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151)ラパマイシンの抗老化作用は本物か?(その3):認知症の予防と進行抑制

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術151

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【認知症は様々な原因で発症する】

老化に伴って物覚えが悪くなるということは多くの高齢者が経験しています。これは脳の神経細胞が加齢とともに死滅し、減少するからです。老眼や難聴(聴力低下)と同じような老化に伴う生理的な機能低下です。
 
病的な原因によって記憶力や知能の低下する病気を「認知症」と言います。いったん正常に発達した知能が、脳の後天的な障害によって脳の働きが低下して、記憶や知能に障害をきたす病気です。

認知症は2004年までは「痴呆症」と呼ばれていましたが、この用語には差別的な意味あいがあるという理由で、2004年12月に認知症と改められています。英語はどちらも「Dementia」です。
 
「認知」というのは、理解や判断や論理といった知的活動を総称する用語です。「認知症」というのは単一の病気ではなく、共通の症状(進行性の認知機能の低下と、それによる日常生活の混乱)を呈する疾患群をまとめた呼称です。認知症では物忘れにみられるような記憶の障害のほか、判断・計算・理解・学習・思考・言語などを含む脳の高次の機能に障害がみられます。

認知症は単一の病気ではなく、共通の症状を呈する疾患群をまとめた呼称です。認知症を引き起こす原因として最も多いのがアルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)です。認知症の60から70%がアルツハイマー型認知症です。
 
その他、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害の後遺症(血管性認知症)、転落事故や交通事故などによる脳挫傷の後遺症(頭部外傷後認知症)、パーキンソン病やハンチントン病など原因不明で徐々に神経細胞が死滅していく脳変性疾患、長期の大量飲酒(アルコール性認知症)、ヘルペス脳炎やインフルエンザ脳症など脳炎後認知症など、様々な原因によって認知症は発症します。
 
認知症の中心を占めるアルツハイマー型認知症は、原因は不明で、徐々に神経細胞が死滅していく病気です。20〜30歳代で発病する「遺伝性(家族性)アルツハイマー病」、40〜60歳代前半で発病する「若年性アルツハイマー型認知症」、それ以降に発病する高齢期のアルツハイマー型認知症があります。
 
遺伝子異常については、遺伝性アルツハイマー病の原因遺伝子が明確になっていますが、他のリスク遺伝子も研究されています。
 
日本を含め先進国では人口の高齢化とともに認知症の患者は年々増え続けており、社会的な問題にもなっています。認知症の治療や介護にかかる費用は、がんや心臓病や脳卒中よりも高いことが指摘されています。
 
認知症の場合、治療費や介護サービスの利用などによる直接費用の他に、家族などが無償で実施する介護にかかる費用(インフォーマルケアコスト)が大きいことも問題になっています。
 
医療費や介護費に加えて本人や家族の労働生産性損失などの費用も含んだ社会全体の費用を社会的費用と言います。この社会的費用は認知症がもっとも大きいと試算されています。
 
米国からの報告では、米国では認知症1人当たり年間,少なくとも4万1,689ドルの費用がかかっていると報告されています。(N Engl J Med. 368(14):1326-34.2013年)

 
この報告では、家族による無償介護が人件費として計算されており、家族による無償介護の費用が約半分を占めています。つまり、認知症は家族の労力負担が極めて大きい疾患と言えます。


日本における最近の調査では、65歳以上の15%が認知症と推計されています。2020年の段階で国内の認知症高齢者は約600万人で、2025年には730万人、2030年には830万人になり、2050年には1,000万人を超えると推定されています。



【認知症の有効な治療法はまだ無い】

認知症の主な原因となっているアルツハイマー病が急激に増加し、家族や社会への負担が大きいため、社会問題化しています。問題を深刻にしている理由の一つは、有効な治療法が無いことです。
2017年までの20年間で146の薬剤候補が開発中止になったと報告されています。

2021年の6月7日に米国食品医薬品局(FDA)は、米国製薬会社バイオジェンと日本の製薬会社エーザイが共同開発したアルツハイマー病の治療薬「アデュカヌマブ」を承認しました。この薬はアルツハイマー病の原因と考えられているアミロイドβプラークを減少させる効果があると報告されています。アルツハイマー病の新薬承認は約20年ぶりということでした。

このアデュカヌマブは臨床試験で有効性が認められないという結論で、2019年3月に開発中止になっていた薬ですが、早期の患者に大量を投与すると効果があるというデータが得られたということでFDAは迅速承認しました。
 
しかし、FDAの末梢・中枢神経系薬物諮問委員会(Peripheral and Central Nervous System Drugs Advisory Committee)を務める11人の専門家のうち3人が、この迅速承認を受けて相次いで辞任し、そのうちの1人は、「今回の迅速承認は、近年の米国での医薬品の承認の中でおそらく最悪の決定だ」と述べるなど波紋が広がっているという報道もあり、アデュカヌマブの有効性のエビデンスが乏しいという意見はかなり多く出ていました。しかも、アデュカヌマブの米国での薬剤価格は、年間5万6000ドル(平均的な維持用量での卸業社購入価格)と高額です。
 
アデュカヌマブは、日本では「有効性を明確に判断できない」として承認が見送られていました。
 
さて、先週(2024年1月31日)の報道によると、米製薬企業バイオジェンはエーザイと共同開発したアルツハイマー型認知症の治療薬「アデュカヌマブ」の販売を終了すると発表しました。2021年に米国で迅速承認を受けましたが、「高額な上に公的保険の適用が制限され、普及しなかった」という理由です。
迅速承認は仮免許のような位置付けで、本承認を得るため臨床試験を行なっていましたが、有効性が証明できなかったようです。
 
バイオジェンとエーザイが開発した別のアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」が昨年日本でも承認されました(2023年12月20日に保険適用の承認)。

このレカネマブは「軽度のアルツハイマー型認知症、またその前段階の方に投与した場合、プラセボ(偽薬)と比較して、全般臨床症状の悪化が約27パーセント抑制されたという結果が出ています。

服用18カ月で症状進行を27%(5.3カ月分)の抑制効果がみられましたが、完全に止めることはできず治療効果は実感できないレベルと指摘されています。また非常に高額(薬剤費が一人1年間で約300万円)となることから費用対効果が低すぎるという批判は多くあります。この程度の効果では、レカネマブもいずれアデュカヌマブと同じ運命になると予想する医師はかなり多いようです。
 
いずれにしても、ある程度症状が進行したアルツハイマー病に対しては有効な治療法は無いというのが現時点の状況です。したがって、安価な方法で、発症を予防し進行を遅らせることの重要性が認識されています。



【認知症が予防できる根拠】

アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症はしばしば混在しています。つまり、共通のリスク要因と保護要因が存在することを示唆しています。
 
アルツハイマー病と血管性認知症には、遺伝性要因や血管病変や代謝異常や生活習慣など様々な要因が絡んでいます。長い前臨床期間(無症状期間)があることから、それらの要因をターゲットにして早い時期から予防に取り組むことができます。物忘れに気づく前から、日頃から、認知症にならないように気をつけることが最も重要と言えます。


アルツハイマー病のリスク要因として、糖尿病、中年期の高血圧、中年期の肥満、運動不足、抑うつ、喫煙、低学歴が知られています。糖質の多い食事は認知症のリスクを高めます。これは、生活習慣と食生活の改善でリスクをかなり低減できることを示しています。
 
保護的に作用するものとして、オメガ3系不飽和脂肪酸(DHA、EPA)、抗酸化剤、ビタミン、地中海式料理などが知られています。

精神・心理的要因としては、孤独、抑うつ、社会的孤立、精神的ストレスは認知症のリスクを高めます。一方、高学歴、運動、社交的活動は認知症を防ぐ効果があります。



【ラパマイシンはがんや神経変性疾患を抑制する】

ラパマイシン(Rapamycin)は1970年代にイースター島の土壌から発見された放線菌の一種が産生する有機化合物で、シロリムス(Sirolimus)という別名で呼ばれることもあります。

ラパマイシンの生体内のターゲット分子が、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mammalian target of rapamycin)、略してmTOR(エムトール)というタンパク質です。
mTORはラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼ(タンパク質のセリンやスレオニンをリン酸化する酵素)で、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。

 
mTOR活性を遺伝子改変や阻害剤(ラパマイシンなど)で抑制すると、老化関連疾患の発生が遅くなり、寿命が延びることが、マウスを使った実験で明らかになっています。以下のような報告があります。
 
Increased mammalian lifespan and a segmental and tissue-specific slowing of aging following genetic reduction of mTOR expression (mTORの発現を遺伝子改変で減少させることによる哺乳類の寿命延長と組織特異的な老化の遅延) Cell Rep. 2013 September 12; 4(5): 913–920.

 
この研究では、遺伝子改変技術によってmTORタンパク質を生存に最低限必要な約25%しか生成できないマウスを作成しました。このマウスは、通常のマウスに比べて小さかったのですが、他の身体的特徴は同一でした。 

 
そして、このmTOR活性が正常の25%程度しかないマウスは正常のマウスに比べて寿命が約20%延びることが明らかになりました。具体的には、mTORが低下したマウスのオスは平均して28.0ヶ月、メスは31.5ヶ月生き、通常のマウスの平均であるオス22.9ヶ月とメス26.5ヶ月に比べ て、約20%長生きしました。
 
人間でいえば80歳が96歳まで寿命が延びる計算になります。
老化の速度低下は各組織で一定ではなく、mTOR活性低下によってメリットを受ける組織もあればデメリットを受ける組織もありました。

 
例えば、mTOR活性低下マウスは迷路やバランス感覚のテストではよい成績を残しましたが、齢をとるごとに骨容積が減少し、感染症にもかかりやすくなりました。実験結果から、mTOR活性低下マウスは記憶力や筋力を高く維持することができましたが、免疫力などについては老化を早めてしまうことが示唆されています。


mTOR阻害剤のラパマイシンがアルツハイマー病などの神経変性疾患を改善することが報告されています。知能機能低下をきたす遺伝性疾患では、mTOR活性が亢進しており、mTOR活性を低下させると知能が良くなることが多くの研究で明らかになっています。つまり、ラパマイシンで頭が良くなることが知られています。 



一方、mTOR阻害は免疫細胞の働きを弱めるので、免疫力低下から感染症にかかりやすくなるデメリットもあるので、mTOR阻害による寿命延長にも多少の問題はあるようです。
 
しかし、がん(悪性腫瘍)やアルツハイマー病や認知機能低下や心臓や腎臓疾患に対して老化を抑制する方向で作用するので、mTORの適度な抑制はメリットが大きいようです。(下図)


図:老化関連疾患に対するmTORC1の影響。 老化は様々な疾患の発症と進展の原因になるが、それらはmTORC1シグナル伝達系の影響を受けている。赤の矢印で示した疾患はmTORC1阻害剤のラパマイシンで改善される。一方、青の矢印で示した疾患に関しては、ラパマイシンは促進と抑制の両方の作用を示す。




【ラパマイシンはアルツハイマー病の進行を抑制する】

マウスのアルツハイマー病のモデルを使った実験で、ラパマイシンによるmTORの長期阻害によりアルツハイマー病様の認知障害が予防され、アルツハイマー病の主要原因であるアミロイドβタンパク質のレベルが低下することが報告されています。以下のような報告があります。
 
Inhibition of mTOR by rapamycin abolishes cognitive deficits and reduces amyloid-beta levels in a mouse model of Alzheimer's disease.(アルツハイマー病のマウスモデルにおいて、ラパマイシンによるmTORの阻害により認知欠陥が解消され、アミロイドβレベルが低下する)PLoS One. 2010 Apr 1;5(4):e9979.
 
 
ラパマイシンによるmTOR 経路の阻害がin vivo(生体内)でアミロイドβタンパク質のレベルを低下させ、アルツハイマー病による認知機能低下を遅らせることを報告しています。ラパマイシン処理したマウスのニューロン(神経細胞)ではオートファジーが増加していました。

この論文を引用した論文数が現時点で540を超えているので、多くの研究者がラパマイシンによるアルツハイマー病の予防や治療に注目していることを示唆しています。
以下のような報告もあります。
 
Rapamycin Responds to Alzheimer's Disease: A Potential Translational Therapy.(ラパマイシンはアルツハイマー病に効く:トランスレーショナルセラピーの可能性)Clin Interv Aging. 2023 Oct 2:18:1629-1639.

【要旨の抜粋】
 ラパマイシンは様々なアルツハイマー病の動物実験モデルで、疾患症状の発症前と疾患の初期段階の両方で有益であることが示されている。多くの基礎研究がアルツハイマー病におけるラパマイシンの治療効果を実証しているが、多くの疑問と論争が残っている。これは、実験モデルのばらつき、異なる投与方法、用量、タイミング、頻度などによるものと考えられる。

ラパマイシンは、アミロイドβタンパク質 の沈着を減少させ、タウタンパク質の過剰リン酸化を阻害し、APOE ε4遺伝子保有者の脳機能を維持し、慢性炎症を解消し、認知機能障害を改善することにより、アルツハイマー病の発症を遅らせる可能性がある。したがって、アルツハイマー病の治療薬候補の一つとして期待されている。
 


Translationalは「橋渡し的」や「探索的」という意味で、病気のメカニズム等の基礎研究を基に開発した医療手段を臨床応用する初期の臨床試験を主に指します。今までの基礎研究の結果から、アルツハイマー病の治療にラパマイシンを検討する必要があるという提案です。
 
オートファジーを亢進すると脳のアミロイドβの蓄積を抑制してアルツハイマー病の発症や進行を抑制できるというのは、多くの研究者の共通認識となりつつあります。
 
オートファジーを亢進する薬としてmTORC1を直接阻害するラパマイシンの他、オートファジーを直接亢進するスペルミジン、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化してmTORC1を阻害するメトホルミン、ビタミンD3があります。これらを組み合わせると抗老化と寿命延長と認知症予防とがん予防に有効です。(下図)


図:脳組織にアミロイドβタンパク質(①)が蓄積すると、神経細胞が細胞死を起こして脳が萎縮し認知症(アルツハイマー型認知症)になる(②)。オートファジーはアミロイドβの蓄積を抑制する(③)。スペルミジンはオートファジーを亢進し、アミロイドβタンパク質を除去して蓄積を阻止する(④)。mTORC1はオートファジーを阻害する(⑤)。ラパマイシンはmTORC1を直接阻害する(⑥)。AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)はmTORC1活性を抑制する(⑦)。メトホルミンとビタミンD3(VitD3)はAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化してmTORC1を抑制する(⑧)。これらの作用によって、スペルミジンとラパマイシンとメトホルミンとビタミンD3はアルツハイマー病の発症を予防し、抗老化と寿命延長効果とがん予防効果を発揮する(⑨)。


昨年12月から使用が開始されたレカネマブはアルツハイマー型認知症の進行を27%程度抑える効果で、治すことも進行を止める効果もありません。1年間の薬剤費は300万円程度と高額な上に、その使用に当たってはフォローのための高額な検査などによる医療費の増加や、薬自体に多くの副作用もあり、ほとんどメリットがないと私は思っています。そのうちもう少し良い薬が出れば、すぐに医療現場から消えるような薬です。
 
食事(糖質制限や地中華料理など)や生活習慣の改善(運動や趣味による体と脳の活性化など)だけで27%程度の進行抑制は可能です。仕事や趣味などで、日頃から脳を使って活性化してボケる暇がないようにするだけでかなりの効果があります。
 
それに加えてドコサヘキサエン酸(DHA)、スペルミジン、メトホルミン、ビタミンD3の併用は、副作用がなく、認知症の予防だけでなく健康寿命を延ばす効果があります。さらにラパマイシンを追加するかは個人の自由です。物忘れを自覚したらラパマイシンを試してみる価値はあります。


数年前に、ある週刊誌から「自分が最も罹りたくない病気は何か」というアンケート調査が来ました。私は「アルツハイマー病」と回答しました。個人の本質は大脳にあるので、その大脳が自分を認識できなくなれば、生きていく意味がないという理由です。
 
私自身は認知症にならないように 食事や運動を含め、ラパマイシン以外のサプリメントや薬はかなり以前から実践しています。ブログやNoteや本を書いているのはボケ防止の目的が半分以上あります。70歳を超えて文章をまとめる速度が遅くなったので、ラパマイシンも検討を始めた次第です。

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