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油を使わないギリシャ料理

久しぶりに、こちらに書きます。
以前扱ったテーマと被りますが、ちょっと違った切り口から見てみたり、詳しい説明を加えてみました。

ギリシャ料理=オリーブオイルたっぷりではない!?

ギリシャ料理ってどんなものか知ってますか?と訊くと、具体的な料理は知らなくともオリーブオイルをたっぷり使うイメージがあると答える人は多いでしょう。

たっぷりのオリーブオイルが、シンプルな野菜料理にもコクとうまみをプラス

それは正しいのですが、実はオイルを全く使わない料理も数多く存在します。焼き魚や温野菜のようなものにまでたっぷりオリーブオイルをかけるのがギリシャ人なので、ちょっと想像しにくいかもしれません。

ではなぜギリシャにノンオイルの料理が多数あるかというと、宗教的な理由によるものです。ギリシャの国民の大多数はクリスチャン(東方教会に属するギリシャ正教)なのですが、ギリシャ正教では年間を通して結構な日数の断食(特定の食品をとらない節食)を行います。もちろん全く気にせず何でも食べるという人もいますが、信心深い人はきちんと決まりを守って節制を心がけた生活をしています。また、その中間ぐらいで特定の期間だけ実践する派もいて、私の周りを見ているとこの層が大多数かもしれません。キリストの復活を祝うパスハ(復活祭、イースター)はギリシャで最も盛大にお祝いされる行事なので、それに向けてのメガリ・サラコスティ(大斎、レント)と呼ばれる48日間(※)の長い断食期間は、最初と最後の週だけでも節食を心がけるという人が多いようです。

※2023年3月14日追記:大斎、レントは一般に40日間と言われますが、なぜ実際はもっと日数が多いのかという説明を入れ忘れていたので以下追記します。

・メガリ・サラコスティについて
ギリシャ正教では一番重要視される行事である復活祭を前に、長い節制と祈りの生活を送る期間。ギリシャ語ではメガリ・サラコスティまたはテサラコスティ、日本語では大斎(おおものいみ)。サラコスティという名前の由来は、キリストが荒野で行った40日間の断食にならったもので、元々は復活祭の前の週(メガリ・エヴゾマダ)と3月25日の生神女福音祭(この日は魚食が許される)は数えていなかったため40日間だった。その後メガリ・エヴゾマダとその始まり(一週間は日曜から数えるため)である棕櫚の日曜日(この日も魚食が許される)も含むようになったため実際は48日間となる。

ギリシャ正教の断食、ニスティア

ギリシャ正教の断食・節食のことをニスティアといいます。
初期のキリスト教の断食は、限定された時間(午後3時以降)にパンと水だけを口にするという厳しいものでしたが、その後、規律が緩められていったそう。聖書の解釈が変わったり、また、大衆にキリスト教が浸透していったことに関係するのではないかと思われます。

ニスティアの時に口にしてもいい食品はギリシャ語でニスティシモ(複数形ニスティシマ)。ニスティシマとは基本的に動物性の食品の摂取をせず、肉はもちろん卵や乳製品も禁止食品に含まれます。


復活祭に向けての断食初日はニスティシマの料理を囲んで楽しく過ごす
特別な日なのでシーフードのごちそうも定番


ちょっと面白いのが、生き物すべてが駄目というわけではなく例外があること。魚も食べられないのですが、血が出ないとされる(または背骨がないものだそうです)シーフードの類は食べてもよく、タコ、イカ、エビ、貝といった軟体動物のほかに魚卵もニスティシマに含まれます。
ニスティアには比較的緩い日と厳しい日があって、前者は油を料理に使うことができて、ワインなどお酒を飲んでもいい日。後者はその2つも禁止されているので、特に油抜きは慣れてないと少し難しいかもしれません。

本来は年間通して聖人の祝日など例外となる日を除き、水曜と金曜はニスティアとなります(ユダの裏切りに選って捕らえられたキリストが磔となり処刑されたことを記憶する)。復活祭前日の聖大土曜日を除き、土曜と日曜には厳しい節食はしないとのこと(油やアルコールを摂取できる)。ただし、一般の人で普段からここまで細かく節食を行っている人はおそらくあまりいないでしょう。

ニスティアにおける油抜きの定義とは?

ギリシャ正教で行われる一番厳しい節食は、クシロファギアといいます。乾燥した食品を食べるというような意味ですが、物理的に乾物というよりは、主に調理をしてない食品のようです。パン、生の野菜や果物、ナッツやドライフルーツ、オリーブなど。オリーブは“油”としては摂れない日でも、“果実”としてなら食べることができます。

クシロファギアはもっとゆるくとらえる派もいて、茹でた野菜や前の章で挙げたシーフードをごく簡単に調理したもの、そしてオリーブオイル以外の油や植物系の固形油脂を含めるという人もいます。周りで話を聞いたり教会のサイトなどで調べてみた情報では、油は油ということで、油抜きのニスティアの時はオリーブオイル以外の油も使わないと考える人が多いようですが。


タヒニのスープは拙著「ギリシャのごはん うちで楽しむ、とっておきレシピ74 増補新装版」(イカロス出版)にも掲載


油抜きニスティアの抜け道的な食品に「タヒニ」(ごまペースト)があります。タヒニは日本の練りごまよりもうちょっと生っぽい味のするごまペースト。上にたっぷり分離するほど油が多いですが、これは“油”とは考えられていないようです。そのためニスティシマの料理やお菓子には多用されていて、栄養価が高いということ以外に、油脂や卵の代わりにコクや風味を加える役割を果たします。

無駄をそぎ落とし心と体を軽くする

この記事を書いている現在は、復活祭に向けての断食期間の最中。巷には普段よりもニスティシマと表示された食品を多く見かけます。
私自身はクリスチャンではないですが、ギリシャに住んで長く、「ニスティアも昔と比べて随分やりやすくなってそうだな」と感じます。

ニスティアに似た食事法にベジタリアンやビーガンがありますが、近年はギリシャでも一般的になってきていて、それらを実践する人のために作られた動物性食品の代用品の類がニスティシマの食事にも取り入れられています。
そのため普段とあまり変わらない食事を楽しむことも可能で、便利になったなと思う一方、「本来のニスティアの意義は忘れられているのでは?」という疑問も浮かびます(部外者が口出しすることではないですが)。

修道院の食卓をイメージしてみた献立


章タイトルにした「無駄をそぎ落とし心と体を軽くする」というのが、本来ニスティアを実践することにより目指すもので、欲に惑わされず心や行動をよい方向に導いていくというのは他の宗教や生き方にも共通することではないでしょうか。
食文化という面からギリシャの断食を研究してきて、暮らしに取り入れたいヒントも多くあるように思うのです。
 

関連記事

※以前書いた、ギリシャの断食期間についての記事です。

※見出し画像は今年のカサラ・デフテラの我が家の食卓から。いつもはシーフードの料理が食べられる!と張り切る私ですが、今年はギリシャの断食についていろいろ考えていたこともあり、油を使わないメニューを考えてみました。ノンオイルのタラモサラタのレシピも載せてますので、ぜひご覧ください。

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