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パン職人の修造58 江川と修造シリーズ Mountain View
パン職人選抜選考会もいよいよ終盤
修造のパンデコレは編み込みの旋盤に花を施した紫が主体のもので
「和」と言うのにふさわしいものだった。
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審査員のシェフ達は一糸乱れぬ網目と美しく仕上げた繊細な花々を見て
「ホゥ」と言った。
一方その頃、隣の北麦パンの佐々木は
修造がパンデコレに取り掛かってから追いかける様に始めた。
パン王座選手権で佐々木と修造に負けて
北麦パンに戻ってから真剣にパン作りについて悩んだ。
そんな時知り合った「先生」に半年間教わった事を
思い浮かべながら次々と仕上げていった。
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北の海の荒波に揉まれて大波が来た瞬間
それを乗り越えようとするボート
その瞬間を切り取って表現した。
波のしぶきを立体的に作るのに苦労したが
迫力ある仕上げを心がけていた。
ただただ一生懸命に。
損得など考えず。
わき目もふらず。
その隣のブーランジェリー秋山の萱島大吾は
故郷の岡山県英田郡西粟倉村影石にある水力発電に思いを馳せ
水の勢いを表現していた。
双方錐(そうほうすい)の形で水のしぶきを作り
高くから水が落ちてくる感じを出した。
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一番左のブースのパン工房エクラの寺阪明穂は
女性らしい感性で雨の降る日、木の上で雨宿りする女の人を表現した。
ありきたりの様だがパンで細かく木の枝が作られており、なかなかの力作だ。
飾られた傘も可愛らしい。
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この様に皆個性的で似たものはなく、それ故審査は難しかった。
修造が最後の仕上げをして、江川と2人で片付けに入った。
勿論これも審査の対象だ。
散らかっていてはなんだがだらしない仕事しかしない様に思える。
さて、時間になり選考会はタイムアップになった。
重なる工程を全て終えて、江川は汗だくでクタクタに疲れた様だった。
鷲羽達は選考会の様子を逐一観察して
写真を撮ったりメモしたりと、とても勉強になった。
それを見ていない分不利になるが
実際に現場での工程を体験した江川は格段に実力が上がった。
「江川ありがとうな、感謝してるよ。疲れたろ?今日はゆっくり休めよ」
「大丈夫ですよ修造さん、今日の結果発表って3日目にならないと分からないんでしょ?待ち遠しいですね。僕達優勝かなあ」
「さあどうかな」
「修造さん、あまり気にならないんですか?」
「そりゃ気になるよ。顔に出さないだけだよ」
夜、疲れ切って早々と寝た江川の横で修造は身重の律子に電話していた「今日精一杯やったよ。こんな時にごめんね家を空けて。帰ったら埋め合わせするよ。うん、3日目の結果発表の後すぐ帰るからね」
そしてその後、窓際に立ち、江川の寝顔を見ながら「今後の事」についてしばらく考えていた。
「いや、今は世界大会が先か」そう言うが早いか修造も自分のベッドに入り寝息を立て出した。
次の日
大会の中日、修造は色んな企業のブースを訪れた。
「性能の良い安い機械なんてないかなあ」
多くの機械がその職種専用のもので、パン屋の工場の中はその専用の機械が多い。
規模の大小は違えどミキサー、パイローラー、オーブン、ホイロ、ドウコンは必須。余裕があればモルダーやデバイダーも使いたい。
それらが何十万から何百万とする。
修造は金の話は嫌いだが、こんな時は綿密に計画を立てないといけない。
丁寧に見ていった。
「あ、田所シェフ、昨日はお疲れ様でした。優勝間違いなしですね」
歩いていると基嶋機械の営業が声をかけてきた。本気で優勝すると思ってるかどうかは別として、もし優勝したら営業に精出す気満々だ。しかしこんな何気ない出会いでも長い付き合いになるかも知れない。
「私基嶋の後藤孝志と申します」
「あ、どうも」
後藤は修造の背中を押すようにしてブースの中に入れ、最新鋭のオーブンを見せた。
なんでも高い蓄熱性を持つ分厚い石板で、蒸気が高温できめ細かいとかで、温度の上げ下げも早く、細かく設定できるとかで。。
「へぇー」っと言いながらピッカピカのオーブンをあちこち見ている修造を観察しながら後藤は『まあ、今は若いし金は無いだろうから開店の時に中古を紹介しておいてその後、修理、新品購入に持っていけばいいや。何せ将来有望だもんな』とそろばんを弾いていた。
「あらゆる事に対応して、いつでも相談に乗りますからこの名刺の番号にご連絡下さいね」
「どうも」
次に歩いていると今度はドゥコンの機械屋さんの営業マンと目があった。
「あ!こんにちはシェフ!」とすぐさま修造を中に引き入れた。
「今日は何をお探しですか?」
「はい、色んな機械を見ておきたいので」
ドゥとは生地の事でそれをコンディショニングすると言う意味でドゥコンデショナーという。
「タッチパネルで細かく温度や時間の予約ができて上段と下段を別々に管理できるんですよ」
また「へぇー」と言いながら最新のドウコンの中を隅々まで見た。
やはり新品は良い。
そして次にミキサーを見に行った。
色んな機械屋があり迷う。
「とりあえず全部見ていくか」
回ってるうちに営業マンから貰った名刺はトランプの様になってきて
どれが誰だったか分からない。
カバンはカタログでパンパンだ。
歩いているとパンやケーキの本が売られている所に出くわす。
本屋さんも来てるのか。
なんだか興味のありそうな本ばかりで目移りしていると
その中に、以前パンロンドに送り主不明で届いたバゲットの本と同じものがあった。
結局誰があの本を送ってきたのかは分からないけど勉強になったな。
その本にはメモが挟んでありこう書かれていた。
『必ず一番良いポイントがやってくる。その時をじっと待つ事だ』
あの時のメモ、俺はずっと心掛けてパン作りをしている。
誰が送ってくれたんだろう。
「お、修造」
「あ、鳥井シェフどうも」
鳥井はパンパンに膨らんだ鞄の中を覗いて「随分回ったな」と笑った。
「はい」
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「まだ回ってないところはあるの?」
「そうですね、食材関係はこれからです」
「そうか、俺が知り合いを紹介してやるよ」
「去年もこうして一緒に来ましたね」
「そうだな、ああいう細かい事で運命ってものは決まっていくのかも知れん」
何軒か回った後、鳥井は興善フーズのブースに入っていった。
あれ、あいついないのか
鳥井は誰かを探してる様だった。
「修造、ここは大手の小麦粉の卸なんかをやってるんだ。営業の人を紹介するよ」
「ありがとうございます」
「国産のライ麦について知りたいんですが」
「はい、有機栽培の道産のライ麦粉を扱っています。全粒粉、粗挽き、中挽き、細挽きとあります」
「これ使ってみたいんですが試供品はありますか?」
修造のカバンはもっとパンパンになった。
つづく
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