えて律子に超小声で「これどう?」と見せた。
「こないだ京都に行ってきて勉強になったんでしょう?」
「そうなんだ、行って良かったよ」
とか話してるうちにパンデコレのデザインに緑が色鉛筆で色を塗り出した。
それを見ながら緑は抹茶、紫は紫芋やブルーベリー、※青はバタフライピー、赤はラズベリーとかパプリカ、黄色はカボチャやウコン、ベニバナなどと考えていた。
「和装の女性はどう?」
「着物の?」
「そう」
凄い小声で律子と話し合って色々デザインを描いてみた。
うん、だんだん形になってきたな。
「よし!みっちゃん、スーパーに行こうよ」
そろそろ夕方なので修造は晩御飯の材料を買いに行く事にした。
「うん」
緑と手を繋いでスーパーに続く坂を降りながら「お母さんはね、時々お父さんと緑と一緒にドイツに行けば良かったって言ってるのよ」
「えっほんと?」
しかし思い出してみれば、呼び寄せるどころか律子は段々メールの返信もしてくれなくなってたからなあ。
「お母さんも複雑だったんだろうな。。緑!今日お母さんの好きなおかずにしよう!」
修造はスーパーで山賊焼きの材料と生クリーム、無塩バターなどを買った。
つづく
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?