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能役者 坂口貴信 能舞台写真ギャラリー  銀座花伝MAGAZINE Vol.34 《特別編》

#能役者 #坂口貴信 #能舞台 #写真ギャラリー #名場面

【はじめに】
第10回「坂口貴信之會」公演開催にあたり、昨年の「坂口貴信之會」以降に師がシテ方を勤められた能舞台の中から、感動を呼んだ名場面と観賞解説を併せてお届け致します。現代の能楽界にあって、師の「技によって技にとらわれない」超絶表現、心動かされる優美な謡、時に気魄を生む仕舞の芸術性は驚きの進化を遂げています。この1年の足跡を、美しい装束とともにお楽しみ下さい。

*本ギャラリーに掲載されている「坂口貴信能楽師」の全ての画像に著作権があります。無断転載・複製は固く禁じます。



◇能舞台写真ギャラリー


◆能  『山姥』 (やまんば)


撮影 駒井壮介


撮影 駒井壮介



撮影 駒井壮介



撮影 駒井壮介


【第9回「坂口貴信之會」 2021.9公演レビューより】


「山姥」について、世阿弥は著作の芸談書「申楽談儀」の中で、「名誉の曲舞どもなり」と表現し、この曲舞を自ら称賛している。山姥をただの鬼ではなく、その「心」が能に登場しているのだと述べ、「鬼神をも和らげる歌の心」それこそが「幽玄」であるとその真髄にも触れている。       坂口師の能舞台は、世阿弥をして自ら称賛させるに値する息をのむような見事な構成の【山姥】の深みを感じる名舞台であった。
細やかな解釈からの起伏に富んだ表現の下、大自然の象徴を含む、さまざまな要素を絡み合わせながらの目まぐるしい場面展開とともに、人間国宝・亀井忠雄師(大鼓)の卓越した音色との妙技のせめぎあいが見どころとなった。

神々しい仙女の様な山姥

登場した山姥の風貌について、詞章には髪は乱れた白髪で、眼は星のように輝いて、顔色は朱に塗られた軒の鬼瓦のようで、その恐ろしさを何に例えようか、と百万に語らせるが、この舞台での山姥の印象は、険しい形相とは裏腹に「何と神々しい」という印象だった。髪はほぼ金髪に近く、装束の厚板(あついた)は、綿や唐織り等で織り込まれたダイナミックな格子の幾何学模様が実にモダンで、橙、金、黄色の華やかさもあり高級感が半端ないのである。人間、 自然、宇宙に開けた叡智の化身を思わせる世界観を想像できる装束演出だと感じた。
その艶やかな装束を纏いながら、坂口貴信師の謡は驚くほど抑えた声色で舞台を彷徨う様な風情をかもし出す。そのギャップに驚き舞台を凝視してしまうのだ。
山姥の異形の顔つきに恐れを為す百万だが、山姥は「私を恐れなさらぬように」と諭す。次第に恐怖をぬぐい去り、山姥の話に耳を傾ける百万の変化が坂口師の謡の豊かな表現力で表しつつ、ストーリーが押し進められて行く。


天に届く曲舞と鼓 —幽き異界のアクロバットー

曲舞のリズムを音曲芸能としての謡に取り入れ、曲舞がかりの謡を創始したのが観阿弥で、能の謡に拍節(リズムが一定の拍の単位に従って周期的に反復する)が伴うことが大きな特徴である。大小の鼓に合わせて謡いつつ扇を持って舞う、まさにその掛け合いが見どころである。
 今回の囃子方亀井忠雄師(大鼓)の音色は見事であった。能楽堂に響き渡るカーンという固い音から入り、お囃子の基本リズムを大鼓が刻み、進行のきっかけを作る役目でもある。人間国宝が為せる極意は、鼓は「かけ声」「間」「音」の三つが命だと言う。
今回の曲舞の鼓においてはこの三秘技が、これ以上無い程の黄金律で舞台上を跳ね上がっていた。卓越した天にも通じる音とはこういう音色をいうのではないか。シテ坂口貴信師の謡をひっぱり、能舞台の上のシテの舞が鼓の音の駒の上で、まるで旋回している様な迫力だった。それにさらに輪をかけて上昇気流をもたらす坂口師の謡の緩急鋭い変化と舞のめまぐるしさとに富んだその場面は、言葉には表せない程の大迫力であった。



◆能   『石橋』  (しゃっきょう)


撮影 駒井壮介



撮影 駒井壮介


【MUGEN∞能 2021.11公演レビューより】 


身体の限界を極める獅子舞 

「石橋」の後場・獅子舞のやり方については観世流では3通りほどあるというが、【MUGEN∞能】では、大獅子には白獅子(シテ 坂口貴信師)、赤獅子(ツレ 林宗一郎師)の他に、ツレ赤獅子2名(関根祥丸師、井上裕之真師)の若手能楽師が演じた。次世代の希望をまとった「石橋」は、どよめきが起きるほどの感動を呼んだ。フィナーレでは、見る人々に明るさと清々しさをもたせた舞台に惜しみない拍手が送られていた。

希望の舞 / 力強さとたおやかさと

坂口師の「白獅子」は、霊獣感漂う「獅子口面」を身につけ、緩急鮮やかな動きは実に力強くダイナミックさが際立っている。この獅子舞は、口伝や秘伝も多く、能楽師にとっては非常に重い演目だと言われ、普通あまり見たことのない、体全体を使った驚くような所作に思わず目を見張ってしまう。

香り高く咲き誇る牡丹の花と戯れるように舞う「白獅子」は、大迫力の中に優美さも備わっていて、実に端麗だ。「赤獅子」と絡まる石橋の上での舞は、一丈台で飛び乗り飛び降りを繰り返す秘技が繰り返され、瞬きもできないほどだ。時々激しい装束の動きが牡丹の花びらを揺らし、まるでリアルな石橋の上で寿ぎを楽しんでいるかのように感じる。一方、能面の狭い視野からこの台はどれほど見えているのだろうか、などとハラハラしながら鑑賞するその時間もこの演目の魅力ではないかと改めて思う。大獅子の演出には白赤獅子を親子と見立てる設定が多いと聞くが、精悍さがほとばしる白獅子とたおやかさを忍ばせる赤獅子には活力がみなぎり、親子というより兄弟を思わせる瑞々しさが実に美しかった。



◆能    『胡蝶』  (こちょう) 蝶戯之舞


撮影 前島写真店


撮影  前島写真店



撮影 前島写真店


【「花の会」 2021.12 特別公演】

世界的ファッションデザイナーと能楽の夢の融合。観世清和×野村萬斎×坂口貴信という当代きっての三大能楽師による1日限りの共演が披露された。
能「紅葉狩」は観世清和師(コシノジュンコデザイン)、狂言「附子」は野村萬斎師(コシノヒロコデザイン)、能「紅葉狩」は坂口貴信師(森英恵デザイン)がそれぞれ勤められた。
色とりどりの蝶がほどこされた「胡蝶」装束は、まるで胡蝶の精が舞い降りたかと思わせる優美さで舞台を彩り、坂口貴信師の柔らかな舞が能舞台を一層華やかに浮き上がらせていた。



◆能    『屋島』  (やしま)


撮影 前島吉裕


撮影 前島吉裕


撮影 前島吉裕

【荒磯GINZA能 2022.2公演レビューより】

世阿弥はこの作品を、平家物語巻十一に取材した。那須与一や佐藤兄弟の話などもあり、読んでいて躍動感にあふれる楽しい作品である。世阿弥はこの中から、平家方の武将景清と義経を取り上げ、スポットライトを当てた。そして、前段では景清の勇猛振りを称え、後段では波に浚われた弓を命がけで取り戻す、義経の天晴れ振りを描いている。              本作を観世流シテ方 坂口貴信師が情感豊かに、勇敢さと悲哀を併せ持った人物像として見事に演じ切っている。                  

前半の見せ場


坂口貴信師のシテ(老翁)の柔らかな舞は、一見老いた漁師の姿をしているが、内側に秘めた勇猛さを感じさせる表現が冒頭の所作に宿る。師の足運び、細やかな足指の表情が映像を通じてじっくり味わうことができる点が何より嬉しい。


名場面 「弓流し」から勇壮な盛り上がりへ


舞の激しさと迫力ある謡が重なり合いながら、義経の闘いの場面の壮絶さを表現する。刀を振りかざす場面の血潮が飛び散るような迫力、扇の所作が義経の心模様を描く。
シテの「陸には波の楯。
から始まる、すざまじい波濤を思わせる身体の平行移動と刀使いの緩急が絶妙にシンクロして、最後の大円団に昇華させる坂口貴信師の妙技は比類のない迫力を持って見手に迫ってくる。

*本作品は【荒磯GINZA能「屋島」ダイジェスト】            (kanze theater/YouTube)でご覧いただけます。



◆能    『楊貴妃』  (ようきひ) 


撮影 駒井壮介



撮影 駒井壮介




撮影 駒井壮介

【「三人の会」2022.3公演レビューより】


気品の舞「楊貴妃」の優美

多くの能役者にとって、「女」役を自ら得心できるまでに豊かに演じることができるようになることが最終目標だと言われる。そのことは、観世流シテ方 坂口貴信師による築地本願寺で2021年4月に開催された能楽師直伝「能楽・狂言」講座で学んだことである。                 その講座において坂口師は、世阿弥作「風姿花伝」を朗読する中で、その内容に沿った演目の中でも最も豊かな表現力を求められる「女」「老人」「狂物」を主人公とした名場面の演じ方の違いを、「謡くらべ」という形で実演してくださったのだが、その内の「ことさら難しい『女』をどう表現するのか」というテーマについて、「音色(声質)を変える」という妙技を「楊貴妃」を取り上げて実演してくださった。

裏声を使わずに女性の音色(声質)を表現 ー眼前で演じられた謡の気品と流麗がシンクロした異次元の迫力に、驚き絶句した。坂口師の胸郭から放たれる呼吸の魔術としか言いようの無い表現であった。
白楽天が、玄宗と楊貴妃の悲運の愛の物語を詠んだ「長恨歌」をベースにストーリーを脚色した作品が、能「楊貴妃」である。哀切極まるこの作品をどのように坂口貴信師が表現されるのか、注目の舞台である。

心の所作 シオリ(泣く)

能の演技としてのシオルには、心の作業が必要だと言われる。先ず演者自身の身体の中に心悲しさ、ブルーな気持ちになる動きが起こる。すると自然と体が前に倒れ始め、面(おもて)の受けを曇らせ悲しい表情となり、涙腺が緩んで涙がこぼれ、思わずその涙をそっとぬぐうという一連の動作になる。これを形だけ真似た所作では観客に感情移入して頂けるような本当の強い表現とはならない、という。
シオリがおそらく7回あまりあっただろうか。その度ごとにもの悲しさの度合いを変えているかのように、坂口師の所作に強弱があった。その点だけに注目して鑑賞することも興味を満たす鑑賞法ではないかと思えて楽しくなった。


奇跡の装束

たまたま坂口師と公演直前にお話しする機会があった。その際に、楊貴妃の装束は簡単には伝書通りには揃えられないこと、今回のために観世宗家より装束を、梅宮六郎家より面を拝借し、かなり気品の高い装束が実現できたことなどの裏話をお聞かせ頂いた。舞台で私たちがこれほどの装束を目の当たりにできるのも、坂口師の舞台への熱い情熱と他家との深い信頼関係、日頃の交流があってこその賜物なのだと改めて実感した。


宙を舞う “霓裳羽衣”の舞 

極めてゆるいテンポの流れの中で、坂口師の踏む足拍子はまるでストップモーションを見ているかのように優美である。一つ一つ足を上げ舞台板を踏むまでの時間は少なくとも10秒以上あるのではないかと思われるほど。足運びが空中で一瞬止まる。空(くう)にある足先は、まるで楊貴妃の心模様を放つように豊かな表情を見せる。
この妙技は誰もができるものではない。もちろん坂口師の鍛錬によって作り上げられた体幹の見事さから生まれる所作であることには違いないが、それ以上に1秒でも長く楊貴妃の心の深淵を感じてほしいという師のこだわりと固い意思の現れであることが見て取れた。ゆったりとした舞は雅な上品さを湛え、心を捉えて離さない。楊貴妃の深い悲しみが揺蕩(たゆとう)ようで、この世のものとは思えない美しさを放っていた。


◆能 『殺生石』 (さっしょうせき)


撮影 前島吉裕



撮影 前島吉裕


能✖️歌舞伎コラボ  『二つの世界の狐』

能と歌舞伎のコラボ『二つの世界の狐』が、2022年3月観世能楽堂で上演された。能楽界からは観世三郎太師が、舞囃子「小鍛冶 重キ黒頭」、坂口貴信師は、半能「殺生石 白頭」を、歌舞伎界からは、中村壱太郎師が、「四季詠所作の花─葛の葉道行」、中村児太郎師は、三姫の一つである「本朝廿四孝─狐火之段─」の八重垣姫を勤めた。

まず観客を魅了したのは、余白の美を誇る能舞台に現れる、歌舞伎の女形の艶やかさ、「ぶっ返り」と呼ばれる衣裳替わりの演出であった。その絢爛豪華さには会場からはため息が漏れた。

能で注目されたのは、偶然とはいえ直前に報じられた「那須の殺生石が割れた」ニュースに時宜を得た演目「殺生石」。事前インタビューで坂口貴信師は「この曲について、大きな石の作り物が割れて中から現れた霊狐の、機敏な動きやテンポの良さを楽しんで欲しい。当日は観世宗家所蔵の「狐蛇(きつねじゃ)」の面を使用するのでそちらも楽しみにご覧ください」と見どころを述べられた。

能と歌舞伎の魅力がコンパクトに披露された本舞台は、観客から「おいしいところが詰まっていて初心者でも楽しめた」と大変な好評を博した。



◇観世流シテ方能楽師 坂口貴信 プロフィール

昭和51年、観世流シテ方の家の4代目として、福岡県福岡市に生まれる。東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。
二十六世観世宗家・観世清和師の内弟子として入門。8年間の修行を経て、平成22年独立。重要無形文化財総合指定保持者。東京藝術大学非常勤講師、国立劇場養成所講師として後進の育成にあたる。【MUGEN∞能】、【三人の会】同人。
他ジャンルとの競演により、能舞台以外でも能楽の普及を目指し、活躍の場を広げている。2018年、市川海老蔵『源氏物語』の歌舞伎座一ヶ月興行に参加した。また、3Dメガネで観賞する3D能や、ヴァーチャルリアリティの情報技術を駆使したVR能『攻殻機動隊』の監修及び出演。
東映株式会社の最新映像技術とコラボし、映画館を“能楽堂化”した舞台の総合演出並びに主演キャストとして携っている。
海外公演では、パリ  ベルサイユ宮殿、ニューヨーク  リンカーンセンター、同 カーネギーホールをはじめ多数の世界的ホールにて演能、好評を博した。


◇名場面レビュー記事 リンク集

公演の詳しい舞台レビューは、下記リンク先、銀座花伝MAGAZINE【能のこころ】コーナーでご覧頂けます。

↓ 能のこころ 世阿弥の名作「山姥」   


 ↓ 能のこころ 三つの『石橋』 ー獅子舞の迫力ー 


↓ 能のこころ  世阿弥 「屋島」 幽霊義経の戦い


↓ 能のこころ 気品の舞「楊貴妃」の優美 




◇「銀座花伝プロジェクト」について

【活動】                                2017年観世能楽堂が銀座に150年ぶりに帰還したことをきっかけに始まった銀座での能の朝稽古、その仲間が中心になって、銀座の老舗店を訪ねて謡を一緒に楽しむ「銀座謡の花」を創るなど活動の枠を広げ、銀座の店主や銀座で働く人々、銀座ファンなどに仲間が広がる中で、銀座から日本文化を発信する【銀座花伝】プロジェクトが発足しました。2019年5月銀座老舗店主と能楽師で創る「銀座フォーラム」、8月観世能楽堂舞台「WHAT‘s Noh」での謡発表、10月観世流シテ方 能楽師坂口貴信師をお招きして銀座の老舗・銀座もとじ店主との「余白の美」をテーマにしたトーク・ショー、2020年1月には、歴史深い香道とのコラボ体験など、バリエーション豊かな学びの場を創り続けています。

【コンセプト】
能舞台が世阿弥の創り上げた「美の文化装置」だとすれば、銀座は老舗の店主たちが創り上げる「美の感性を磨く文化装置」と云えます。名品を熱く育て上げる人々がこの美しい街を創ってきました。華やかな銀座中央通りから、薄暗い路地に足を踏み入れると、表通り以上に美しく清潔な路地が街の中に潜んでいることに驚きます。「見えない所にこそ磨きをかける」銀座の美意識です。銀座の文化・経済は美しい能や世界に誇る盆栽美術、老舗の和菓子、子どもの本、着物や国産絵具の技芸などの存在とともに、美を追求する心がある限り、100年先までも生き残って行くと、確信します。その願いを込めて、「銀座花伝プロジェクト」は誕生しました。

【MAGAZINE】                           銀座で新しく起きている「日本文化が持つ美意識」をお伝えするマガジン。今、「美意識」を企画や経営の判断基準にする時代の中で、銀座は江戸時代から400年培われ今も息づいている「美意識」の松明を掲げ、ますます「日本を明るく照らす光」でありたいと願い進化し続けています。最新の「銀座美意識」のwaveをお伝えしています。


編集責任者:「銀座花伝」プロジェクト プロデューサー 岩田理栄子


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