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離婚裁判百選⑥悪意の遺棄をもう少し突き詰める

0 はじめに

悪意の遺棄について検討し続けています。

ここでも指摘されていますが,悪意の遺棄,の判断のある意味前段階である,同居・協力・扶助義務とは,どんな内実を伴うものでしょうか?

1 ある実務本による指摘

岩井俊「人事訴訟の要件事実と手続 訴訟類型別にみる当事者適格から請求原因・抗弁まで」160頁以下(日本加除出版,2017年)は,以下のように指摘します。

イ 同居・協力・扶助の義務夫婦は同居し,互いに協力し扶助しなければならない(民752条)。婚姻の本質ともいうべき義務である。これらの義務の違反は,離婚原因となり得る。第 3 節において詳説する。ア 同居義務夫婦は,同居しなければならない(民752条)。同居が期待できない婚姻も事情によっては無効とはいえないが,特別の事情がないのに同居しないことを条件とする婚姻は,婚姻意思を欠くものと解されている。配偶者が正当な理由がないのに同居に応じないときは,同居を求める審判を申し立てることができる(家事別表第 2 の 1 )。もっとも,同居を命ずる審判が確定したとしても,強制執行はできない(民執172条による間接強制もできない。)。しかし,正当な理由がないのに同居義務に反するときは,悪意の遺棄又は婚姻を継続し難い重大な事由があるとして離婚原因(民770条1項2号・5号)になるほか,不法行為として損害賠償義務を生ずることがある。160第2章 序節 婚姻関係概説
協力義務夫婦は互いに協力しなければならない(民752条)。協力義務の違反は,離婚原因となり得る(民770条1項5号)。ウ 扶助義務夫婦は,互いに扶助しなければならない(民752条)。これは,経済的な扶助義務を意味し,夫婦間の扶養義務を定めたものである。扶助義務の履行を求める家事審判の申立ても可能であるが(家事別表第2の1),実際には婚姻費用分担義務(民760条)と重なることから,婚姻費用の分担義務の履行(家事別表第 2 の 2 )を求める場合の方が多い

ここでは,婚姻費用の分担義務の履行を求める場合のほうが多い,と指摘しています。実際には,婚姻費用の分担を求める形での着地を見てしまうことのほうが多い,という指摘でしょう。しかし,一方で,同居義務・扶助義務の違反には不法行為が成立することも認めています。実際には婚姻費用分担の問題に解消されてしまうことが多いだけであって,実は悪意の遺棄が成立しているケースは多く存在する,と少なくとも弁護士の私は考えています。もう少し学術的な検討をしてみます。

2 注釈民法の指摘

青山道夫ほか編「新版注釈民法(21)」365頁(黒木三郎執筆,有斐閣,平成22年)は,以下のように指摘しています。

(エ) 扶助義務は,婚姻費用の負担が円満かつ十分に行われているならば問題とならない。法定財産制では(760),扶助義務は婚姻費用の負担とまったく符合し,約定財産制では,婚姻費用の負担者が無資力の場合に扶助義務がとくに問題となる(中川編・注釈上180〔於保〕,有地亨「婚姻費用分担の請求(1)」判評89〔昭41〕4,深谷松男「夫婦の協力扶助と婚姻費用の分担」谷口知平=加藤一郎編・新民法演習5〔昭43〕34)。それゆえに,調停や審判の申立にあたっては,本条による「協力扶助」の申立を要する事件は,760条による「婚姻費用分担」を申し立てても同様の目的を達成できるのであり,実際的には両者はほぼ同一の機能を営むように観察される(市村光一「家事乙類審判事件手続の展望」家月9巻10号〔昭32〕1)。扶助義務は婚姻費用分担義務のなかに吸収されるとした審判例もある(大阪高決昭32・10・30家月9・11・74,同昭36・3・1家月13・7・104)。(オ) 夫婦間の扶助義務に違反がある場合には,必ず協力義務および同居義務の違反を伴うものであり,かたがた,すでに婚姻関係には破綻を生じつつあるのである。だから,かかる事態においては,もはや本質的扶助義務の履行は期待しえない。扶助義務の違反についても,同居義務違反の場合と類似の問題が考えられる。すなわち,この義務の不履行は不法行為となって損害賠償責任を生ぜしめることもあろうし,また悪意の遺棄として離婚原因となりうることもある。そのため,扶助義務の法律的請求にあたっては,協力義務または同居義務との関連において正当な事由がいずれにあるか,婚姻破綻の責任の有無,過去における協力・扶助がどのように行われていたか等が,考慮されなければならない。したがって,扶助の内容,その程度および方法については,当事者間の協議が調わないかぎり,以上の諸事情とともに,扶助権利者の需要,扶助義務者の資力,その他いっさいの事情を考慮して,家庭裁判所の調停もしくは審判を求めるほかはない(中川230)。

理論的には,婚姻費用(生活費の分担)の問題で目的を達成してしまうことを指摘しています。一方,不法行為の成立も肯定しています。ここで問題となるのは,婚姻費用の分担さえしていない事例においては,悪意の遺棄が成立しやすいが,婚姻費用の分担をしていても,悪意の遺棄に該当する事例があるのではないかと,現代的には考えています。悪意の遺棄イコール婚姻費用分他義務の不履行、では不完全ではないかと考えています。


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