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安野光雅が描いたヨーロッパの風景

画家の安野光雅が亡くなったというニュースを聞きました。

島根県津和野出身で1968年に「ふしぎなえ」でデビューした画家です。94歳とご高齢だったのですが、去年まで仕事を続けていたそうです。

若かった昔、安野光雅の代表作ともいえる『旅の絵本』(1977年出版)という言葉のない本を手に取りました。

ヨーロッパの村や町を旅していく旅人の目から見たさまざまな風景が独特のやさしいタッチで描かれている本です。

特定の街や村を舞台にした本というよりは、ヨーロッパのあちこちの風景をモチーフにしたもののようです。

1枚1枚緻密に描かれた絵をじっくり見ると、あちこちに普通の人々の暮らしの様子、おとぎ話や小説のシーン、歴史上の人物や有名な絵画のモチーフがちりばめられていて、見るたびに新たな発見があります。

この本に描かれた村や町の風景が、のちに私がヨーロッパ旅行をしたりイギリスに来ることになったりするきっかけを与えてくれたということもあり、私にとっては特別な本です。

『旅の絵本』を作るため、安野光雅はヨーロッパ諸国をレンタカーで旅してスケッチしたそうです。まだ外国旅行が珍しかった時代で、いろいろな苦労もあったことと思います。

あとがきにはこうあります。

私は、見聞を広めるためではなく、迷うために旅に出たのでした。そして、私は、この絵本のような、一つの世界を見つけました。
それは、公害や、自然破壊など、誤った文明に侵されることなく、どこまでも緑のつづく、つつましくも美しい世界だったのです。

この絵本に描かれたヨーロッパはいつの時代と特定はできませんが、現代のシーンではなく、高いビルや自動車が走る広い道路は描かれていません。

けれども、彼が旅したころ、ヨーロッパにはこの本に出てくるような風景があちこちにあったのは確かであり、今でもそれが存在します。

私がのちにヨーロッパに旅行した時も『旅の絵本』そのままの風景があちこちに繰り広げられているのを見て、感心しました。

もちろん、近代的なビルや工場、高速道路もあるのですが、一歩古い村や町に入ると『旅の絵本』で描かれている風景がほとんどそのまま残っているのです。

自動車が通っていたり、店の看板が近代的になっていたりはするのですが。

そして、それを囲む緑あふれる田園地帯や森や林もそのままです。

ヨーロッパにはそういう風景、景観を大切に思い、近代化の波にあらがいながら、それを守ってきた人たちがいるからこそなのでしょう。

そして、そのための枠組みを与えた都市計画の制度があるからということも、あとになってわかってきました。


近代化と経済成長のためには、古いものを壊し次々に新しい建物を建て、スクラップアンドビルドを通して技術革新を重ねていくことが必要な場合もあります。

けれども、ヨーロッパでは人々が暮らす村や町のなじみ深い景観をできるだけ残して守ることを重視します。修理や改善を重ねて、今の生活に快適なように直しながら。

安野光雅はそのようなヨーロッパの人々のつつましくも落ち着いた、昔ながらの暮らし方をもこの絵本で表現したかったのだと思います。

風景だけでなく、市場での買い物や子供の遊び、職人や大工の仕事ぶり、お祭りや結婚式など、そにに暮らす人々の日常が丁寧に描かれていることからそれが感じられます。


彼には故郷である津和野の風景を描いた本もあります。

津和野は島根県の山あいにある小さな村で、近代化に取り残されたがゆえに残るといってもいい、のどかな景観があるところです。

安野光雅にとっては、津和野こそがなつかしい日本の風景を代表するところなのでしょう。彼の美術館もここにあり、昔の学校の教室が復元されています。

安野光雅が津和野以外にあまり日本の風景を描かないのは、心を動かされる景観があまりないからなのかと思っていました。緑豊かな自然に囲まれた昔の景観を大切にするヨーロッパの旅のあとでは。

けれども『旅の絵本』シリーズに日本版が出ていたことを今回初めて知りました。

とはいえ、2013年に出版された日本版は「電気がない時代のなつかしい日本の風景」を描いたとのことです。1926年生まれの彼の子供時代の思い出がつまった本なのかもしれません。

現代の日本の風景を描こうとは思えなかったのでしょうか。


私たちは昔には戻れませんし、電気のある快適で便利な生活を手放すことはできません。

でも、だからといって何でも古いものはどんどん壊して新しくしていくべきなのでしょうか。

特に毎日目にする、みんなが共有する財産である自然や景観をできるだけ守ることは、そこに住むすべての人々の心に落ち着きを与えるのではないかと思います。

そんな古臭い風景をぶち壊したい若者が「イマドキ」のファッションで歩くのをアクセントにして。

ファッションや音楽の流行はくるくる変わるし、技術革新で毎日の生活が便利になるのはそれでいいけれど、ずっと続いていくもの、引き継がれていくものも大切にしたい、特に皆が共有する場所では。


自分たちで新しく作っていくとか変えるという姿勢はダイナミックで創造的かもしれません。でも、しょせん私たちの命には限りがあります。

この世にあるものを自分が生きている間だけ、借りて使わせてもらっているという考え方をするとどうでしょうか。

借りているのだから大切に使って、自分の代が終わって返すときにはそのまま、もしできたらちょっといい状態にして返すことができたら上等ではないですか。

『旅の絵本』にあるような、何百年も続くヨーロッパの風景のかたすみで暮らしていると、自然とこういう考え方になるんです。

そしてこれは、地球環境に対する姿勢にもつながってくるなと、海を眺めながらの散歩でちっぽけな自分の足元を見つめながら思いました。

『旅の絵本』安野光雅(1977)福音館書店
『旅の絵本8:日本』安野光雅(2013)福音館書店

いつも読んでもらってありがとうございます。