鳥葬

　秋は行楽シーズンだ。外出が増え、カメラをあちらこちらにブン回せる季節。
　というわけで、写真の整理をした。そうしたら、やけにめでたいものが出てきた。五月に行われた友人の結婚式の写真である。
　
「おれが死んだら鳥葬してほしい。墓なんていらない。自然に還りたい」

　安酒で酔っ払うたびに、机に伏せながらそう言っていた友人の姿は、記憶に新しい。

　なんやねん、鳥葬って。
　下戸な私は、よくわからないことを言う友人をげらげら笑い飛ばしていた気がする。
　記憶は、自分のことよりも、自分が見ていたものの方をより鮮明に保っている。

「結婚なんてしたくない。子どもも欲しくない。おれの遺伝子なんて、残したくない」

　確かにやつはそう言っていた。
　私は、へーって返事をした。そうなんだーって。君はモテるのに、モテる人はモテるなりの悩みがあるんだなあとアホな感想を抱きながら。

「誰にも知られないで、ひとりで死ぬ」

　そんな寂しいことを言いながら、いきなり数年姿をくらませたり、突然家を解約してテントで生活をはじめたりする彼の精神を、私含め、仲間たちは呆れつつも非常に好んでいたと思う。

　そんな彼の結婚式の写真。
　めでたいことこの上ないよ。

　幸せそうな彼を見て、ほっとすると同時に、さすがになんだか感慨深かった。
　そうか、人って変わるんだねーって。

　それをかくかくしかじか彼女に話すと、「そりゃそうだよ」って笑われた。「いやだよ、ひとりで死ぬなんて言う人と結婚するの」とおっしゃっていた。確かにそうだ。ひとりで生きてひとりで死ぬなら、結婚する意味があまりないのかもしれない？

　誰かと生きるということは、妥協したり、自分を変えることなのだと思う。
　むしろ、自分をねじまげるほどの胆力がないなら、他人と生活するのは難しいのだろうな。
　相手のためなら、自分を変えることも厭わない。それを愛とか恋とか呼ぶのだろうか。私にはよくわからない。

「じゃあ、いつかあげようと思ってた鳥葬の本、もう要らないよね」

　彼女は本棚から取り出した鳥葬の本を、古本市に出すための箱に移動した。
　私も、もうきっと彼は、自分を鳥葬してほしいとは言わない気がしたので、そうだねと賛同した。

　変わったなあ、と感じる。
　彼も、彼女も。

「同棲はしない。アパートの隣の部屋に住むならいい」

　付き合ってすぐ、彼女にそう宣言された。
　その時の彼女はもう、意地悪をされたハリネズミみたいな状態で、とにかく人間が嫌すぎて、四六時中誰かと一緒にいるなんて無理だよ、という人だった。
　それを聞いた私といったら、もう、ポカーンって感じだった！
　まじかーと思ったけど、まあ、しゃあねえか…と思いながら数年過ごしてきた。

　雨垂れが石を穿つような微弱な日常を積み重ね。いま、我々のもっぱらの関心ごとは、冷蔵庫のデカさとか、ホームシアターを寝室に置くかリビングに置くか、とかだ。

　人って変わるんだねえ、と私が呟くと、嫌味を言われたと思ったのか、彼女が「そりゃそうだよ」とプンとした。

「いろんなものを手放して、それでも一緒にいるって決めたんだよ」

　それから「あなただって変わった」と私を見た。

　そうか、私も変わったのか。

　自分ではわからないけど、たくさん変わったのだろう。よくわからないけれど。
　でも、変わった後の自分もまあ、悪くない感じかなあと思う。それってすごく嬉しいよね。

　ちなみに、結婚した彼に、少し前、鳥葬のことを聞いたことがある。

「おれ、そんなこと言ったっけ？」

　まあ、人間、そんなもんである。
　存分に幸せにおなりよ。

　昨晩書いたこの記事がnoteの下書きに残っておらず、ウワッ消えた！　と思ってしぶしぶ書き直したら、iPhoneのメモに普通に残っていた。

　ボケィ。

　まあ、人間、そんなもんであるよ。

まだ彼女の手元に残ってるっぽい。
欲しい方はご連絡ください。