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南田登喜子:200カ国以上からの新オーストラリア人忠誠を誓って、同じ土俵に立つ


晴れてオーストラリア生まれの国民と同じ土俵に立つことができた新オーストラリア人の喜びは大きい ©DIAC images


出身国は、なんと200カ国以上
570万人以上の外国人がオーストラリア人

最初の植民船団「ファースト・フリート」の上陸記念日1月26日は、国民の祝日オーストラリア・デー。先住民にとっては、侵略の始まった日でもある。例年、自らの意思でオーストラリア国民になる人がどっと増えるこの日、人々は「オーストラリア人とは?」に思いを巡らせる。

新型コロナがまだ「対岸の火事」だった2020年のオーストラリア・デーには、全国各地で行われた市民権授与式に、合計2万5000人余りの移民が出席して、忠誠の宣誓を行った。宣誓は、書類審査や面接、市民権テストをクリアした移民が、正式にオーストラリア人になるための最後のステップ。オーストラリアの人口は約2,600万人だから、この日、ざっと1000人に1人の割合で国民が増えた計算になる。年間を通じて各地で開催される市民権授与式の中でも、オーストラリア・デーは特に注目度が高い。

市民権制度が導入されたのは、1949年のオーストラリア・デー。それまでは、オーストラリア生まれでも、英国出身者やその子孫の法的身分は、「英国臣民」だった。オーストラリア国民として認識されるまでに、建国から半世紀近くかかったわけだ。以来、570万人以上の外国人に市民権が付与された。

最初の年に、市民権を得たのは、35カ国からの2493人。上位5カ国は、イタリア、ポーランド、ギリシャ、ドイツ、旧ユーゴスラビアで、白豪主義の影響が色濃く表れている。

新型コロナの影響を受けた昨年度(2021/22年度)は、前年度比で18%減ったものの、16万7232人が、市民権を取得した。出身国は、なんと200カ国以上。上位10カ国は、インド、英国、フィリピン、ニュージーランド、パキスタン、ベトナム、中国、イラク、南アフリカ、アフガニスタンだった。

70年余の間にこれほど多様化することを、いったい誰が想像しただろう?喧々諤々の議論を積み重ね、30回以上の法改正を経て、永住権保持者は、居住歴等の定められた要件を満たしさえすれば、人種や民族、母語等に関わりなく、オーストラリア人になれるようになった。定住を前提に、国にとって必要な、あるいは望ましい外国人を戦略的に受け入れる移民政策は、この国の成長の原動力だ。

少し古いデータになるが、経済協力開発機構(OECD)のセミナー用として移民・市民権省(当時)が2010年に公表した資料によると、2006年時点における移民の市民権取得率は68%で、OECD加盟国平均を20%上回っていた。取得率が高いのは、全般的に居住歴の長い国の出身者や難民および人道ビザ保有者だ。ギリシャやクロアチア、旧ユーゴスラビア、ベトナム等は、9割を超え、フィリピンやイタリア等も、8割超。中国は58%、インドは55%だったが、学生・ビジネスビザ保持者や居住歴の短い永住者等、市民権申請資格のない移民を除いた場合の取得率は、どちらも94%に上った。申請資格のある移民だけに限れば、全体の取得率は、約8割だ。

外国国籍を取得した時は日本の国籍を失う
一方的に繋がりを断つのは国の側

目立って取得率が低かったのは、日本の15%。多くの日本人が二の足を踏む理由は、日本の国籍法に、「日本国民は、自己の志望によって外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う」とあるからだ。

ノーベル賞を受賞した故南部陽一郎氏、中村修二氏、カズオ・イシグロ氏、眞鍋淑郎氏は、いずれも外国籍取得と引き換えに、日本国籍を“奪われた”「元日本人」だ。「感情は日本。実用的な理由から、英国籍を選んだ」イシグロ氏のように、居住地の国民と比べて不利、不安定な状況を打開すべく、あるいは必要に迫られて、その国の国籍を選ぶ在外日本人は、少なからずいる。本拠地がどこであれ、ルーツやアイデンテイ、祖国との関係をゼロにリセットすることはできない。二者択一を迫り、一方的に繋がりを断つのは、国の側だ。

移民1世と2世が人口の半数を占めるオーストラリア社会は、「複数の国への忠誠」に寛容だ。そもそも、外国人の市民権取得時には、出身国の国籍の扱いに関与できない、という立場を取っている。自国民に関しては、2002年まで、「婚姻以外の事由によって自発的に外国の市民権を取得した場合、オーストラリアの市民権を喪失する」という規定があった。その是非については、1970年代から議論が重ねられ、1990年代には時代遅れと指摘された。

最終的には、オーストラリア市民権協議会が2000年に公表した報告書「新世紀のためのオーストラリア市民権」で、「削除を強く提言」としたことを受けて、法改正に至り、オーストラリア人が自らの意思で外国籍を得た場合も、自国籍を保持できるようになった。その際、権利と尊厳の保障という側面と共に、「在外オーストラリア人が自国籍を喪失することは、滞在国におけるオーストラリアの存在拡大に、不必要な障害となっている」とも言及された。

オランダのマーストリヒト大学の調査によると、1960年時点で自国民が外国籍を取得した際に重国籍を認める国は世界の38%だった。それが、2020年には76%まで増えた。オセアニア地域は93%、アジア地域は65%と地域差は大きいものの、少子高齢化や人材獲得競争の激化等を背景に、世界的には重国籍容認の潮流にある。重国籍を認めないことは、海外にいる自国民の活躍を阻む可能性があり、国にとっても大きな損失になりかねない。忠誠や外交上の保護権の衝突、身分関係の混乱には、制度面で対処する方向性だ。

フィリピンは、2003年から、忠誠の宣誓を行うことにより自国籍を失うことなく、外国籍を取得できるようになった。インドは、2005年から、国籍保持者とほぼ同様の権利(選挙権等を除く)を有する「海外インド市民権」という法的地位を設けた。韓国では、外国籍を国内で行使しないと誓約すること等を条件に、部分的に重国籍を認める改正国籍法を2011年に施行した。在外自国民との絆を保つことは、国益に利するという捉え方は、アジアにも浸透しつつある。

2021年のオーストラリアの国勢調査では、日本生まれの人の中で、「市民権を持っている」と答えた人は21.5%。5年前の2016年は、17.8%だった。日本社会の関心は低いまま、人材の海外流出は、ひっそりと、だが確実に進んでいる。

ニューリーダー 2023年2月号掲載
<世界総覧>~世界はどう動いているのか~
「オーストラリアが教えてくれること」)


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