見出し画像

30)サーチュインとAMP活性化プロテインキナーゼの活性を高めて寿命を延ばす方法

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術30

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【カロリー制限で寿命が延びる】

 体が消費するエネルギーの量や食事に含まれる熱量を表す単位として「カロリー」が使われます。人間が何もせずじっとしていても、生命活動を維持するためには成人女性で1日約1200キロカロリー、成人男性で約1500キロカロリーのエネルギーが消費されており、これを基礎代謝量と言います。

寝ていても心臓や腎臓や肝臓や脳など生命を維持するために働いているからです。仕事や運動をするとその身体活動に応じたエネルギーがさらに必要になります。

私たちは消費するエネルギーに見合ったカロリーを食事から摂取することによって生命活動を維持することができます。食事からの摂取カロリーが消費カロリーより少なければ、体は脂肪組織や筋肉に貯蔵している脂肪やグリコーゲンやアミノ酸を分解してエネルギーを産生します。慢性的に摂取カロリーを減らすと、体は基礎代謝を低下させたりして、少ない摂取カロリーで体重や筋肉量を維持するように適応します。

食事からの摂取カロリーを減らすことを「カロリー制限」と言います。食事中のビタミンやミネラルやタンパク質などの栄養素の不足を起こさずに摂取カロリーだけを30~40%程度減らす食事です。

このカロリー制限は酵母から線虫、ハエ、マウス、霊長類に至る数多くの生物種において、老化を遅延して寿命を延ばし老化関連疾患の発症を遅らせる最も再現性の高い方法であることが多くの研究で証明されています。


【生物は食料不足の環境で寿命を延ばすメカニズムを進化の過程で取得した】

 人間を含め多くの生物は、食糧が不足すると老化速度を遅くして寿命が延びるようなメカニズムを進化の過程で獲得してきました。このメカニズムを獲得したものが、食糧が不足する過酷な自然環境における自然淘汰に生き残ったとも言えます。

全ての生物において、最も優先されるのは種の保存と繁栄です。この種の繁栄に有利な性質が進化の過程で淘汰を生き残ることになります。食糧が乏しくなるとすぐ死ぬような生き物は進化の過程で簡単に淘汰されます。栄養やエネルギーの不足に対して抵抗性を持つようなメカニズムを獲得したものが生き残ります。

実際、カロリー制限食では酸化ストレスや栄養飢餓など様々なストレスに対する抵抗性が増すことが知られています。食糧が乏しい時には、栄養飢餓に対する抵抗性を高め、代謝を抑制して寿命を延ばし、食糧が十分に入手できるようになったときに生殖活動が行えるように、食糧が乏しい条件(カロリー摂取が不足するとき)では寿命を延ばすメカニズムやストレスに対する抵抗性を高めるメカニズムが進化したと言えます。

食糧が少なくなったとき単に寿命を延ばすだけでなく、食糧が得られるとき生殖活動を再開することが目的であるため、若々しく保つ(老化を抑制する)ことも重要です。すなわち、カロリー制限は寿命を延ばすだけでなく、体を若々しくする効果もあることになります。


【カロリー制限ではサーチュイン遺伝子が活性化する】


 30~40%のカロリー制限というのは軽度から中等度の飢餓状態であり、それに対して生体は様々な適応応答を行うために、代謝や防御機能に関与する遺伝子の発現レベルでの変化が生じます。


具体的には、生体エネルギーのATPが減少するためAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)が活性化し、インスリンやIGF-1の産生減少に伴う増殖シグナル伝達の抑制、オートファジーの亢進、サーチュイン遺伝子の活性化などが起こります。

サーチュイン(sirtuin)は長寿遺伝子として、酵母からヒトまで進化的によく保存された遺伝子です。サーチュイン(サーチュインファミリー)は食物不足(飢餓状態)の時に活性化される遺伝子群で、NAD依存性脱アセチル化酵素です。哺乳類では七つのサーチュイン(SIRT1~7)が存在し、SIRT1、 6、7は核内、SIRT3、4、5はミトコンドリア、SIRT2は細胞質に局在します(下図)。

画像1

これらのサーチュインは NAD(nicotinamide adenine dinucleotide)依存性の脱アセチル化酵素としての活性をもっています。つまり、細胞内のNAD+量が低下するとサーチュインの活性は低下します。

サーチュインによって活性が制御されているタンパク質としてヒストン、P53、FOXO、PGC1α、LKB1などがあり、細胞周期、代謝、抗酸化システム、オートファジーなどの細胞機能に影響します。その結果、細胞老化や発がんを抑制し、寿命を延長する効果を発揮するのです。


画像2

図:サーチュインはNAD+/NADHの比率の変動を感知することによって、細胞内の栄養素の供給状況や物質代謝の状況を把握している(①)。絶食やカロリー制限などによって栄養素、特に糖が減少すると、NAD+が増え、サーチュイン(SIRT)が活性化する(②)。サーチュインは細胞質や核に存在するSIRT1(③)やミトコンドリアに存在するSIRT3(④)など7種類が知られている。サーチュインはタンパク質の脱アセチル化(アセチル基を除去する)によって様々な転写因子や酵素などの活性を調整する(⑤)。サーチュインによって活性が制御されているタンパク質としてヒストン、P53、FOXO、PGC1α、LKB1などがあり、細胞周期、代謝、抗酸化システム、オートファジーなどの細胞機能に影響する(⑥)。その結果、細胞老化や発がんを抑制し、寿命を延長する効果を発揮する(⑦)。



サーチュイン群の活性化は、糖尿病などの老化関連疾患の病態を軽減するとともに、老化遅延や寿命延長にも関与していることが明らかになっています。

老化に伴いNAD+量およびサーチュイン活性が低下しますが、ニコチンアミドリボシド(nicotinamide riboside:NR)やニコチンアミドモノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide:NMN)などのNAD+中間代謝産物の補充がサーチュインを効果的に再活性化することが明らかになっています。

画像3

図:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide:NAD+)はトリプトファンやニコチン酸やニコチンアミドなどから生成するルートもあるが、特にNAD+の前駆物質であるニコチンアミド・モノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide:NMN)とニコチンアミド・リボシド(nicotinamide riboside:NR)をサプリメントとして摂取すると体内のNAD+を増やすことができる。


【AMP活性化プロテインキナーゼはエネルギー低下を感知して活性化される】

AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)は細胞のエネルギー代謝を調節する因子として重要な役割を担っています。
AMPKは低グルコースや低酸素や虚血など細胞のATP供給が枯渇させるようなストレスに応答して活性化されます。

AMPKは触媒作用を持つαサブユニットと、調節作用を持つβサブユットとγサブユニットから構成されるヘテロ三量体として存在します。


γサブユニットにはATPが結合していますが、ATPが枯渇してAMP/ATP比が上昇すると、γサブユニットに結合していたATPがAMPに置き換わります。

その結果、アロステリック効果(酵素の立体構造が変化すること)によってこの複合体は中等度(2~10倍程度)に活性化され、上流に位置する主要なAMPKキナーゼであるLKB1に対して親和性が高くなり、LKB1によってαサブユニットのスレオニン-172(Thr-172)がリン酸化されると、酵素活性は最大に活性化されます。
活性化したAMPKは異化を亢進してエネルギー産生を亢進し、物質合成を抑制するように代謝をシフトします。(図)

画像4

図:AMPKはα、β、γの3つサブユニットからなり、細胞内のATPが減少するとγサブユニットに結合していたATPがAMPに置換する。これによってAMPKの構造変化が起こると、LKB1というリン酸化酵素の親和性が高まり、αサブユニットのスレオニン172がリン酸化されると、さらにAMPKの活性が高まる。カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)もスレオニン172をリン酸化してAMPK活性を亢進する。活性化したAMPKは異化を亢進してエネルギー産生を亢進し、物質合成を抑制するように代謝をシフトする。


糖尿病治療薬のメトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素複合体Iを阻害してATPの産生を低下させ、AMP/ATP比を上昇させてAMPKを活性化します。

LKB1以外のルートでのAMPKの活性化として、カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)もAMPKの活性化にとって重要であることが示されています。ビタミンD3は細胞内のフリーのカルシウム濃度を上昇させてCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼ・キナーゼ(CaMKKβ)を活性化します。したがって、メトホルミンとビタミンD3の併用はAMPKの活性を相乗的に高めることが示唆されます。

画像5

図:運動やカロリー制限はATPが減少してAMP/ATP比を上昇してAMPKを活性化する。メトホルミンはミトコンドリアの呼吸鎖を阻害してATP産生を低下させる機序とLKB1を活性化する両方の機序でAMPKを活性化する。ビタミンD3は細胞内のフリーのカルシウムを増加させ、カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)を活性化させてAMPK活性を亢進する。


【PGC-1αを活性化するとミトコンドリアが増える】

 細胞内のミトコンドリアの増殖を刺激することによって、細胞内のミトコンドリアの数と量を増やすことができます。ミトコンドリアが増えることを「ミトコンドリア新生」と呼んでいます。細胞内でミトコンドリアが新しく発生することです。通常、既存のミトコンドリアが増大して分かれて増えていきます。

ミトコンドリア新生で最も重要な働きを担っているのが、PGC-1α(Peroxisome Proliferator- activated receptor gamma coactivator-1α)です。日本語訳は「ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α」です。

PGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子受容体γコアクチベーター1α)は転写因子のPPAR-γと結合して、PPAR-γの転写活性を高める因子として見つかりました。その後、PGC-1αは核内受容体を中心とするさまざまな転写因子と結合し標的遺伝子の発現を制御するタンパク質であることが明らかになっています。

PGC-1αはミトコンドリアの量やエネルギー供給の制御に中心的な働きを担っています。運動の様々な健康作用はPGC-1αによると言われています。PGC-1αはミトコンドリア新生を亢進します。つまり、PGC-1αを活性化すると筋力増強や抗老化など様々な健康作用が得られます。

AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)とサーチュイン-1はPGC-1αのリン酸化と脱アセチル化によってPGC-1αの活性を亢進し、ミトコンドリアの新生を促進します。
PPARのリガンド(フェノフィブラート、ベザフィブラートなど)やメトホルミンやレスベラトロールやカロリー制限やβヒドロキシ酪酸などはこのPGC-1αを活性化する作用があります(下図)。

画像6

図:カロリー制限は体内のエネルギー低下によってAMP/ATP比とNAD+/NADH比を高める(①)。AMP/ATP比の上昇はAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し(②)、NAD+/NADH比の上昇はサーチュイン1(Sirtuin 1)を活性化する(③)。サーチュイン1はセリン・スレオニン・キナーゼのLKB1を活性化し(④)、LKB1はAMPKを活性化する(⑤)。AMPKはサーチュイン1を活性化する(⑥)。サーチュイン1はPGC-1αの発現を亢進する(⑦)。PGC-1αはミトコンドリア新生を亢進し、機能を高めることによって抗老化と寿命延長の効果を発揮する(⑧)。メトホルミンやプテロスチルベンはミトコンドリアの呼吸酵素複合体Iを阻害して、カロリー制限と類似のメカニズムでPGC-1αタンパク質の発現を亢進する(⑨)。ケトン体のβヒドロキシ酪酸やPPARのリガンドのベザフィブラートはPGC-1αたんぱく質の発現を亢進する(⑩)。ニコチンアミド・モノヌクレオチドとニコチンアミド・リボシドはNAD+を増やしサーチュイン1を活性化する(⑪)。


【ミトコンドリア新生を亢進するとミトコンドリア機能異常を改善できる】

高脂血症治療薬のベザフィブラートはPPARを活性化し、ミトコンドリア新生を亢進するPPARγコアクチベーター-1α(PGC-1α)の発現を増強します。ベザフィブラートでミトコンドリア新生を亢進し、ミトコンドリア機能を活性化すると、ミトコンドリアの機能異常を是正できるという報告があります。

ミトコンドリアDNAの変異などでミトコンドリアの酸化的リン酸化の活性が低下した細胞にベザフィブラートを添加すると、ミトコンドリアの量が増え、ミトコンドリアのタンパク質の合成が亢進し、酸化的リン酸化活性が上昇し、ミトコンドリアにおけるATP産生能を亢進することが培養細胞や動物実験で報告されています。

ベザフィブラートはミトコンドリア新生を亢進するだけでなく、さらに異常なミトコンドリアの分解(ミトファジー)を亢進して、ミトコンドリアの品質を良くできます。29話で解説したスペルミジンはオートファジーを亢進し、古くなったミトコンドリアの分解を促進します。

PGC-1αの発現と活性を高める方法として、カロリー制限や断食、メトホルミン、プテロスチルベン、ケトン体のβヒドロキシ酪酸、PPARのリガンドのベザフィブラート、NAD+を増やしサーチュイン1を活性化するニコチンアミド・モノヌクレオチドとニコチンアミド・リボシドなどがあります。

この様な方法を組み合わせてミトコンドリア新生とミトファジーを亢進すると、ミトコンドリアの品質をよくできます。その結果、体の老化を抑制し、寿命を延ばすことができます。(図)

画像7

図:PPARの汎アゴニストのベザフィブラートや、AMP活性化プロテインキナーゼやサーチュイン1を活性化するカロリー制限、断食、メトホルミン、プテロスチルベン、ケトン体のβヒドロキシ酪酸、ニコチンアミド・リボシド、ニコチンアミド・モノヌクレオチドはPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)を活性化する。PGC-1αはミトコンドリア新生を亢進して新しいミトコンドリアを増やし、ミトファジーを亢進して異常なミトコンドリアの分解を亢進する。スペルミジンはミトファジーを亢進する。これらを組み合わせると、ミトコンドリアの品質を良好に維持し、老化を抑制し寿命を延長できる。

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術 記事まとめ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?