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117)断食は快感になる

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術117

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【断食の意義】

断食というのは、飲水以外のすべての食物または特定の食物の摂取を一定期間断つことです。その目的や方法は様々ですが、世界中の多くの宗教で断食が行われています。食を断つことによって人間の欲望を制御し、精神の集中を助け、高い宗教的境地に到達することができます。
 
病気の治療目的でも古くから断食療法は行われています。古代ギリシャ時代の医師ヒポクラテスは、様々な病気の治療に断食が有効であることを記述しています。ヒポクラテスは「断食すると体の治癒力が高まり、病気が治りやすくなる」と言っています、ヒポクラテスは約2500年前の人で西洋医学の礎を作ったとされ「医聖」や「医学の父」と呼ばれています。
 
薬が効かない難治性てんかんの治療に絶食が有効であることが知られています。がんやその他の様々な難病の食事療法としても断食や絶食が試されています。


絶食すると体脂肪が燃焼してケトン体(アセト酢酸とβヒドロキシ酪酸)という物質ができます。このケトン体には抗炎症作用や細胞保護作用があります。また、絶食すると細胞のオートファジー(自食作用)が亢進して、細胞内に蓄積した異常タンパク質を分解して除去してくれます。つまり、細胞を若返らせ、治癒力を高める効果があります。


断食はファスティング(fasting)と呼ばれて、病気の治療目的で研究され実践されています。病気の治療の目的で長期間(2〜4週間程度)絶食する方法や、健康増進の目的で1週間に1〜2日間程度絶食する方法や、1日ないし数日置きに1日間絶食する間歇的な断食など、様々な方法で行われています。



【グルコース(ブドウ糖)が枯渇した状況で脂肪酸が燃焼するとケトン体が産生される】

通常は、細胞が必要なエネルギー(ATP)は、グルコース(ブドウ糖)がピルビン酸とアセチルCoAを経てミトコンドリアのTCA回路(クエン酸回路)で代謝され、さらに酸化的リン酸化によって産生されます。


 
一方、脂肪酸からエネルギーを産生する場合は、脂肪酸が分解(β酸化)されてアセチルCoAになり、このアセチルCoAがミトコンドリアのTCA回路で代謝されてATPを作り出します。




 
脂肪酸の酸化で作られるアセチルCoAの多くはTCA回路(クエン酸回路)に入りますが、絶食時などグルコースの供給が少ない状況ではアセチルCoAをTCA回路で処理する時に必要なオキサロ酢酸が不足するためTCA回路が十分に回りません。そのためTCA回路で処理できなかった過剰のアセチルCoAは肝臓でケトン体の合成に回されます(下図)。


図:TCA回路の最初のステップはアセチルCoAとオキサロ酢酸が結合してクエン酸になる反応で、オキサロ酢酸はピルビン酸からできるので、グルコース(ブドウ糖)が枯渇した条件では、アセチルCoAはケトン体合成へ振り分けられる。ケトン体は肝細胞から血液で他の組織や臓器に運ばれて、その細胞のミトコンドリアで代謝されてエネルギー源となる。

 

肝細胞では、脂肪酸が分解されてできたアセチルCoAの一部はアセトアセチルCoAになり、3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-CoA(HMG-CoA)を経てアセト酢酸が生成され、これは脱炭酸によってアセトンへ、還元されてβ-ヒドロキシ酪酸へと変換されます。
このアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンの3つをケトン体と言います(下図)。


図:グルコースが枯渇した状態で脂肪の摂取を増やすと、肝臓では脂肪酸のβ酸化が亢進されて生成されたアセチルCoAはケトン体の産生に振り分けられる。アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸は血液を介して他の組織や細胞に運ばれて、アセチルCoAに変換されてTCA回路でATP産生に使用される。 

 

ケトン体は肝臓(ケトン体を利用する酵素が無い)と赤血球(ミトコンドリアが無い)以外の細胞でエネルギー源として利用されます。
 
脂肪酸と違ってケトン体は水溶性であるため、特別な運搬蛋白質の助けがなくても肝臓からその他の臓器(心臓や筋肉や腎臓や脳など)に効率よく運ばれ、細胞内でケトン体は再びアセチル-CoAに戻され、TCA回路で代謝されてエネルギー源となります。



【血液中のケトン体が増えた状態をケトーシス(ケトン症)と言う】

70kgの普通の体型(体脂肪率20%として)の成人で、体脂肪は14kg程度、グリコーゲンの貯蔵は肝臓に100g以下、筋肉に400g以下です。体内のグリコーゲン貯蔵は最大で500g以下です。500gのグリコーゲンは2000キロカロリーに相当します。従って、通常は一日の絶食によって肝臓と筋肉のグリコーゲンは消費されてしまいます。
 
そのまま何も食事を摂取しないでグリコーゲンが枯渇すると、グルカゴンが分泌され、インスリンは減少して、脂肪組織から脂肪酸が遊離し、筋肉組織でエネルギー源として利用され、肝臓では脂肪酸からケトン体が産生されます。
 
通常、朝起きたときのケトン体のレベルは0.1~0.3mMです。食後には減少します。
 
ケトン体(主にβヒドロキシ酪酸)の濃度は、24時間の絶食で0.3~0.5mM(mmol/L)、2~3日間の絶食で1~2mMと増えていきます。

血液中にケトン体が増えている状態をケトーシス(ケトン症)と言います。通常は血中のブドウ糖濃度は4~5 mmol/L(mM)程度に対して、ケトン体の血中濃度は0.3mmol/L(mM)以下と極めて低値です。
 
しかし、絶食すると数日で増え始め、10日くらいするとブドウ糖濃度を超え、脳の神経細胞もケトン体が主なエネルギー源になります。
 
絶食時にケトン症が起こるのは、脳の神経細胞にエネルギー源を供給するための生理的な現象で、生理的ケトーシスと言います。生理的ケトーシスという用語はTCA回路(クエン酸回路)の発見で1953年にノーベル生理学・医学賞を受賞したハンス・クレブスが最初に用いています。



【長期間の絶食ではケトン体は6~8mMくらいに上昇する】

断食療法が多くの病気の治療や健康増進に有効であることは経験的に知られていますが、その作用機序の一つが脂肪の燃焼とケトン体の産生にあります。ケトン体には様々な健康作用が明らかになっています。
 
絶食して2~3日後にはケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸は血中濃度が1~2mM(mmol/L)程度に増え、7~10日後にはβ-ヒドロキシ酪酸の血中濃度は4~5mMくらいまで増えます。20日間以上の絶食では6~7mMくらいに増えます。(下図参照)


図:肥満者に40日間の絶食を行った場合のβ-ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、グルコース(ブドウ糖)、遊離脂肪酸の血中濃度の推移を示す。絶食で起こる生理的ケトン症(ケトーシス)ではケトン体(β-ヒドロキシ酪酸+アセト酢酸)の血中濃度は6~8mM(mmol/L)程度を上限にしてそれ以上は増えないので酸性血症(アシドーシス)にはならない。(出典:N Eng J Med. 282: 668-675, 1970年)

 

アセト酢酸を含めた総ケトン体量としては7~8mM程度まで上昇します。人によっては血中総ケトン体濃度が10mMくらいまで上がる人もいるようですが、これは肝臓でのケトン体産生能と組織での消費のバランスによるためです。
 
しかし、肝臓での産生能に限界があるのと、他の組織でエネルギー源として使用されるため、無制限には上昇しません。長期の絶食でも通常はケトン体濃度は6~8mM程度であり、この濃度であれば酸性血症(アシドーシス)にはなりません。

通常の血液のpH(水素イオン指数)は7.4です。ケトン体のアセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸は酸性が強いので、ケトン体が血中に多くなると血液や体液のpHが酸性になります。

しかし、血液には緩衝作用があるので、長期の絶食で起こりうる6~8mM程度の血中ケトン体濃度では、酸性血症(アシドーシス)にはなりません。つまり、安全です。



【断食はケトン体が増えて多幸感を引き起こす】

ケトーシス(ケトン症)が軽度の多幸感を引き起こすことは以前から報告されています。以下のような論文があります。

Low-carb diets, fasting and euphoria: Is there a link between ketosis and gamma-hydroxybutyrate (GHB)?(低糖質食と断食と多幸感:ケトン症とガンマ-ヒドロキシ酪酸との間に関連はあるのか?)Med Hypotheses. 2007;68(2):268-71.

【要旨】
断食や低糖質食の初期に気分が良くなり多幸感を感じることが経験的に知られている。断食や低糖質食では、脳のエネルギー源であるグルコースの供給不足を補うために体はケトン体の産生を増やし、このケトン体が増えた状態(ケトン症)が多幸感を引き起こしている可能性が指摘されている。
 
ケトン体の一つであるβヒドロキシ酪酸は、違法ドラッグとして知られているγヒドロキシ酪酸の異性体の一つである。
 
γヒドロキシ酪酸は、アルコール依存やモルヒネ依存の治療や、ナルコレプシー関連のカタプレキシー(情動脱力発作)の治療薬として使用されている。
 
断食や低糖質食で経験される軽度の多幸感は、脳におけるβヒドロキシ酪酸の作用機序が、γヒドロキシ酪酸の作用と一部共通するためという仮説をこの論文で解説する。
 
特に、βヒドロキシ酪酸は、γヒドロキシ酪酸と同様に、γアミノ酪酸(GABA)受容体の弱い部分アゴニストとして作用して軽度の多幸感を引き起こす作用を提唱する。
 
この仮説を検証する方法として、培養細胞を用いた受容体結合試験、ネズミを使った認知機能試験、人間における精神機能テストや機能的な磁気共鳴映像法などを概説する。
 
βヒドロキシ酪酸とγヒドロキシ酪酸の構造の類似性と、ケトン食と乱用薬物としてのγヒドロキシ酪酸はともに広く知られているので、脳の神経伝達物質や精神機能に対するβヒドロキシ酪酸とγヒドロキシ酪酸の共通の作用を検討することは意義がある。 
 
 

ニューロン(神経細胞)は幾つかの化学物質を介して互いにコミュニケーションを取りながら、思考や行動のひとつひとつを決めています。一つのニューロンは他の多数のニューロンからの情報を受け取り、それを総合して自身の信号を発します。ニューロンの枝と枝の結合部位をシナプスと言います。一つのニューロンは他の多数のニューロンとシナプス結合によって複雑な神経細胞のネットワーク(神経回路)を形成しています。(下図)


図:ニューロンの結合部位であるシナプスでは、前シナプスニューロンから放出された神経伝達物質が後シナプスニューロンの受容体に結合することによって、シナプス間の信号が伝達される。多数のニューロンが相互にシナプスを介して信号のやり取りを行うことによってニューロンのネットワーク(神経回路)を形成している。
 
 
シナプス間の信号伝達に働く神経伝達物質の代表がグルタミン酸とγ-アミノ酪酸(gamma-aminobutyric acid:GABA)です。この2つが脳内のシナプス伝達の80%くらいを担っています。他にはセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどがあります。

グルタミン酸はニューロンの活動を活発にする興奮性の神経伝達物質で、γ-アミノ酪酸(GABA)はその働きを抑制する働きがあります。


グルタミン酸もγ-アミノ酪酸(GABA)も、シナプス前細胞から放出され、シナプス後細胞の膜上にあるそれぞれの受容体と結合して作用を発揮します。GABAは脳内でグルタミン酸のα位のカルボキシル基がグルタミン酸脱炭酸酵素との反応により除かれることによって生成されます。(下図)


GABAを配合したサプリメントがリラックス効果や精神安定作用があると宣伝されて販売されていますが、GABAは血液脳関門を通過しないので、体外からGABAを摂取しても、神経抑制作用が得られません。

GABA受容体のアゴニスト(作動薬)は鎮静、抗痙攣、抗不安作用を発揮します。γヒドロキシ酪酸はGABA受容体に作用して睡眠作用や精神安定作用を発揮し、ナルコプシーや不眠症、うつ病の治療効果を持ち、アメリカやカナダ、ニュージランド、オーストラリア、多くの欧州諸国では治療目的で認可を受けています。
 
しかし、日本を含め多くの国で違法ドラックとして規制されています。日本では2001年に麻薬に指定され「麻薬及び向精神薬取締法」により規制されています。

ケトン体のβヒドロキシ酪酸はこの違法ドラッグのγヒドロキシ酪酸の異性体です。βヒドロキシ酪酸は軽度の多幸感を示す作用がありますが、その作用機序がγヒドロキシ酪酸と共通する部分があるのではないかという仮説がこの論文です。

断食やケトン食を行うと軽度の多幸感のような快感を感じることがあります。
 

この論文では、『太古の昔からの人類の進化の観点から考察すると、短期間の絶食に関連した軽度の多幸感は、食物が無いという不安感を軽減し、食物を探す行動を押し進める作用があるかもしれない。』と言っています。


ケトン食で産生されるケトン体はアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンが含まれますが、βヒドロキシ酪酸はケトン基が水酸化されていて、厳密にはケトン体ではなく、水酸化された短鎖脂肪酸です。短鎖脂肪酸の酪酸が水酸化されたもので、酪酸に似た生理活性(ヒストン脱アセチル化酵素阻害作用など)を持っています。
 
2〜3日の絶食でβヒドロキシ酪酸の血中濃度は1〜2mMレベルに上昇し、アセト酢酸と一緒に脳のエネルギー源として利用されます。
断食や低糖質食で経験される軽度の多幸感の発生メカニズムに関しては、幾つかの説明が提唱されています。
 
例えば、「アセト酢酸はエタノールと同様の酩酊作用を示す」という報告があります。(Bloom WL. Metabolism 1959;8:214–20.)
 
アセトンの代謝産物のイソプロピルアルコールが神経組織に蓄積することが、断食に伴う神秘的あるいは幻覚的な感覚を引き起こしている可能性も報告されています。

この論文では、βヒドロキシ酪酸はγヒドロキシ酪酸と似た構造なので、γヒドロキシ酪酸の精神作用のメカニズムと共通する部分がある可能性を仮説として報告しています。


図:βヒドロキシ酪酸とγヒドロキシ酪酸は水酸基の位置が異なる異性体の関係にある。
 
 
つまり、γヒドロキシ酪酸はγ-アミノ酪酸(GABA)受容体に作用して多幸感などの精神作用を発揮することが知られています。
 
βヒドロキシ酪酸は、γヒドロキシ酪酸と同様に、γアミノ酪酸(GABA)受容体の弱い部分アゴニストとして作用して軽度の多幸感を引き起こす作用を、この論文は提唱しています。
 
βヒドロキシ酪酸はGABA受容体のアゴニストとして作用する以外に、グルタミン酸やGABAの産生を亢進することによってγヒドロキシ酪酸に似た作用を示す可能性も指摘されています。
 
βヒドロキシ酪酸が海馬の脳由来神経栄養因子(brain derived neurotrophic factor:BDNF)の産生を高める効果が報告されています。BDNFは不安やうつ症状を軽減する作用があります。
 
ケトン体のβヒドロキシ酪酸は、GABA受容体の弱いアゴニストとして作用するので、βヒドロキシ酪酸の血中濃度を高めるほど幸福感が増強されるようです。(下図)


図:βヒドロキシ酪酸とγヒドロキシ酪酸は水酸基の位置が異なる異性体の関係にある。γヒドロキシ酪酸はGABA(γアミノ酪酸)受容体に作用して鎮静、抗不安、多幸感を引き起こす。βヒドロキシ酪酸もGABA受容体に弱く作用し軽度の鎮静・抗不安・多幸感の作用を示す。さらにβヒドロキシ酪酸はヒストン脱アセチル化酵素阻害作用があり、ヒストンのアセチル化による遺伝子発現誘導の作用によって、脳組織において脳由来神経栄養因子を増やすことによって認知や記憶や学習の能力を高めたり、抗不安作用を示す。

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