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クローディアー真理:5万人ライブ開催も!「コロナ優等生国」の現在 ニュージーランドはコロナ前とどう変わった?

「もうコロナ以前の生活には戻れない」。昨年報道で繰り返されたこの言葉に、ニュージーランドの人々は不安を募らせた。他国同様、新型コロナウイルスに生活を大きく左右されたニュージーランドだが、現在は4つある警戒レベルのうち、最も低い「警戒レベル1」で落ち着いている。

手洗いなどの基本的な行動のほか、国境封鎖、公共交通機関でのマスク着用の義務、自分がどこに行ったかを記録するための追跡アプリ「NZコーヴィッド・トレーサー・アプリ」利用の奨励されているが、人々の暮らしは徐々に「コロナ前」の落ち着きを取り戻している。

今年の学校教育は、コロナの影響を考慮

朝夕、子どもたちの登下校時間になると、住宅地では車の通りも多くなり、にぎやかになる。昨年、ロックダウンにあたる警戒レベル4で、学校閉鎖となった3月下旬からの約4週間半にわたる静けさは、今のところ過去のものとなっている。

子どもたちはマスクの着用やソーシャルディスタンスを気にすることなく、友達同士手をつないだり、遊んだりしながら登校する。校内でも同様だ。誰の目にも明らかなのは、手洗いや消毒などの衛生管理が厳しくなっていること。ほかは特にコロナ前と変わりないようだ。

しかし、コロナの影響は子どもたちの登校率や学力に出てきている。今年の学校教育はその影響を十分考慮し、子どもの健康を第一に進められている。コロナ自体の恐ろしさや、学習時間減少で勉強についていけないなどのストレスが子どもたちの心をむしばんでいる。

一方、ロックダウン中に自宅勤務を課せられたのが、大人たちだ。統計局によれば、従業員の40%以上がロックダウン時に自宅勤務を経験しているという。オタゴ大学の調査では、73%が自宅勤務でも、オフィスにいる時同等の生産性を発揮することができたと答えている。今後も一部の勤務時間を引き続き自宅勤務にしたいと考えていた人は89%にも上ったそうだ。

しかし、期待に反し、自宅勤務をする従業員がオフィスに戻った時期は比較的早かった。83%の人々がレベルが1に下がった昨年6月上旬には職場復帰していた。

レベル4のロックダウン時には通勤の車はほとんど見られなくなり、大気汚染も劇的に改善した。しかし、今は再び朝夕のラッシュが人々の頭痛の種となり、大気汚染も戻ってきている。

従業員が出勤するのを歓迎しているのは、オフィス街にあるカフェやレストラン。コーヒーを買ったり、ランチを食べに来たりする、周辺企業の従業員なしではビジネスは成り立たないからだ。

ショッピングに出るにしても、カフェやレストランなどで飲食するにしても、現在はコロナ以前とほぼ変わりなく楽しむことができる。商品などを購入した際の支払いも通常通り、デビットカード、クレジットカード、現金のどれを使ってもいい。

違うことといえば、どの店舗でも、店のウインドーや、一歩店内に入ったところにQRコードが貼られ、除菌用ジェル入りボトルと、名前と連絡先を書く紙とペンが置かれていることだ。

QRコードは政府が昨年5月から導入しているNZコーヴィッド・トレーサー・アプリをインストールしたスマートフォンでスキャンする。店舗などには個々のQRコードが支給されている。人々は出向いた先でスキャンし、自分がいつどこにいたかを記録しておく。感染源・経路を迅速に明確にするためや、感染者の近くにいたことがわかった場合には個人向けに警告を送るためなどに用いられる。

トレーサー・アプリを利用するかどうかは各人に任されており、義務にはなっていない。そのせいか、利用者が初期と比較して激減している。

今もスーパーに残るロックダウン時のツール

食料品や日用雑貨を扱うスーパーマーケットも、今では平常営業だ。多くの人が1週間分の買い物をまとめてするため、大きなショッピングカートを押しながら店内を回り、必要なものをそこに入れ、最後にレジに行き、支払う。買い物のスタイルも変わりない。

しかし、ところどころで商品棚に空きが見られるようになった。コロナ以前にはなかったことだ。海外から入ってくる商品の場合は特にその傾向がある。現在でも物流に問題があるためだ。ほかに棚に商品を陳列する、スーパーの従業員不足も影響している。

今でも残る、客とレジ係との間に設けられた透明プラスチック製の壁は昨年のロックダウン時に設けられたものだ。話した際に飛沫が飛ぶのを防ぐためのもので、撤去できるのはまだ先になるだろう。

昨年、警戒レベル4のロックダウン時に訪れたスーパーは特異な雰囲気だった。コロナ対策に真剣に取り組んだ結果だった。ソーシャルディスタンスの必要性から、店内に入れる客数を限ったため、店の外に並ぶ客も出た。外に並ぶ際も前の人との間を2メートル空ける。中から客が出てくると、その人と入れ替わりに外に並んでいた人が入店する。それを従業員が監督していた。

いざ買い物をする際も、ほかの客との間を常に2メートル空けるよう気をつけなくてはならない。セルフの量り売りのコーナーは、商品を手で触り、感染を拡大するおそれがあるため、すべて包装済みのものに替えられた。生鮮食料品売り場には「一度手に取ったものはお買い上げください」という張り紙が張られていた。お惣菜売り場には、キャビネットに1メートル以内に近づいてはいけないという注意書きがあった。

レジに並ぶ際も前の人との間を2メートル空けておかなくてはならない。客が店内にいる時間を最低限に抑えるために、すべてのレジカウンターが開けられ、客は順番を待たずに済むようになっていた。支払いはカードのみで、現金は受け付けていない。

大病院では手術の遅れも

医療現場はどうか。各家庭にかかりつけ医がおり、症状はどうであれ、まずはそこで診察を受けるのが、ニュージーランド流の医療だ。今は、担当医に予約を取って病院を訪れ、診察を受ける、通常のパターンに戻っている。ここでも消毒用ジェルが受け付け近くに置かれている。受け付けを済ませると、担当医が呼ぶまで待合室で順番を待つ。

ロックダウン時の病院には、「簡単には来てくれるな」という姿勢を感じていた。たいていの診察はオンラインに切り替えられた。医者に会わなくてはいけない場合は、順番が回ってくるのを待合室でなく、駐車場に止めた自分の車の中で待たなくてはならなかった。

大病院などでは、昨年のロックダウンの影響をいまだに引きずっており、手術の予定が遅れていると聞く。歯科医が行う口の中の治療では、唾液による感染が危惧され、スケジュール通りには治療が進まないのだという。

コンサートや演劇といったライブパフォーマンスも、観客に人数制限がないレベル1になった昨年9月中旬以降、徐々に公演が再開されてきた。今年に入って4月下旬には、国内人気アーティストのコンサートが、最大都市オークランドの野外競技場で行われ、観客5万人を動員した。これはコロナが蔓延して以来、最大規模のライブといわれている。

それでも警戒レベルが1から1段階上がって2になるだけでも、許される観客数が無制限から100人以下になってしまう。公演の規模によっては即キャンセルを余儀なくされたり、イベントの催行日にたまたまタイミング悪く、レベルが上がってしまうケースもあった。

4月19日からオーストラリアとの間の「トランスタスマン・バブル」が始まり、両国間の人の行き来が隔離なしに行えるようになった。とはいうものの、これは例外で、ニュージーランドはすでに1年1カ月以上、国境封鎖を続けている。

海外に出られないせいもあって、今ニュージーランドでは、国内旅行がちょっとしたブームだ。長距離バスやフライトの本数は減少し、これら交通機関を利用する際にはマスクの着用が義務付けられ、面倒だ。それでも、人々は国境封鎖をいい機会と捉え、今まで気づかなかった自国のよさを発見する旅に出ている。

通常であれば、海外旅行者向けにニュージーランドを売り込む、ニュージーランド政府観光局も、「ドゥ・サムシング・ニュー・ニュージーランド(在住の皆さん、何か新しいことをしましょうよ)」というプロモーションを在住者向けに行っている。国内の観光業の復興が狙いだ。

人手不足で農家が「悲鳴」

コロナ以前は、観光業はニュージーランド最大の輸出産業だった。409億NZドル(約3兆円)の利益をもたらし、労働人口の8.4%(約23万人)を直接雇用していた。ツーリズム・ニュージーランドは、観光業はこの国の復興に欠かせないものだという。海外旅行者が来ない場合は、年間129億NZドル(約1兆円)の大きなギャップができることを明らかにしている。

こうした中、国境封鎖による「人手不足」に喘ぐのが、農家である。昨年12月から今年2月の夏の時期に、収穫期を迎えた農作物や果物を収穫する人材が国内で見つからず、農家は悲鳴を上げた。中には、最終的に作物を廃棄しなくてはならなくなったケースもある。手塩にかけて育てた作物が食卓にのぼらないと知り、心を痛め、農家をやめてしまった農業経営者もいた。

簡単に見える、野菜や果物の収穫だが、実は経験豊富な労働者でなければ、効率よく作業を進めることはできないそうだ。そのため、「リコグナイズド・シーズナル・ワーカー」と呼ばれるプログラムを通し、太平洋地区のサモア、バヌアツ、ソロモン諸島などからの季節労働者が作業を行うのが通例だった。農業のほかにも国境封鎖が原因で人材が不足している産業には、建設業界やIT業界が挙げられる。

政府は国境封鎖を維持しながらも、昨年末から人材不足の産業を支援するために、該当の能力のある人材には便宜を図り、徐々に入国を許可し始めた。

ありがたいことに、「もうコロナ以前の生活には戻れない」という言葉は、今のところニュージーランドにはあまり当てはまらない。しかし、それは国境を閉ざしたままという、”人工的”な状況下でのこと。今後国境を開いてからも、「コロナ以前の生活」を維持することができるだろうか。

東洋経済ONLINE 2021年4月29日掲載
https://toyokeizai.net/articles/-/425419

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