2024年6月24日の雑記
不安な日々のインスタレーション
ぐるぐるぐるぐる。
頭の中で回ってる。
不安と眠気と痛みが混ざり合っていく。
あれをしたいこれをしたいをなくして生きていたい。
誰とも繋がらなくなったアカウントがBANされた。
え、これ連携先どうするの??
そんな不安と疑問を放っておいた。
あれこれ試したら元に戻った。
今何をすべきで、何が重要なのかというのを把握したい。
これさえしておけば大丈夫だという自信が欲しい。
不安はそびえ立つ木々のよう。
なるべく光っている希望を探して捕まえたい。
ポジティブをとらえたところで、いつもどっかに落とし穴がある。
毎回これの繰り返しだ。
とはいえ、いつも通りの生活
BS放送がちょうどよく感じる時点で、おじさんだ。
うるさいのと、人が多いのが結構苦手になってきている。
自分が居酒屋で話しているときは店員から「少しお静かにしてください」って言われることが多いのに。
満員の総武線に乗ったら、人のにおいでやられてしまう。
前はそんなこと全然なかったのに。
というか、朝の電車ってストレスをためるためだけにある乗り物だ。
ぎゅうぎゅう詰めにされて、輸送され、数分おきにくる電車のアナウンスが絶え間なく続き、事故や故障やらがあれば駅はごった返す。
男性も女性もこんな時代だから色んな事に気を使いながら乗る。
みなスマホを眺めて過ごす。イヤホンでなるべく個々の世界に没する。
ディスプレイではピクミンがクイズを出す。
脱毛や婚活の中づり広告が独身男性の潜在意識に働きかける。
楽しさや快適さの欠片もない状態。
心の乱気流を起こす満員電車から他人の干渉を避ける方法
前の仕事先で職場まで歩いて通っている上司がいた。
千代田区に会社があり、徒歩圏内は家賃も高いはずなので、なんでそこに住んでいるのか聞くと
「満員電車なんか乗りたくないじゃない!」と言われた。
その時の僕は「へー」くらいにしか思わなかった。
中学から満員電車に乗っていた僕は、あまりにも普通のこと過ぎて満員の車内にそこまでストレスを感じることがなかった。中高時代は駅始発の電車に2-3本やり過ごせば乗れた。まだ誰も乗っていない車内は座れたし割と快適だった。
その後、大人になってから総武線使うことが多かったが、本気のラッシュ時間帯は避ける事ができたので、満員電車の真の不快感を味わうことは少なかった。
昨年、痔ろうになってから車で出勤することが多くなった。
車は基本的にプライベート空間の移動なので、朝の渋滞以外でストレスを感じる所はほぼない。眠気を振り払って道を進む退屈さを除けば、ラジオや音楽を聴いたり、自分の時間を心を整うのに使えている。
ただ、どうしても運動不足になるのを懸念して、お尻が元気になってからは電車で来る日も増やした。
するとどうしたことか、周りの人のにおいや、駅の喧騒自体がダメになっていることに気がついた。
いやいや自分の心、繊細すぎやしないか?
でも、どう考えても、駅に向かう人々に笑顔はないし、足早であるし、目的に辿り着きたいという思考以外の+要素がゼロだ。
土日や夕方だとまた訳が違うんだが、通勤ラッシュは本当にあり得ないほど人間が人間としての生気を失っている。
やっぱり朝に通勤電車で移動する状態の方が異常ととらえる他ない。
自分以外の周りの人を常に気にしなければいけないし、朝に他人を気遣えるメンタルを持ち合わせていないことに気がついた。
一直線にエスカレーターをかけていく人。
人にぶつからないようにコンコースをすり抜ける人。
具合が悪いのか改札内でしゃがみ込む人。
駅員に何かを訴える人。
ラッシュ時は大き目の音で流れるアナウンス。
眠そうな人、忙しそうな人、元気そうな人。
辛そうな人、虚無な目をした人、汗をかいてる人。
そのすべてに対して見ないフリや、関知しないふりなんてできない。
東京の人口密度は人をおかしくさせる。
いい意味で他人を気にせず過ごすことがこの街で生きていく最良の方法だと思うが、満員電車は大量の人の流れで気が乱れている。
どんなに無視をし合っても干渉せざるを得ない。
社会はそういうふううにできている。
新しい何かを起こしたい?東京の現在地。
所謂、東京の西側にアクセスすることが極端に少なくなって久しい。
渋谷、新宿、池袋……よっぽどのことがないと訪れない。
訪れたとして、何かライブ見に行くくらいで街を歩いて散策することが若い頃と比べてめちゃくちゃ少なくなった。
飲み会するにしても、上野・新橋・有楽町あたりが多くて、東京の東側から抜け出さない。
東京の文化的アクティブサイドはどう考えても西側だと感じている。
かと言って、行く用事もないので行かないんだけど。
東京のカルチャー的な事が好きで、自分もなんとか食らいつきたくて、20代は動いていたはずなんだけど、30代になって以降はパッタリで……。未だにそちら側への憧れが消えていない。
若者の街なのでおじさんはお断りと言えばそれまでだし、20代のうちに成果を出せなかった自分が、何かを成し遂げられるほど甘くはない。変化スピードが激しい東京の街は常にフィールドワークを進めていないとおいていかれるはずだ。
夜中に寝ないでクラブに行く!みたいな元気ももちろんない。
新しい、面白い、楽しいことをしたいみたいな抽象的な願望も消えている。
モヤモヤは非表現の活動を続けている自分から出てくるものだと思う。
ここ5、6年はモヤモヤが強すぎて、逆にそちらが芯になってきている気もする。
何もできない自分に対して、苛立ちと不安。
今の仕事に向き合って成果が出せない、将来が見えてこない不安。
不安を書き出していったらキリがない。
高校生くらいからずっとこの感じなので、自分でも逆にすごいと思う。
20年くらい同じ苛立ちと不安を続けている。
僕は人とは違うんだ……。
絡みつくピーターパンシンドローム。
男は結果出さないと不安になるだろう。
その仕組みやらなんちゃらを考えるとゲボ吐きそうになる。
まずできることはカフェインを取らないこと、体調を整えること。
その程度の目標しか出てこない自分にも腹が立つ。
全くマルチタスクじゃない自分の脳みそで、ここまで生きているのが奇跡。
自分が納得できる表現ができれば、このモヤモヤも消えるのかもしれない。
おわり。
もしサポートしてくれたら、僕は草野球の三塁コーチャーでも頑張れます!