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私の家の話(新居引き渡しとか親とか初の共同作業とか)

7月25日(日)

前日に夕飯をケーキと紅茶にするという貴族の遊びをしてしまったため、今朝は空腹で目覚めた。冷凍しておいた豚肉とえのきをルクエで蒸しておろし醤油で食べるという、たいそう庶民的な食事で一日を始める。

満腹になって日記を書きながら二度寝。昼前に慌てて起きて、恵比寿に向かう。
駅でメイコと待ち合わせをして、スカイウォークをすたすた歩きウェスティンホテルへ。今日は涼しいホテルラウンジで優雅にパフェを楽しむ集い・その名も「パフェ会」なのだ(何のひねりもない名称)。しゃんぶるぶらんしゅの編集会議じゃないのかって? いやいや、先人も「先ずパフェより始めよ」って言ってることだし。

ウェスティンホテル、私は初来訪だったのだけど、内装がクラシックですてきだった。眠れる森の美女ごっこができそうな豪奢な階段にテンションが上がる。三種類のパフェのうち、メイコはベリーを、私はパッションフルーツのものを選んだ。

上に乗った葉っぱ的なサムシングが、きっと飴細工か何かで食べられるだろうと思ってかじったら、ガチの葉っぱで泣きそうになった。メイコのパフェのてっぺんに刺さっていた飾りはホワイトチョコと飴細工だったそうで、メイコがぱりぱりかじっているのを私はうらめしげに横目で眺めていた。
一月ほど会っていなかったので近況報告などをする。メイコは「パフェは飲み物。」という名言を残した。

パフェを楽しんだ後、近所のカフェに場所を移して、結局ふつうにランチを食べる私たち。順番がおかしい。先にランチしてその後デザートにすればいいのに。去年の夏もホテルでかき氷を食べた後に近くのカフェでランチコースを頼んだ気がする。何も学習していない。
まあいい。私はキッシュを愛しているので、キッシュがのったサラダプレートにした。葉っぱが山盛りでほぼ森だった。今度は食べられる葉っぱだったのでよかった。

秋の文フリ東京に向けて、しゃんぶるの新刊をどうするかの話をおそるおそる持ちかける。メイコがあまり気乗りしないような物言いをするので「じゃあ次の文フリは新刊お休みする?」と聞いてみたら、途端に早口で書きたい小説の構想を話し始めるメイコ。結局新刊を出すことになり、コンセプトというか方向性も決定した。今日は編集会議じゃないとか言っていたのに、根がまじめな私たちである。

私が誰に強制されたわけでもなく自分の意志でやっていることについて愚痴ったら、メイコが優しく受け止めてくれてありがたかった。私はそういうとき、すぐに「嫌ならやめちゃってもいいんじゃない」とか言ったり顔に出したりしちゃう。反省したい。

西陽が力強い時間帯にカフェを出て、またスカイウォークをさっさと歩いて恵比寿駅で別れた。

一度帰宅して、適当な服と靴に着替えてからスーパーに買い物に行く。夜はまた日記を書いた。


7月26日(月)

この夏まだ一度もエアコンを使っておらず、就寝時も起床時もひたすら小型のタワーファンの風を浴びていたのだが、なんとそのタワーファンが壊れて電源が入らなくなってしまった。エアコンの掃除をするかタワーファンを買い直すかの二択。後者を選択。

山崎ナオコーラ『肉体のジェンダーを笑うな』を読了したところで出かける時間になる。母と新居の最寄り駅で待ち合わせた。今日はリノベの工事が完成した新居の引き渡し。設計を担当してくれたYさんがすでに部屋で待っていてくれた。

まず、Yさんから、うちのベランダにほかの部屋の洗濯用水があふれてきている旨の報告を受けて、その現場を見せられた。後で管理会社に対応を依頼するとのこと。これまで何度も部屋を見に来ていて一度もそんなことがなかったので驚いたけれど、築年数も経っているしそういうトラブルもあるだろうというかんじ。母はそれで不安になってしまったようで、洗面所など水回りについてYさんにあれこれ質問していた。
しかし、ベランダの件以外はまったく問題なく、リノベーションで工事した箇所はどれも予想以上にすてきに仕上がっていた。母はこの部屋に入るのが初めてなので私以上にテンションが高く、工事した箇所を見てはタイルやアクセントクロスにかわいい〜と声をあげていた。Yさんには「お母様とぐりこ様の反応がそっくりですね」と言われる。Yさんは、竣工祝いにと、洗面所のタイルの色に合わせたホットマンのタオルを贈ってくれて、その心遣いに泣きそうになる。

工事完了の契約書にサインをし、アンケートに答えている間に、Yさんがマンションの管理人を呼んできてくれた。状況がよくわかっていない管理人がベランダの排水溝を見て、「こういうのはよくある」「各自で気をつけてもらうしかない」と発言したので母がぶち切れた。さっきまで部屋の内装に私と一緒にきゃあきゃあ言ってたのに。

各自で気をつけるったってご覧の通りまだ住んでないんですよ。こんなひどい状態がよくあることっておかしいですよね。上の階かどこかのお宅で洗濯機が漏水してるならそれがどこか調べるべきじゃないんですか……。

言っていることはまあその通りなのだが、大声で責め立てたので、管理人は逃げるように別の部屋の様子を見に行ってしまった。すると母の怒りはYさんに向いた。

いろんな部屋でこういうトラブルがあるって管理人さん言ってましたけど、おたくの会社は事前に調査してなかったんですか。わかってて売ったんですか。この問題が解決しないのなら、さっきこの子がした契約書のサインもなかったことにしてもらわないと困ります。こんな状態だってわかってたら買わなかった……。

買ったのは母ではなく私だ。

昔はよく、母は私たち家族にこうしてキレていた。家を出てから、弟や私がその対象になることはなくなったけれど、最近も、父に対してや、自分が客として入った店で担当者に対してキレた話はよく聞かされていた。直接キレているところを目の当たりにするのは久々で、心が無になる。
私は、数ヶ月前に、区役所の窓口でキレ倒している女性を見かけたときのことをふと思い出した。窓口の派遣らしき女性職員がずっと対応していて、奥にいるスーツの男性たちは腕組みしているだけで近寄ってもこなかった。その女性は夫らしき人と一緒に来ていたのに、その人は待合席でぼうっと座り、キレる配偶者の方を見向きもしなかった。私はそのとき、状況を改善しようとしないスーツの男性たちや配偶者にとても腹を立てていたのだったけれど、自分がいざ当事者になってみると、心を無にして、嵐が過ぎ去るのを待つしかないという気持ちになるのもわかる気がした。
ただ、言うべきことは言わなければならない。これまでこの部屋に何度も来て、これまでにそういうトラブルはなかったこと。さっきの契約書は部分リノベの工事が完了したことの証明であって物件の売買とは関係ないこと。Yさんを責めてもしかたないこと。Yさんもキレた母に嫌な顔一つせず丁寧にこれまでの経緯を説明してくれた。

結局、その後管理会社の人が視察に来てくれて、洗濯機の漏水ではなく、排水溝の詰まりが原因だろうとのこと。しかし、台風の予報もあるので早めに対応した方がいいとのことで、明日専門の業者が来てくれることになった。近隣住人の過失による事故でなく、また部屋の買い主である私に費用負担の責がないことを確認できて、母も少し安心したようだった。怒ってごめんなさいとYさんに謝っていた。

ベランダの件はまあもちろんそれなりに心配だが、それ以上にとても疲れてかなしくなっていた。今日は、完成した部屋を母と一緒に確認して、いい部屋を見つけて自分好みにリノベーションもしてすてきな部屋になってよかったねと言い合って、お世話になったYさんにお礼を伝えて気持ちよく引き渡しが完了するはずだったのに。

物件を探し始めてから、母に心配かけないように、逐一進捗状況を説明してきた。けれど、買うのは私だから、内見やリノベ打ち合わせなどに同席してもらうことはしなかったし、これまで本当にいろんなマイナートラブルがあったけれど、それも全部自分で解決してきた。もう全部終わったから大丈夫、これで安心してもらえると思って最後の最後で母を連れてきたのに、なんでこんなことになってしまったんだろう。

Yさんと別れ、すっかり機嫌の直った母とお茶をしたけれど、もやもやは募るばかりだった。

職場に寄ってちょっとだけ仕事をして、T氏と東銀座で待ち合わせる。和食と日本酒の店で乾杯。一週間以上飲んでいなかったので酔いが早く回るように感じた。枝豆ととうもろこしのかき揚げやなすのグラタンがとてもおいしかった。あとは「酒一筋」という強気なネーミングの日本酒も。



10分だけ愚痴らせてほしい、と頼んで今日の顛末を話したのだが、結局そこから派生して2時間近く家族の話を聞かせてしまった。

私が大学院に行くと言ったときには酔った父に金がもったいないと反対された。結婚前の両家顔合わせでは酔った父が場を仕切り相手方の女性陣にセクハラ発言をして場をぶちこわした。夫と別居すると報告したら母が事情も聞かずに結婚はそんなものじゃないとひどい剣幕で説教してきた。そして今回、自分の金で中古マンションを購入したら引き渡しの日に母がキレた(←NEW)。結局、私が堅実な両親の思う正しい道と違う道を歩き続けていることが、腹の底では気に入らないんじゃないか、父だけじゃなく母も。この先一切援助も祝福もしてくれなくていいから、私の人生の節目に出てきて私の選択を否定したり誰かを傷つけるようなことをしないでほしい、などと話していたらちょっと泣けてきて、私は行きたくもないトイレに立った。

その後は某運動会の話。「柔道で金メダルとった二人はきょうだいなんだよ」「スケボー女子の金メダルは十三歳の子だったんだよ」とT氏に教えられて、私は「え、穴兄弟?」「なんで一二三の妹が四じゃないんだよ」とか、「スケボーしてる十三歳ってどんなヤンキーなの?」とか、そういうしょうもない発言ばかりしていた。しょうもないことを言って心のバランスをとろうとしていた。
店を出るときには私はかなり酔っていて、T氏にもたれかかるようにして家まで帰った。こういうときにもたれかからせてくれる人がいるのは本当にありがたい。

蒸し暑い部屋でアイスノンを股にはさんで泣きながら寝た。


7月27日(火)

明け方、屋根にたたきつける雨の音で目覚める。新居のベランダの排水溝のことを思い出して心配になる。いくら私がおおざっぱな性格で多少のトラブルには動じないとはいえ、万が一部屋まで浸水していたらさすがにそれは困る、ああどうしよう。

と思いながらも二度寝。
結局、朝九時頃小雨になったのを見計らって新居に向かうと、最寄り駅に着く頃にはぴかぴかに晴れていた。新居に到着してベランダを覗くと、昨日と同じように水がベランダの床に溜まってはいたが、部屋に浸水はしていなかったので一安心。昨日洗剤まみれの洗濯用水の中で死んでいたカナブンは、今日は泥まみれの雨水の中で死に続けていた。

浸水していなかったことに安心したら、おなかがぐるぐる動いて、新居で初めてのトイレ使用が大きいほうになってしまった。
業者が来るのは午後一時なので、それまで、持ってきたメジャーで家の中のあちこちを測り、今の家で使っている家具をどこに置くか、作り付けの棚をどんなふうに使うか考える。あとは持ってきた仕事をちょっとだけ進める。

昼ご飯は、近所のタイ料理屋に行ってランチセットのパッタイを食べた。パッタイ大好き。おいしかったので住み始めたら通うと思う。


パッタイを食べたらまたお腹が動いて、新居で二回目のトイレ(以下略)

業者の人は予定通り来てくれたのだが、作業は難航し、途中で道具を取りにもどったりしていた。結局2時間近くかけて詰まりの原因となっていた異物を取り除き、配水管の中を掃除してくれた。最後に、ちゃんと水が流れていくかどうかを確認するとのことで、私がキッチンで水をバケツに汲んで業者の人に渡す、というのを四、五回繰り返した。新居で初の異性との共同作業がバケツリレーになってしまった。何にせよ無事に水が流れるようになったので一安心。「もう大丈夫だと思うけれど、また同じような状況になったらすぐ駆けつけるんで」と言って親指を突き立ててポーズを決めてくれた業者の人、本当にありがとう。

話したい内容を整理してメモしてから、母に電話をかけた。まず、無事排水溝のトラブルが解決したことを報告する。母が先に昨日キレたことを謝ってきたので、さらにそのことについて話すのは悪いと思いつつ、やはり私の考えは伝えなければならないと思って伝える。

・心配だったのはわかるけれど、この物件を購入した私の選択が間違っていると言われているようでかなしかった。

・私がお世話になった人や私がこれからお世話になる人に対して、母がキレるのはやめてほしかった。

・納得いかないことがあったらまず一呼吸おいて、キレる以外の伝え方を考えたほうがいい。

・自分の友人や親族(父以外)にはそういうキレ方をしないのに、客の立場だとキレてしまう自分に向き合ったほうがいい。

・客だからどんな言い方をしてもいいというわけではないし、自分の娘や息子が仕事中に客からそういう物言いをされていたらどう思うか考えてほしい。

等々。母はちゃんと理解してくれたと思う。「あなたのためを思って言ったのに」とか「親なんだから心配するのが当たり前じゃない」とかそういうふうに自分を正当化するような人じゃなくてよかったと思う。
それなのにだめ押しで「私のお世話になった人に対してああいう態度をとるなら、今後の人生で私に大切な人ができてもあなたを会わせることができません」「客という立場になるとああいう態度になってしまうなら、新居のカーテン(引っ越し祝いで母が買ってくれると言っていた)は私が自分でお金を出します」とまで言ってしまったので申し訳なかった。

私はただでさえ、彼らが望む生き方ができなくて、結果的に彼らの人生を否定するみたいになっている(そんなつもりはないけれど多分そう見えている)のに、その上こうやって無駄に弁が立つからよけいなことを言って傷つけてしまう。私がこれまで父や母の言動で傷ついたのとは比較にならないくらいたくさん、私は彼らを踏みにじってきたのだろうなと思う。

電話を切ってもしばらく泣いていた。母もきっと泣いていたと思う。
新居で初めて泣いた。でも大丈夫。もう排水溝の詰まりはとれたから、かなしみももやもやも涙と一緒に流れていったから大丈夫。

築古マンション購入のネガキャンみたいになっちゃったけど中古リノベは本当に楽しくて最高です。



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