見出し画像

105)男性ホルモンは寿命を縮めるのか、延ばすのか

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術105

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【去勢された男性は寿命が延びる?】

インターネットで「男性ホルモンと寿命」で検索すると、「男性ホルモンは寿命を縮める」という記述と、「男性ホルモンは寿命を延ばす」という全く相反する2つの意見があることが分かります。どちらが正しいのかは、抗老化を実践する観点からは重要な問題です。

去勢によって寿命が延びることが報告されています。少年期に去勢を施された朝鮮王朝時代の宦官は、睾丸のある男性に比べて大幅に長生きしていたことが報告されています。以下のような報告があります。

The lifespan of Korean eunuchs.(韓国の宦官の寿命)Current Biology. 2012 Sep 25;22(18):R792-3.

【要旨】
多くの研究が寿命と生殖の間にトレードオフがあることを示しているが、そのようなトレードオフが人間に存在するかどうかは明らかでない。
人間を含む多くの種では、男性は女性よりも短命であるが、これは男性ホルモンの作用によるものと考えられている。男性ホルモンの供給源を取り除く去勢は、多くの動物で男性の寿命を延ばすが、この問題は人間ではまだ結論が出ていない。
去勢が寿命に及ぼす影響を調べるために、歴史的な韓国の宦官の寿命を分析した。韓国の宦官の記録を調べ、81人の宦官の寿命を決定した。宦官の平均寿命は 70.0 ± 1.76 歳で、社会経済的地位が同じで去勢されていない男性の寿命よりも 14.4 ~ 19.1 年長かった。この研究結果は、男性ホルモンが男性の寿命を縮めるという考えを支持している。
 
 
人間を含む多くの哺乳類の種では、オスの寿命はメスの寿命よりも短いことが知られています。これについての説明の1つは、男性ホルモンが様々なメカニズムで寿命を短くするということです。
 
宦官は去勢された男性です。男性を去勢することは、歴史的には、ローマ教皇聖歌隊のカストラート(少年時の声を保つため少年の間に去勢をした男性歌手)、オスマン帝国のハレムの番人、中国の紫禁城の宦官など人類史上至るところで認められています。 

朝鮮王朝 (1392–1910) の宮廷にも宦官がいました。朝鮮王朝の宦官は特権を持って暮らしていました。この論文では、韓国の朝鮮王朝時代の宦官の歴史資料から81人の宦官の寿命を特定することができました。
 
宦官の平均寿命は 70.0 ± 1.76 歳 (27 ~ 109 歳)でした。同じ期間に住んでいた同様の社会的地位の宦官ではない男性の平均寿命は 50.9 ~ 55.6 歳でした。王宮で一生を過ごした国王と男性王族の平均寿命は、47.0±3.21歳と45.0±2歳でした。

81 人の宦官のうち、3 人が 100 歳、101 歳、109 歳の 100 歳以上でした。現在の百寿者の発生率は、日本では 3,500 人に 1 人、米国では 4,400 人に 1 人です。したがって、韓国の宦官の100歳以上の発生率は、現在の先進国のそれよりも少なくとも130倍高いことになります。
 
20世紀の米国では、優生学的な法律の犠牲となって知能指数の低い男性が数多く去勢されました。精神病院に入院している去勢された男性は、同じ病院の去勢されていない男性よりも 14 年 (69.3 対 55.7 年) 長く生きたことが報告されています。
(J Gerontol. 1969 Oct;24(4):395-411.)
 
つまり、男性は去勢すると寿命が延びることから、「男性ホルモンが寿命を短くする」という考えが定説化しています。




【生殖と寿命のトレードオフ】

老化や寿命の存在意義については、まだ良く判っていません。「地球上には空間的にも食料供給にも限界があるので、生き物に寿命がなければ、いずれ生物は全滅するので、寿命や老化が必然的に存在する」という考えもあります。生殖能力が極端に少ない生き物であれば、空間や食物供給に限界がある条件でも永遠に生き延びることは可能になります。


生殖活動を犠牲にすれば生物の寿命が延びることはショウジョウバエやネズミの実験で示されています。人間の場合は、前述の宦官の例で同様のことが示唆されています。
 
生殖活動と寿命には関連性があり、「生殖は寿命を切り詰める」ということは多くの証拠によって示されています。カロリー制限や去勢や遺伝子改変によって生殖活動を弱めると寿命が延び、これは「生殖と寿命のトレードオフ」と呼ばれています。トレードオフ(trade-off)とは、一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという状態 ・関係のことです。


繁殖能の高いマウスは短命で、成熟のプロセスがゆっくりで繁殖率が低い動物(ゾウや人間など)は寿命が長いのも「生殖と寿命のトレードオフ」の1例だと考えられています。
 
アンチエイジングの領域では、ヒト成長ホルモンや性ホルモンの補充によって若返りを目指す治療が行われています。
 
実際に、中年以降の人に成長ホルモンを注射すると、老化の症状を逆行させる様々な効果が現れます。筋肉量が増え、脂肪組織が減り、筋力や体力が増し、男性の性的能力が向上します。しかし、中年以降の成長ホルモンの注射は、がんの発生や成長を促進する可能性が高く、そして寿命を短くする可能性が指摘されています。
 
マウスの研究では成長ホルモンの産生や受容体に異常がある場合は寿命が延びることが示されており、人間でも成長ホルモンが過剰に分泌される先端肥大症ではがんの発生率が高く、寿命が短くなることが知られています。
 
閉経後の女性に女性ホルモン(エストロゲン)を補充すると、骨粗しょう症の減少から性欲の増加や若返り効果が得られますが、乳がんを促進し、寿命に対してもマイナスに働くことが指摘されています。
 
男性ホルモン(テストステロン)の場合も同様で、一時的には年老いてきた男性の衰えを回復させる効果はありますが、長期にテストステロンを補充すると生存に及ぼす影響は最終的にはマイナスになることが示唆されています。
 
つまり、体の成長や生殖に必要なホルモンや成長因子は、更年期以降はがんを促進し寿命を短くする作用があります。これが生殖と寿命のトレードオフの一つの理由ということになります。



【男性ホルモンは男性の寿命を延ばす?】

一方で、今までの話と全く逆の報告も多数あります。つまり、男性ホルモンが寿命を延ばすという意見です。
 
加齢性腺機能低下症(late onset hypogonadism)と呼ばれる病気があります。別名は「男性更年期障害」です。加齢あるいは強烈なストレスによってテストステロンなどの男性ホルモン(アンドロゲン)が減少している場合は、心身両面でのトラブルが出てきてしまい、それが加齢性腺機能低下症(男性更年期障害)と呼ばれる病気です。
 
加齢性腺機能低下症(男性更年期障害)では、不眠、抑うつ、性機能低下、認知機能低下、骨粗鬆症、心血管疾患、内臓脂肪の増加、インスリン抵抗性の悪化、善玉コレステロール(HDL)の低下、コレステロールとLDL(悪玉コレステロール)の上昇が認められます。これらは、メタボリック症候群や心血管系疾患や糖尿病のリスクを高め、死亡率の上昇とも関連することがわかってきています。テストステロンの数値が低い男性ほど寿命が短いという研究結果もあります。
 
そこで、テストステロンを補充すると、メタボリック症候群や心血管系疾患や糖尿病のリスクを低くして、死亡率を低下できるという考えです。以下のような報告があります。

Testosterone treatment and mortality in men with low testosterone levels.(低テストステロン値の男性におけるテストステロン治療と死亡率)J Clin Endocrinol Metab.2012 Jun;97(6):2050-8.

この臨床試験は、米国の7 つのノースウェスト退役軍人医療センターを含む臨床データベースを使用して実施されました。

患者には40 歳以上で、総テストステロン値が低く [≤250 ng/dl (8.7 nmol/L)]、前立腺がんの既往がない 1,031 人の男性退役軍人のコホートが含まれ、2001 年 1 月から 2002 年 12 月の間に評価され、2005年末まで追跡調査されました。テストステロン治療は、398 人の男性 (39%) で実施されました。未治療の男性と比較して、テストステロン治療を受けた男性の総死亡率が測定されました。
 
テストステロン治療を受けた男性の死亡率は、未治療の男性の 20.7% と比較して 10.3% であり (P < 0.0001)、死亡率は、テストステロン治療を受けた男性で 100 人年あたり 3.4 人、テストステロン治療を受けていない男性で 100 人年あたり 5.7 人でした。年齢、体格指数、テストステロン値、疾患の罹患率、糖尿病、および冠状動脈性心疾患を含む多変数調整後、テストステロン治療は死亡リスクの低下と関連していました (ハザード比 0.61; 95% 信頼区間 0.42-0.88; P = 0.008)。
 
以上の結果からテストステロン値が低い男性の観察コホートでは、テストステロン治療は、テストステロン治療なしと比較して死亡率の低下と関連していました。
 
 
この研究結果は慎重に解釈する必要があり、大規模なランダム化臨床試験の結果が出るまでは、低テストステロンの高齢者に対するテストステロン補充が寿命を延ばすかは、断定できません。

ただ、低テストステロン値の高齢男性は、寿命を短くするリスクを多く持つのは確かで、このような集団(テストステロン値が低い高齢者)に対して、テストステロン治療を行う根拠になっています。



【男性ホルモンは筋肉や身体機能を高める】

テストステロン補充療法の効果に関して以下のような報告があります。

Effects of Testosterone Supplementation for 3 Years on Muscle Performance and Physical Function in Older Men.(高齢男性の筋肉性能と身体機能に対する 3 年間のテストステロン補充の効果)J Clin Endocrinol Metab. 2017 Feb 1;102(2):583-593.

この報告では、高齢男性の 3 年間のテストステロン投与が、筋力、パワー、易疲労性、および身体機能に与える影響を調べています。

総テストステロン値が 100 ~ 400 ng/dL、または遊離テストステロン値が 50 pg/mL 未満の 60 歳以上の健康な男性を対象とした、二重盲検、プラセボ対照、無作為化試験です。7.5 g の 1% テストステロンまたはプラセボ・ゲルを毎日 3 年間塗布しています。

除脂肪体重(=筋肉量)は、テストステロン群で有意に増加しました。プラセボと比較して、高齢男性の 3 年間のテストステロン補充は、階段を上る力、筋肉量、および力の適度ではあるが有意に大きな改善と関連していました。

Long-Term Testosterone Supplementation in Older Men Attenuates Age-Related Decline in Aerobic Capacity.(高齢男性における長期のテストステロン補給は、加齢に伴う有酸素能力の低下を軽減する)J Clin Endocrinol Metab. 2018 Aug 1;103(8):2861-2869.

テストステロンは骨格筋の量と筋力を増加させますが、テストステロンが低い健康な高齢男性の有酸素能力または最高酸素摂取量(peak VO2)に対するテストステロン補給の長期的な影響は評価されていません。

総テストステロン値が 100 ~ 400 ng/dL (3.5 ~ 13.9 nmol/L) または遊離テストステロン値 が 50 pg/mL (174 pmol/L) 以下の 60 歳以上の健康な男性を対象にして、総テストステロン値が500 から 950 ng/dL の血清レベルを達成するように調整された 1% 経皮テストステロン・ゲルを3年間毎日塗布し、効果を評価しています。
 
最高酸素摂取量(peak VO2)は、テストステロンで治療した男性では変化しませんでしたが、プラセボを投与した男性では有意に低下しました (平均 3 年間の減少、0.88 mL/kg/分)。グループ間の最高酸素摂取量(peak VO2)の変化の差は有意でした (平均 3 年間の差、0.91 mL/kg/分)。

最高酸素摂取量の平均 3 年間の変化は、テストステロンで治療した男性の方がプラセボを投与した男性よりも有意に小さく、ヘモグロビンの増加と関連していました。
 
 
男性の血清テストステロンレベルは、加齢とともに徐々に低下します。筋肉の萎縮や衰弱、骨粗鬆症、性機能の低下、脂肪量の増加など男性の加齢に伴う多くの症状は、若い男性のテストステロン欠乏に伴う変化と似ています。これらの類似点は、テストステロンの補給が老化の影響を防止または逆転させる可能性があることを示唆しています。
 
男性ホルモン(テストステロン)は様々な組織・臓器において多彩な抗老化作用を発揮し、その総合結果として、寿命を延ばす可能性があると思います。(下図)


図:男性ホルモンのテストステロンは様々な組織・臓器において多彩な抗老化作用を発揮する。その結果、寿命を延ばす可能性がある。




【先進国では男性ホルモン補充は寿命を延ばす】

「男性ホルモンは寿命を縮めるのか、延ばすのか」という質問に戻ると、「生殖と寿命のトレードオフ」の観点と去勢の実験結果から、純粋に生物学的には「過剰な男性ホルモンの作用は、生殖活動を増やして子孫を多く残せる代わりに、個体としては早死にする」ということになります。

しかし、人間の場合、医学の発達や、栄養状態と衛生環境の改善などから、遺伝子が予定している以上に寿命が人為的に延びており、フレイル(加齢による身体と精神機能の虚弱)やサルコペニア(加齢による筋肉量の減少)や免疫力低下による感染症、認知機能低下、動脈硬化や心臓疾患などが主な死因となっている現状では、これらの老化性疾患を改善する男性ホルモンの補充は、健康寿命の延長にプラスに働くと思います。
 
つまり、心身の虚弱が寿命を支配している現在の先進国では、高齢者に対するテストステロンなどの男性ホルモンを増やす治療は抗老化と寿命延長に有効と思います。
 
自然界に生活する生物は,他の生物に捕食されたり、感染症や怪我によって生命を奪われることがあります。このように、その生物が実際に生活している場で見られる寿命を生態的寿命と言います。
 
一方、条件を整えてやった場合に実現する寿命を生理的寿命といいます。天寿を全うして老衰によって死亡する場合の寿命です。生理的寿命は最大寿命や限界寿命とも言います。
 
動物園の動物の寿命が長いのは、生活環境や餌や医療によって、寿命を延ばす条件が整っているためです。生態的寿命の平均が5年くらいの動物でも、条件を良くすれば、20年以上生きることもできます。
 
人間も、開発途上国よりも先進国の方が寿命が長いのは、豊富な食糧や衛生的な生活環境や進歩した医療の恩恵によることは確かです。過去1世紀において、工業先進国では経済の発展に伴い、医療の進歩と、栄養状態や生活環境や公衆衛生の改善によって寿命は顕著に延長しました。
 
人類の死因が感染症や怪我や自然災害や戦争など外的な原因による場合、加齢とともに男性ホルモンが低下し、攻撃性や行動力が低下した方が長生きできそうに思います。高齢になっても男性ホルモンが高いと、攻撃性や活動性が高くなり、怪我や戦争や感染症など外的な死因に遭遇する確率が高くなります。つまり、人間が他の動物と同じように生態的寿命で生きている社会では、男性ホルモンは寿命を短縮するかもしれません。
 
一方、医療が発達し、栄養状態や衛生状態が良い状況では、人間は生理的寿命まで生きることになります。この状況では、筋力や骨密度の低下による寝たきり、心肺機能の低下による老衰、免疫力低下による感染症、認知機能の低下、膵臓内分泌機能の低下による糖尿病、腎臓機能の低下など、老化にともなう諸臓器機能の低下が死因になります。このような場合は、男性ホルモンの補充による筋力や骨密度の強化、心肺機能や腎臓機能の向上、免疫力や認知機能の向上などは寿命を延ばすことになります。

つまり、老衰が死因の多くを占める社会(先進国)では、高齢者における男性ホルモン補充は寿命を延ばすと考えた方が妥当だと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?