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パン職人の修造 146 江川と修造シリーズflowers in my heart



リーベンアンドブロートのテラスの花々は風に揺れて見ているだけで癒される。


「ここでゆっくりしててね」

修造が用事を済ませる為に工房に行ってる間に3人は選んだパンをテラス席に座り食べていた。

「美味しいねお父さんのお店のパン」

「本当にいい店ね、お客様もいい表情だわ」

確かに、テラスのテーブルに座っている人々は癒しの空間で寛いでいる様に見える。

「あ、大地」

大地はぴょんと席から飛び降りて他のテーブルに1人で座っているお客の所に行って抱きついた。

その帽子を深々と被った女性客は「可愛いわ」と言って大地を抱き上げ顔を見つめてから抱きしめたが、それがとても長い様に見えて律子は「すみませんうちの子が」と言って大地を自分の所に引き寄せて席に連れ戻した。

「何かしらあの人、1人で店の方を向いて中を覗いてる様だった。ひょっとして他の店の偵察かしら、それに泣いてる様にも見えた」と思ったが、大地が他の席に走って行ったのでもうその事はすぐに忘れてしまった。

修造がテラスに戻って来た時はもう帽子の女性客は消えていた。
修造は店から外に出る時、店長の岡田がテーブル様に育てたマーガレットを小さな花瓶に振り分けていたので一凛貰って来て座っていた律子に渡した。

白い花びらに黄色い筒状花が可愛らしい、飾らない雰囲気が律子に似ている。
「ありがとう修造」

緑と大地がてんとう虫を見つけて他にもいるか探している。
爽やかな風が吹き「癒されるわね」と律子が言った。

それは修造の目指しているものだった、それを同じ空間で分かってくれる律子がとても愛おしい。
2人はテラスの椅子に座って机の下で手を繋いだ。



「ああやって自分の理想に自分を近づける人間は耐えず努力している」店内から2人の様子を見ていた店長の岡田克美は凄く冷静な目で横にいるカフエ部の中谷麻友に言った。

「その時は努力とは思ってない、もがいてる最中だから」

「修造さんってもがいてるんですか?」中谷は首を傾げて言った。

「それは後で分かることであって、動いているうちは努力してるとは思っていない訳だし」

「きっと家庭の事も一生懸命なんでしょうね」

「それが当たり前になってるものだけが成功するのかも知れない。仕事にせよ家庭にせよ趣味にせよ」

「周りもそれに引っ張られて動き出してますよね。私達回転率良いですもの」

「回転率?」

「はい、ここに来てから修造さんや江川さんを見て効率よく仕事したりするクセがついたと言うか。勿論岡田さんもですよ」

「私も?」

「そうです、仕事のできる人なので」

「回転率ではなくて実行力ですよね」

岡田はその場から離れ布巾を持って来た。

側から見たら全く分からないが岡田は照れながらテーブルを拭いた。


ーーーー


一方その頃パンロンドでは

親方がみんなを集めて由梨と藤岡を真ん中に立たせた。

「2人は結婚して藤岡の実家の家業を継ぐ事になった」

「えーっつ」皆驚いたが丸子と風花は由梨から聞いて知ってる風だった。

「おめでとう」

「よかったね由梨ちゃん」

「皆さん勝手してすみません」

「2人とも新たな生活を送るんだな」

「頑張ってね」

などと皆言っている中心底驚いている奴がいた。


杉本は目を見開いて「藤岡さんが居なくなるの」と言う言葉が頭の中でグルグル回っていた。

杉本の表情を見て藤岡は「ごめんな、お前のお陰で色々助かったし、これでもう前に進むしかなくなった。親方が求人を出すって言ってるから人員補充できたら俺が教えてから行くから」

なんだか自分のせいで藤岡が居なくなる様な気持ちになる。


夕方

杉本は風花を送って行く途中で慰められていた。

「藤岡さんが辞めるの言わなくて悪かったわよ。私は由梨ちゃんに聞いてたしぃ、龍樹は藤岡さんに聞いてると思ってたのよぅ」

杉本は半泣きで「びっくりした」とまだショックを受けている。

「求人も出してるんだし、まだ期間もあるんだし、ね」

「うぅ、修造さんが居なくなったのに藤岡さんまで」

「まあまあ、すぐ慣れるって」



ーーーー


帰ってから杉本はベッドに横になって考えた。

俺はどうしたらいいんだ。


修造の舎弟で藤岡の付属品

皆にそう思わせる程依頼心が強い

自分でも分かってる

後輩が入って来て「先輩これどうやったらいいんですかぁ」

そう言われてどうやって逃げたらいいんだ。

杉本は天井を見つめていた。

「とりあえず親方に聞けよって言うか」


ーーーー


杉本龍樹はそれ以降明らかに何か思い詰めた様に見えるので母親の恵美子は父親の茂に相談した。

「お父さん、ちょっと見て」と言って2人でそっと部屋を覗くと、電気の消えた部屋でスマホの画面をずっと見ている。

その後2人はこっそり1階に降りて相談した。

「ね、最近ずっとああなのよ」

「なんだろうな、風花ちゃんに振られたとか?」

「えぇ?とうとう見捨てられたのかしら」恵美子はオロオロした。

「よし俺が聞いてみるぞ」

茂は部屋に入ってスイッチを探して電気を点ける。

「なんだよ急に、眩しいな」ベッドで横になってスマホを見ていた杉本は横を向いて目をしばしばさせた。

「おい、何をそんなに真剣に見てるんだ。どうかしたのか」

「別にどうもしねよ」

「なあ」

「は?」

「最近風花ちゃんはどうした?会ってないのか?」

「俺仕事終わったらすぐ帰ってるから、でもパンロンドで毎日会ってるし」

「そうか、2人の恋は順調なのか?」

「なんだよ恋って気持ち悪いな」茂から恋とか言う言葉が出たのでちょっと引く。

「俺用があるから出てってくれよ」

用ってスマホ見てるだけのクセに、そう思いながら茂は部屋から出た。

両親の心配を他所にその後も杉本はずっと画面を見ていた。



つづく



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