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8月の母の日なら。

遠くの海を仰ぎ見るように、その一本は背筋を伸ばしていました。

おお、咲きそうじゃん!
小指の先ほどに芽を出したピンク色の蕾に、自然と大きなひとり言が出ちゃいます。

それは今年の母の日にもらったカーネーションの鉢。
母の日の贈り物ではありますが、私には娘も息子もいません。

じゃあ誰から?
それは主人の息子さんから頂いたカーネーションでした。
正確には主人の、結婚した息子さんの、お嫁さんからです。

主人は再婚で、私は初婚。
すでに35年も前のこと。


いつからかは覚えていないませんが、気がつくと、主人の息子さんが毎年、母の日にプレゼントをしてくれるようになりました。
5月の母の日に送られてくるものは色々で、その年によって、ドライフラワーだったり、ハンカチセットや小さなマスコットだったりしました。

その彼がこの春結婚。

結婚して、最初の母の日に送られてきたのが、カーネーションの鉢だったのです。
花は、ピンクと白色が混じる変わった花びらで、それは新種の花のようでした。

考えると、生花の贈り物は初めてで、
なるほど、今年のプレゼントはお嫁さんが選びました、という少し照れたような彼からのラインに納得します。
新婚さんならではの文面に、微笑ましさ満載。

私は例年どおり、母の日のお礼をかね、彼の父親である主人の近況をラインで伝えようとしました。
そのときふと、以前から思案していたあることが頭をよぎります。

あのことを思い切って言ってみようか……。


実は、私は本音をいってしまうと、誕生日でもなく、クリスマスでもなく、母の日を選んでプレゼントをくれる息子さんに、ずっと息苦しさを感じていたのです。

毎年、プレゼントを受け取ることはとっても嬉しいのですが、それ以上に、もらうたび、自分が場違いなところに立たされているような不安な気持ちになるのです。

表彰台に立っても、顔を上げることができないバツの悪さといいますか、そんなようなもの。

いいのかな、いいのかな、もらってもいいのかな?


理由はただひとつ、
私は彼の母親ではないからです。

そして不安の原因はこれ。
このことを彼の母親が知ったらどう思うでしょう?
もし、もしよ、私だったら絶対に耐えられない!
例え100年たったとしても許せない!
きっとこう思うだろうな、って。

しゃれた包装紙で包まれたカーネーションの鉢を玄関先に置き、私は決めました。
彼に、今回が最後の母の日のプレゼントにしませんかと提案してみよう!


もう贈り物はいらないんです、受け取りたくないんです、と申し出るのは、相手を傷つけるには十分な破壊力がありそうで、言葉にするにはなかなかの勇気がいりました。

ですから、提案してみようと思ったものの、それを必死に止める自分もいたんです。

毎年プレゼントをくれる彼の真意は、父親を宜しくという意味なのかも。
単純にそう思えばいいんじゃない?

それに、彼は自分が5歳のとき父親を奪った私を、今は親戚のおばちゃんくらいに受け入れてくれているのだから、これは喜ぶべきことなんだよ!なんて要領よくそう考えようともしました。

自分の心を優先することで、彼を深く傷つけてしまうかもしれないよ。
そう思うと、やはり気持ちがぐらんぐらん揺れるのでした。

まるで、意固地になった分からず屋を説得するように、何度も自分を諭してみましたが、やはり私は自分に正直になることにしました。
自分の気持ちを優先してあげることにしたのです。
それに、
このチャンスを逃したら、後はないように思えたのです。


私の心無い提案に、そんなに難しく考えなくてもいいのにと、思いやりを見せてくれた彼でした。でも、その後快諾してくれました。
ほっ……。

そうして私は、彼の結婚を機に、場違いだと感じていた表彰台からぽとりと下りることができました。



5月、届いたカーネーションの花が終わると、丁寧に切り戻しを施し、私は新しい鉢と土を買いました。
そして、多すぎず少なすぎず肥料を足し、直射日光に当てないように見守りながら夏越しをさせることにしました。


そうした8月のある日、台風雨の中で、一筋の枝がのびのびと背を伸ばしているのを見つけたのです。

ああ、咲いてくれた!
ほんとに、ちゃんと咲いてくれるんだねぇ!
私は植え替えをする際、参考にしたユーチューブチャンネルのテンガロンハットの彼に感謝しました。
母の日のカーネーションの鉢って、大体が枯れて終わっちゃうことが多いと思うのですが、秋になって再び可憐な花をつけてくれることを教えてもらいました。


息子さんからの最後のプレゼントは、こうして育てて行けさえすれば永遠に手元に残して置ける、と私は嬉しくなりました。

秋咲き花が終わったら、今度はを冬越しさせてあげなければ。
この鉢をずっと手元に置いておきたい。

8月の母の日ならば、それも許されるような気がします。









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