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銀座花伝MAGAZINE vol.19

#目に見えない大切なこと #GINZA鳥獣戯画   #仕掛け路地   店主の闘い

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銀座を歩いていると、街角の隅に愛らしい落書きを見つけることがあります。「落書き」と呼ぶには、あまりに美しいその壁画は、作者不明のまま街の一部になっていて、人気の少なくなった銀座の街に謎解きの明かりを灯しています。

「安心・安全」のスローガンが絵空事に思える国の感染対策に翻弄される商店主たち。400年の歴史の中でも最も過酷な試練の時を迎えています。

銀座に生き続ける「見えないものを見る」視点、伝説の店主が夢を叶えた「路地の物語」、街を守り続ける動物たちの「鳥獣戯画」、「おうちで銀座スタイル」を楽しむ知恵、などとっておきの物語をお届けします。

銀座は、日本人が古来から持ち続ける「美意識」が土地の記憶として息づく街。このページでは、銀座の街角に棲息する「美のかけら」を発見していきます。

M19目次


1.  目に見えない大切なこと 


「本当に大切なことは目には見えない」                            サン・テグジュペリ「星の王子さま」より

世界中に大きな影響を与え今日でも読み継がれている「星の王子さま」は、大人に向けて描かれた寓話文学だと言われています。上の言葉は、物語のクライマックスで、ひとりぼっちで旅をしてきた孤独な王子さまに対してキツネが放つ台詞です。「孤独」を乗り越えるためには「きずな」が大切であることを伝えようとする場面ですが、美しいサン・テグジュペリの直筆挿絵で綴られた物語には、実はもう一つ隠されたテーマがありました。

作中に悪者として描かれたバオバブの木は、繁殖力が強いので種を放っておくと一つの星をも覆い尽くしてしまう恐怖の植物です。悪い木が三本絡みあいながら一つの星を壊していく絵になっています。この本をサン・テグジュペリが書いた時代、世界は第二次世界大戦の真っ只中でした。ドイツ、日本、イタリア(三国同盟)が世界を壊してしまうのではないか、そんな不安に彼自身が苛まれていた心情を表しているというのが定説です。まさに、彼は大切なメッセージを物語の奥底に忍ばせたというわけです。


M19バオバブ


現代人は数字にこだわり、時間に追われ、子供の時の心を見失い、時に大切な友達のことを置き去りにしてきました。科学技術が発達して利便性、合理性が高まった一方で事の本質や美しさをどうでも良いものとしてきた人間への尊い警告ではないかと思えます。この物語には、大切なものを失ってしまった大人たちに、自分や友、そして街を取り戻して欲しいという作者の切なる願いが込められています。



街が壊れゆく中で

日中でもシャッターを下ろしている老舗専門店。休業なのか、業態替えの改装なのか、はたまた閉店なのか外からでは伺い知れない様子が、返って未曾有の経済の深刻さを伝えています。先行きに戸惑う不穏な状況は、コロナ発生から1年3ヶ月を過ぎてもなお悪化の一途を辿っています。

店の入り口を半分だけ開けている、安永年間創業の足袋の老舗「大野屋」。「しばらくお休みします」の札が下ろしてあるのに、それでもお客様がいらしたらお声くらいはかけたい、という店主の切実さが伝わる引き戸の空間です。まだ、街も明け切らない早朝の時間、女将さんが店の前を丁寧に掃き清めて、水を撒いている姿に出会います。手桶に水を入れて、手際良くお湿りを施すその所作は日本人の原風景に出会ったような気がします。

「店を開けないのに、長年の習慣ですね。お客様を出迎える準備をしてしまうんですよ・・・」

江戸時代から250年、日本文化の足袋や小道具などを扱ってきた老舗店の隙間からは、江戸風情の手拭い、小袋などが並んで見えます。店主の何とか日本文化・銀座文化の一端を担い続けたいという心意気に頭が下がります。店主が持つ心がけが、その場を立ち去った後でも胸に残るようです。


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ウイットな雨音

銀座中央通りをはさんだ6丁目GINZA SIX前は、手技の職人芸が光る老舗専門店が軒を連ねるエリアです。時短しながらも営業を続ける創業125年「岩崎眼鏡店」は手作り眼鏡の老舗、創業117年の「菊水」はオリジナルパイプの専門店、そして明治期に日本初のステッキ専門店として誕生した「タカゲン」は創業138年になります。タカゲンは手作りのステッキや傘の柄などを手作りする専門店で、職人が手作りで一本づつ丹念に木型からつくる技が今も生き続けています。


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ところで傘は何のためにあるかご存知でしょうか? 雨に濡れたないため?確かにその通りですが、傘に変わるものが発明されたら「ノーベル賞もの」だとよく言われる理由を考えると、必ずしもその利便性だけで存在しているのではないようです。

以前、タカゲンのご店主に「傘は何のためにあるんでしょう?」とあまりに当たり前のことを伺ったことがあります。


「そりぁ、雨の音を聞くためですよ」
・・・・「!」

なんて、ウイットに富んだ想像力だろうと感激して店主の顔をまじまじと見つめてしまったものです。それが、奇跡のグッズと呼ばれる所以か! と妙に納得してしまいました。銀座の老舗店主はいつも品物の真の物語を教えてくれる賢人のように店を守っています。


M19水色




2. 銀座  「鳥獣戯画」    粋でお茶目な店主たちの仕掛け

 

M19ライト路地


銀座中央通り、銀座2丁目付近。宝石の世界ブランド・ティファニーの前を通りかかると、暗闇から手を引っ張られるように無意識に潜り込んでしまう路地。そこは一歩足を踏み入れると、摩訶不思議な大きな赤い球形が路地を照らし出していて、「ここはどこ?」状態に。誰がこんな仕掛けをしたのでしょうか。


▪️たくさんの   「?」   を発見する   ミステリアス・シティ


碁盤の目を思わせる形状の街銀座は、時として縦糸と横糸が丁寧に紡がれた織物のようだとその美しさが語られます。ところが織物には、まるでほころびに当て布をしたような異質な面白さをすべりこませている路地が織り込まれていて、また別の次元の銀座の顔を映し出すのです。光と影、乾きと潤いを呼び込む「路地」に潜る時の衝撃、その正体は路地が創り出す「ミステリアスな異空間」への驚きと興奮に違いありません。

そんなドキドキするような路地を仕掛けるのは、商売への情熱はもちろんのこと“ちょいお茶目”なユーモラスさを兼ね備えた老舗店主たち。彼らのひそひそ話に耳を傾けながら、伝説の路地の世界を少しだけご案内しましょう。


◆店主の情熱で夢を叶えた ー伝説の仕掛けー


「カフェの中を路地が通り抜けたら、さぞかし面白いだろうねぇ」

洋装店を営む銀座の重鎮店主が経営するビルの隣に、新しいコーヒーチェーンが入居するという場面で重鎮が発した一言。新参者(しんざんもの)の大手コーヒー・カフェ・オーナーも少し緊張気味にひそひそ話に応じます。

「そりゃまた、どこにもない路地になりますねー」

と恐々ながら目を輝かせるオーナー。

「だけどね、これには1つ問題があるんだよ」と重鎮。

「はあ・・・」とオーナー。

「うちのビルの裏路地と、おたくのカフェの間にクロスする公道。これをなんとかせにゃいかん」

「確かに役所がらみは面倒ですからねぇ」

「だけどね、世の中にない路地を造れる千載一遇のチャンスなんだよ、君」

重鎮はこの街の歴史を語り継ぐ銀座の守り人。人が歩いて街を楽しむことができる仕掛けは「回遊性」にあるとして、銀座は「ヒューマンスケールの街」という合言葉まで生み出した御仁です。重鎮にしてみれば、それこそが街の魅力なんだという信念で路地造りを長年熱心に進めてきたのです。ここは、なんとか実現したいんだ、とオーナーに膝を詰めます。

「ど、どうしましょうか・・・」 おずおずと次の言葉を待つオーナー。

「伝説の路地を作ろうじゃないか、  “一念岩をも通す”    だ!」

無垢な情熱に気落とされながらも、まちづくりに情熱を燃やす重鎮の心意気に心底から感動したオーナーはついに同意。

それから、区役所を巻き込んでの「地権者三人」が入り混じる銀座7丁目ビル裏の路地造りが始まります。てんやわんやの末、公道側が譲る形でカフェの真ん中を路地が通り抜け、私有地がそこにクロスし、路地の入り口にはあたかも近未来を感じさせる「自動ドア」が設置されることとなりました。路地に出入りするのに自動ドアをくぐるなんて、世界広しといえどもこの銀座の路地以外にはあり得ない仕掛けでしょう。

銀座中央通りの側から見れば、7丁目交詢社通りから靴の世界ブランド ・フェロガモ、魯山人デヴューの老舗・黒田陶苑、海外宝石商の数々、スペインの老舗人形陶器店・リアドロ、和菓子の老舗・虎屋そしてドトール・プレミアムカフェ、ギンザのサエグサ、果ては資生堂まで、世界の名店が軒を連ねるその裏側で繰り広げられた「伝説の路地造り」の攻防。言ってみれば、たった一人の強い思いを持つ店主によって、この夢は叶ったのです。そこには街を訪れるお客様への譲れない愛情があふれていて、ドアの開閉を体験する度に店主のパワーが降り注いで来るようで、その美しき仕掛けに胸が熱くなります。

*現在「虎屋」ビル建て替え工事中のため「伝説の路地」の通り抜けはできません。

M19光



◆街の空間を動かす 鳥獣たち

銀座を生きた街にしているのは路地だけではありません。銀座の街角に生息する鳥獣たちの物語をお話ししましょう。え?銀座に鳥獣?  ー実は銀座には、たくさんの種類の動物たちが歴史を超えて生き続けているのです。


・米神(狐)が降り立つところ


銀座7丁目のその伝説の自動ドアを真っ直ぐに進み、暗闇の路地がたどり着く先は神聖な世界。暗がりから少し明かりが見えた場所で右手に目を向けると、美しい朱塗りの空間で狐にバッタリ出会います。銀座の歴史や事の顛末を見守り続けてきた、豊岩稲荷(とよいわいなり)には実に気高く凛々しい表情のが鎮座しています。狐は古来より稲の害虫を食べることから稲を守る神様「米神」とされてきました。

豊岩稲荷の建てられた年月は不詳ですが、明智光秀の家臣 安田作兵衛が、主家の再建を願ってこの地で神様を祀ったことが始まりと言う事だけが分かっています。もとは一般的な神社の形態だったそうですが、ビル建設の影響で、路地奥に潜む形に姿を変えていると言います。

民俗学者・柳田国男が日本が近代化する時の日本人の暮らし方と心の変化について「食物」と「産土思想」(祭祀)の関係の深さを明らかにしていますが、この豊岩稲荷も例外ではありません。豊岩の狐は日本書紀でいえば宇気母智神(うけもちのみこと)=古事記では大宣都比売神(おおげつひめのかみ)と呼ばれる食物を司る神が原始でした。時代とともにご利益が「縁結び」と「火防」に形を変えながら、地元の守り人たちによって今日まで大切に祀られてきています。

大正期の歌舞伎役者15代目 市村羽左衛門(いちむらうざえもん)美輪明宏(みわあきひろ)など元銀巴里(ぎんぱり)のスターたちも通い詰めたと伝えられる隠れた聖地。磨き浄められた参道は朝陽を浴びる早朝には、光り輝いて見えます。

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・ 神様の使い 縁(猿)結び


M19猿の参道


銀座4丁目にある老舗天賞堂に程近い宝童稲荷参道」入り口で、番犬のようにこの稲荷を守っているのが。実はこの参道路地は、名古屋商工ビルの建て替えに伴い、オーナーが私有地をわざわざ開放し宝童稲荷への参道を通したという謂れある道なのです。この稲荷の歴史は古く江戸時代、将軍の子息の早逝を防ぐために江戸城内に祀られた子育祈願の稲荷神社を、江戸中期頃に城に仕える町名主 弥左衛門(やざえもん)が町内の守り本尊として分祀し、氏神として祀ったもので弥左衛門町の名の起こりでもあります。

この土地は昔から、起業家の登竜門と言われ、ミキモト、味の素、電通、損保会社他多くの企業がこの地の4畳半一室から会社を起こして大企業へと成長したという記憶を持ちます。猿には「神の使い」として、魔除・守護神の御加護があると言われ、今日も参道から縁(猿)結びのパワーを放っています。


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・商法の秘伝書 「ライオンの巻」 


M19ライオン像


銀座に生き続ける面白い言い伝え。この街は小さな老舗専門店が支えているという特徴を持つので、「小さな店ほどお大きな顔をする」という習わしがあるというのです。そのことは町会など街を運営する組織のあり様にも如実に現れていて、百貨店や商業施設、大手企業などは組織に名を連ねることができません。つまり、街をどうするかという発言権は老舗専門店が決める、という意志の現れなのでしょう。

日本初の百貨店として誕生した「三越」は、まさに大きな小売店の代表です。銀座の習わしに挑戦する様に、入り口に鎮座するライオン像。この堂々たる出立は、1914年(大正3年)創業者 日比翁助(ひびおうすけ)によってもたらされました。ロンドンのナショナル・ギャラリー前のトラファルガー広場にあるネルソン提督像を囲むライオン像がモデルで、それを模した彫刻家・メリフィールトの模型を鋳造家・バルトンが制作したといわれています。店のモデルはイギリスのハロッズ百貨店、イメージキャラクターに「ライオン」とは、徹頭徹尾イギリス仕立てです。新しい時代に、斜陽の呉服店を新しい業態に変えて「百獣の王のような百貨店を誕生させたい」という心意気と実行力で歴史に名が伝えられました。無類のライオン好きから息子に「雷音」(らいおん)と名付けたというお茶目な逸話もありましたね。

そもそも三越の前身 「越後屋」といえば、三井家 家祖の三井高利の取り組んだ商法こそが大きな遺産です。古い呉服商から脱皮するために、店頭売り、現銀掛値なし、切り売り、仕立て売りという商いの革命を起こしました。今でも語り継がれるのは、突然の雨に「無償で傘を貸す」お客様思いの姿。

すべては「お客様のため」に ー 越後屋の商いが光り輝いた時代、この熱いポリシーこそがお客様の心を掴んだのでした。そんな秘伝を讃える象徴ライオン像の眼差しが銀座のへそ4丁目交差点を見つめています。


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・鳩居鵲巣(きゅうきょじゃくそう) 借家住まいの美意識



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鎌倉時代の武士 熊谷直実(くまがいなおざね)の20代目  熊谷直心(じきしん)が薬種商として創業したのは1663年(寛文3年)、1300年を超える老舗「鳩居堂」店頭では、鳩が青空に向かって眩しく羽を広げています。

江戸時代の儒学者 頼山陽(らいさんよう)著「鳩居堂記」の中に、この店の由来が出てきます。そこには儒学者 室鳩巣(むろきゅうそう)によって、中国の最古の詩集「詩経」の一節「維鵲有巣 維鳩居之」(これかささぎのすあり、これはとこれにおる)から命名されたと記されています。それによると、鳩は巣作りが下手でカササギの巣に平気で住んでいる、すなわち『借家住まい』ということを意味する名だったことがわかります。その真意は何だったのでしょうか。

4代目主人は、ある人にこう尋ねられました。
「鳩居堂は既に4代、百余年にも亘って老舗として繁盛しており、自分の店舗もしっかり持って営業している。これを称して借家住まいという屋号は、おかしいではないか。」
返答に困った主人が頼山陽先生に助けを求めました。
「家であれ国であれ、自分一代で成ったものではなく先祖代々受け継いできたもの。謂わば先祖の家に借家住まいしているようなものであり、もともと自分のものではない。そもそも国家や商売が衰えたり滅びたりするのは、そのことを忘れて自分のものだと思い、過ちを犯すからで、先祖からの預かり物だと思えば決して疎かにせず、つぶれることもないのです。」

今日に伝わる、老舗商いの哲学。鳩居堂はその名の如く、店を自分のものと思わず先祖そして世間からの借り物、預かり物であるということを忘れずに、謙虚な気持ちで商いに励んでいるからこその繁盛だというわけです。

書画・和紙を中心に日本文化を守り続ける商いの姿勢。屋号に込められた思いが鳩のオブジェとなって、銀座の空に羽ばたいています。


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・漱石も心踊らせた 「猫の恋」


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並木通りに朝日新聞社があった頃から、銀座は夏目漱石にとって馴染みの深い街でした。1888年に大阪から東京に進出した朝日新聞社が、社屋を有楽町に移転させるまでの間、本社を置いていた場所です。ちょうどその頃漱石は東京帝国大学講師を辞して「東京朝日新聞」に入社したてで、猫を題材とした小説も発表する一方、俳句の季語として「恋猫」(恋に憂き身をやつす猫のこと)の言葉を小説や句集などによく登場させています。

恋猫の眼ばかりに痩せにけり
夏目漱石「漱石全集」


銀座4丁目の交差点「恋猫」をご存知ですか? 交差点角地の三愛ビルのオープン・カフェに静かに鎮座する猫、実は二匹いて名前を「ごんべえ」(オス)と「のんき」(メス)といいます。ほとんど素通りされることが多い猫オブジェですが、三愛ドリーム館が銀座に誕生した1963年に生まれた彫刻猫で、それ以来「恋を招く猫」として親しまれてきています。ノルウエーの御影石(みかげいし)を使ったこの作品、頭や顔を擦ると恋愛ご利益があるというので時を経てほとんど表情が読み取れなくなっています。しかしこのオブジェ、驚くのは世界的な彫刻家の手によるものだということです。

作者 流正之(ながれまさゆき)は、ニューヨーク近代美術館に作品が所蔵されるなど米国で活躍している世界的彫刻家、作庭家です。1964年にニューヨーク世界博覧会で壁画「ストーンクレージー」(日本から2500個、600tの石を運ぶ)を展示し話題に、1975年には、ニューヨーク世界貿易センターのシンボルとして約250トンの巨大彫刻『雲の砦』をつくり国際的芸術家としての地位を固めたと言われています。また、作品『受』はニューヨーク近代美術館の永久保存作品(パーマネントコレクション)として収蔵されており、1967年には、TIMEが選ぶ日本を代表する文化人の一人に選ばれています。イサム・ノグチと交友が深くアトリエ建築にも関わり、同郷の香川県に美術館「NAGARE STUDIO」が建設されています。

銀座の街角にある何気ない猫の彫刻ですが、銀座を起点に交流する作者の背景が想像力を刺激してくれて、予想もつかなかった物語の発見に心躍ります。


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・天上から聞こえる 馬の爪音 


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古来より縁起の良い動物とされる馬。馬の蹄(ひずめ)デザインといえば、女性たちの憧れ世界的な老舗ブランドHERMES(エルメス)。1837年創業の手仕事を極めた革製品やスカーフなどの世界ブランドの代表です。数寄屋橋交差点に差し掛かったら、銀座のランドマークでもあるメゾン・エルメスの屋上を見上げてみてください。

そこにはスカーフを持った騎馬像「花火師」が設置されています。1987年、エルメスの創業150年を祝ってセーヌ川に色とりどりの花火が打ち上げられた際、5代目ジャン・ルイ・デュマ・エルメスがその美しさに感動し、「人々の心が集まる」という願いを込めて「花火師」像が創られたと伝えられます。以後、花火をスカーフに持ち替え、守護神のように店舗の屋上に司られているのです

エルメスは、1837年に創業者ティエリ・エルメスがパリに高級馬具工房を開業したことが始まりでした。その後、自動車産業の躍進・馬車文化の衰退といった時代背景に伴い、その上質な皮革を使用した鞄や財布などをつくり出す皮革製品事業に転身。そんな馬具工房が始まりだった老舗のロゴマークには、馬・馬車・従者が描かれています。面白いことにエルメスのロゴを見ると馬と従者はいるのに肝心の主人が描かれていません。これは、エルメスの「主役はあくまでもユーザーにある」という考え方の現れだと言われています。従者は職人、馬はブランドアイテム、描かれていない主人はお客様自身というわけです。

優れた手技と誇りをもった職人が魂を込めて作り上げた最高の品を届けますから、どうぞ使いこなしてください、と老舗哲学を表しているのですね。

屋上の馬に乗る花火師が掲げるスカーフは、シーズンごとに新たなデザインが飜(ひるがえ)るとか。なんという贅沢、まさに老舗の逸品を神様(馬)に奉納するという神聖な気持ちが伝わってきます。


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まだまだ街にあふれる銀座「鳥獣戯画」。江戸時代から続く銭湯の「鯉」や、老舗画廊の看板「とんぼ」像・・など。どれ一つとっても、創業者の商いへの願いと情熱が形になって、人々に伝え続ける街のカルチャーです。




3. おうちで銀座スタイル

◆生命力を感じる  「 季節の旬菜」 ー銀座和久多ー


M19和久多料理

銀座には、他の人には教えたくないご贔屓だけが知っている隠れ家的日本料理屋がいくつかあります。レトロビルとして有名なニッタビル近くの一角にある「銀座和久多」は、そんな知る人ぞ知る名店の一つです。銀座の片隅でひっそりと丹念に紡ぎ出す「日本の季節」を表現した味の風情。こんなに季節感を忠実に意識して、旬の素材の声を届けてくれる日本料理は、実はありそうで決して多くはないのです。これは偏に店主の人徳から醸し出される美意識がその理由ではないか、と私は常々考えています。

もしこのご店主の人柄を一言で表すのなら「誠」。一般的には儒教の徳目として「精神的な意味での誠実さ」を指していますが、特に人との交わりをなすときの心の純粋さを表すことが多いようです。明治維新の精神的指導者であり思想家の吉田松陰が生き方の信条として「誠」を掲げた話は有名ですが、「心に思うことを実行に移すこと」「その一点に集中すること」「ことが成就するまで持続すること」という3つの心得が人が人であるために最も大切なことだとしています。この考え方は現代においても、リーダーと言われる人々を中心に広く影響を与え続けています。

ご主人の料理に触れるたびに、この「誠」のイメージが彷彿として、「本物」とはこういう人物を言うのかと唸ることが度々ありました。

M19和久多篆刻


10年前に、映画「おくりびと」とのご縁をきっかけに、撮影場所であった山形県の土手堤の桜の枝が蕾をつけたまま伐採され破棄される事態に心を痛めた農家さんから「なんとか枝を生かしたい」と言うご相談がありました。その熱意に蕾のついた枝を銀座に持ってきて中央通りで桜を咲かせようという企画が生まれ、桜再生「銀桜プロジェクト」が立ち上がりました。

銀座の老舗から料亭、専門店、デパート、ホテルまで約200店が協力くださり、2万本の桜を銀座4丁目の交差点付近やそれぞれの店頭ディスプレイ、店内の設えにと活用披露され、銀座を訪れたお客様に大いに喜んでいただけることになりました。ところが、このプロジェクトにはもう一つの課題が残されていました。桜の花が咲き終わった時、その枝を再利用(箸やストーブのチップスそのほかのグッズに)するために回収してこそ、本当に桜を生かすことになる、という循環経済の考え方の実行です。これには大変な人手が掛り、プロジェクトは最後の最後でテンテコ舞いし頓挫しかかったのです。そのときに和久多のご主人は枝を自転車にくくりつけて、当時桜の回収場所にと提供していただいた旅館「銀座吉水」まで運んでくださったのでした。言葉数の少ないご主人が黙々と自転車で何度も往復する姿、仕込みの合間をぬって時間をやりくりしながら駆け付けてくださったその真剣な表情が今でも忘れられません。それは、桜を再生することを「自分ごと」として捉えての熱意からくる行動に他なりませんでした。そうしたお力添えがあって、桜の枝は銀座で喜びの花を咲かせて後、無事故郷に帰ることができたのです。

人徳と料理は通じていることを発見したのはその時だったと記憶しています。「素材の顔が聞こえる」料理を目指して日々精進する姿に、心が洗われるような憩う時間を求めて通われるお客様の心情がそこにあるのです。

今回のコロナ禍の中でも、経営の厳しい中新しい未来に日本文化が息づいていけるようにとの願いを込めて、自宅で味わえる「季節の旬菜お弁当」(週替わり)を提供しています。お店でいただいたあの季節の香りが、自宅にやってきて、目の前で体感できる驚き。


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品目の多さと心尽くしの料理の妙をご紹介しましょう。

・まずはお椀(下段中)から。「油目葛打ち」は、油の乗った油目がふんわり出汁の真ん中で存在感抜群。程よい昆布だしを一口味わうと、舌の上が整って葛打ちした魚の滑らかさがするりと抜けていきます。順菜、茗荷、梅肉の合わせ技がとっても斬新です。
「旬菜ちらしご飯」(下段左)には海老の風味、茄子、玉蜀黍、青豆が深みのある出汁で炊き上げたご飯の中で踊っているようです。そこに隠し味はしば漬け。その絶妙さに思わず舌鼓。
「鮎塩焼き」と「銀鱈柚庵焼き」(上段右)。あゆと銀だらが一緒に食せる喜び。鮎は香ばしさを引き立てる蓼酢をつけていただく。蓼にはぴりりとした独自の辛みがあるので、レモンに変わる日本風酸味が実によく合います。
「甘鯛唐揚げ」「和牛八幡巻き」(下段右)他、だし巻き、もずく、鮑煮、子持ち昆布等々、甘煮ニンジンやトマトの湯むき煮、パプリカなど野菜たっぷりの箸休めも粋な計らいです。特に甘鯛の唐揚げの味深いこと。絶品は和牛八幡巻き。和牛に包まれたゴボウの甘辛い味付けはご亭主自慢の隠れた一品。
・メインディッシュは「和牛ロース肉と賀茂茄子の数奇煮」(上段左)。強い抗酸化力があるとされる旬の野菜賀茂茄子が、牛肉のエキスとやや甘味を含んだ出汁をたっぷり吸い込んでなんというまろやかさでしょう。蕩ける牛肉の味わいがとても贅沢です。九条葱と山椒が牛肉の味を引き立てています。

器付きのお料理は、クール便で届きそれぞれのお料理の温め方など指南書に沿って電子レンジ活用で出来立てのお料理に生まれ変わる仕掛けです。価格もこの素材の贅沢さで3,800円〜とは恐縮してしまうくらいです。(私は今回、自分記念日のランチとして5,000円予算(送料別途1,000円)でお願いしました)

自分へのご褒美や記念日だけでなく、お店に出かけるのはちょっと不安、という親御さん世代にも「日本料理の粋」を自宅で体験できてかなり喜ばれそうです。まさに、命が延びるような自然の生命力を感じる御膳だと言えます。

形だけの宅配食ではない、「本物」を体験したい方にはおすすめの「銀座和久多」の季節旬菜お弁当。店主の心意気とともに一度チェックしてみてください。

*価格、ボリューム、お好み等々、細かく店主が相談に乗ってくださいますので大いにご活用ください。

↓HP(新着情報より週のメニューを確認できます)


M19夕焼け



◆品格あるオブジェのような2Sバッグ  ー銀座和光ー


M19和光時計台

銀座を語る建築物といえば、銀座のランドマーク「和光」時計塔です。

第二次世界大戦下、東京大空襲で銀座と時計塔の周辺は全て焼け野原になりました。この時、奇跡的に残った和光の時計塔ですが、その後文字盤3面が破損してしまいます。戦後、イギリスから文字盤を輸入して修復、連合国軍の接収が解除されようやく再開を果たすことになります。時計塔の文字盤の下や建物の2階、7階の窓部分にあしらわれたブロンズのアラベスク(唐草)装飾の繊細な透かし模様が和光の建物に品格をもたらしています。

ネオ・クラシック建築の建物には、こだわり抜いた装飾が他にもあります。銀座4丁目交差点に面した1階正面入り口上部のファザードには、5種類のレリーフがあしらわれています。

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左上から貴金属を示すカップ、開店当時の服部時計店の紋章(「服部時計店の頭文字H」)、商業の神にまつわる紋章、左下から服部時計店の紋章、砂時計、転鏡儀がデザイン化されています。和光の前に佇んだ時には、ぜひ建物を見上げてみてください。これらの歴史ある和光の美意識レリーフは、銀座の歴史を見守り続けた物語を私たちに語りかけてくれます。


ところで、和光は国内外にある優れた美意識のある商品を選りすぐり銀座を訪れるお客様に紹介しています。その和光はこれまで謹製のエコバックを様々な形で制作・リニューアルしていますが、今回提供の2Sバッグ(Special Shoping Bag)は活用範囲の広い、手軽であるのにちょっと上質の品のある優れもの。食材買い出しのショッピングカート🛒サイズにぴったりで、33リットルとかなりの量が入ります。保冷機能、断熱機能、巾着カバーなど細部にこだわりのある作りにもかかわらず、70gという超軽量です。コンパクトにたためるので持ち運びもラクラクで車移動でない時も助かるグッズ。面白いのは実はこれ、和光ファンクラブ仕様のムック本の付録という提供の仕方です。和光監修ゆえの品質の確かさを感じさせる値段も手頃な普段使いのバッグと言えそうです。

買い物シーン活用の他にも、私は自宅の整理整頓用にマガジンを入れたり、オブジェとして空間をちょっとスタイリッシュにしたい時に使っています。材質といい耐久性といい、銀座をおうちで感じられるグッズをお望みの方には嬉しい逸品かも知れません。


M19和光バック




M19ケシの花



4. 銀座情報 スペクタクル能 配信決定!

▪️「神・鬼・麗 三大能」∞2020 坂口貴信 演出・主演         伝統芸能(観世能)× 映像最新技術(東映)   8月配信


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観世清和(二十六世観世宗家)監修                  総合演出・主演:坂口貴信(観世流シテ方) 出演:観世三郎太他             演目:「高砂」「紅葉狩」「胡蝶」

2020東京オリンピック延期に伴い、順延されていた能楽公演。丸の内TOEI での「スペクタクル・ライブステージ 」として実公演が予定されていましたが、今般の新型コロナウイルス感染拡大と政府の発表を鑑みて、この度配信公演の決定となりました

配信とはいえ、 実公演と変わらないライブ感をそのまま、人気演目「高砂」「紅葉狩」「胡蝶」のクライマックスを一気に鑑賞することが可能とっている点、能の世界をダイジェストに体感してみたい方には願ってもない機会です。3面スクリーンを設置した映像とのコラボレーションというメディアとの融合も見所の一つです。さらに今秋には VR での上映も予定されています。日本芸能と最先端技術の融合という誰も見たことのない新たな能舞台をご自宅でお楽しみいただけます。

ミレールにて8 月27 日(金)より先行配信予定              購入ページ:https://share.mirail.video/title/0720439)
配信レンタル(7 日間)価格:税込550 円、                 配信購入(無期限視聴)価格:税込2,750 円
※iOSによるIAP(アプリ内)課金はレンタル税込610 円、購入税込2,820 円。
※その他配信事業者では、9 月以降順次配信予定です。


M19ティタイム



5. 編集後記(editor profile)


「銀座がたくさんの皆さんの思いの上に成り立っていることを知り、心が熱くなります」

私共が伝えようとしてる「老舗応援」「日本文化応援」に関心を寄せてくださる出版社の方とお話しする機会がありました。お話をした直後に届いた一枚の礼状。一見華やかさだけが際立つこの街が、実はお客様をもてなすために知恵と熱意を注ぎ続けていること、人と人のきずなで困難を乗り越えてコミュにティが成り立ってきたことに「大変驚いた」というのです。お話を受け止めてくださった有り難さと共に、一方で一抹の懼れ(おそれ)の気持ちもよぎります。

思い込みは、目の前にある物の本当の姿を歪めてしまいます。それを取り除くには、新たな物語の上書きが不可欠なようです。

「虚心坦懐(きょしんたんかい)」                  先入観なく、素直に、感動できる、この心得で生きることの大切さに気づかせてもらう毎日。弾力のある人間になる努力は続きます。

本日も最後までお読みくださりありがとうございます。

                                    責任編集:【銀座花伝】プロジェクト 岩田理栄子


〈editorprofile〉                           岩田理栄子:【銀座花伝】プロジェクト・プロデューサー                銀座お散歩マイスター / マーケターコーチ
東京銀座TRA3株式会社 代表取締役
著書:「銀座が先生」芸術新聞社刊

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