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不倫判例百選62不貞相手は不貞相手に対してどんな義務を負っているのか?

0 はじめに

不倫をすると、どんな義務を負担するのかについて、不倫判例百選は主に被害者を不倫当事者外の配偶者、を念頭に慰謝料請求の事例を多く扱ってきました。

この図式を離れて、不倫の渦中にある当事者どおしは義務を負うのか?裁判所は、被告は、原告と継続的に性交渉を持ったことにより原告を妊娠させるに至ったことから、条理上、原告に対してその妊娠、出産に伴う苦痛の軽減に努めるべき義務を負うと判断しています。

条理とは、法源、法律に明確に書いていなくても義務がある、と考える根拠です。

2 当事者の主張

本件の主たる争点及びこれに関する当事者の主張の要旨は,次のとおりである。
 (1) 被告において原告の妊娠,出産に伴う苦痛や負担を軽減ないし解消すべき義務違反の成否(争点①)

原告の主張 
 男女の性行為の結果,子を妊娠した場合に,直接的な身体的,精神的苦痛を受け,かつ経済的負担を被らざるを得ないのは女性
であるところ,かかる苦痛や負担は,もともと男女共同の性行為に由来し,その結果として生じるものであるから,そのパートナーである男性においては,条理上,当該女性の妊娠,出産に伴う身体的,精神的苦痛や経済的な負担の軽減ないし解消に努める義務がある。

 被告は,原告の妊娠が発覚した当初は,その子が自分の子であることを認めながら,将来の不安から出産するかどうかを悩んでいた原告の心情を理解しようとせず,自身が帰依するイスラム教の戒律のため,もしくは胎児を殺す決断をすることから逃れるため,原告が妊娠中絶をすることに反対し,これに同意しなかったほか,その後,被告が同年7月頃に別の女性と交際を始めるようになると,原告の妊娠した子が自分の子であることを否定するようになり,原告から出産するかどうかについて話し合いを求められてもこれに応じず,「お前は頭がおかしい」「勝手に産め」「自分の子どもなんだから,産めばいいじゃん」などと責任を回避する発言に終始しながら,原告から逃げ回るようになり,原告から妊娠中絶に係る手術費用の負担を求められても,「俺の子じゃないのに,なんで俺が協力しなきゃいけないんだ」「手術中に死ねばいいのに」「その方法で,何人の男からお金をとってるの? お前は世界一汚い女」などと言って協力を拒否した。
 その後も,被告は,原告から,妊娠,出産に伴う慰謝料や出産費用の負担を求められても,一切これに応じようとしなかったものである。被告のかかる行為は,上記義務に違反するものであり,原告に対する不法行為を構成する。
被告の主張
 原告において妊娠,出産に伴う被告の義務として主張するもののうち,原告の妊娠中絶に同意すべき義務について,その主張によっても,原告は,出産をするかどうかを真剣に悩んでいたというのであり,実際に出産を選択しているのであるから,原告が妊娠中絶を希望していたことを前提として被告にその同意義務があったという主張は,その前提に誤りがある。
 この点を措いても,原告は,Aとの婚姻共同生活を継続していたものであるから,原告の妊娠中絶について,母体保護法の定める同意者は,飽くまで夫であるAであり,被告ではない。‥(中略)‥原告において妊娠,出産に伴う被告の義務として主張するもののうち,原告との話し合いに誠実に応じる義務や妊娠,出産による身体的,精神的苦痛及び出産費用について応分の負担をする義務についても,上記のとおり,被告は,その当時,原告が妊娠した子が被告の子である可能性が高いとは知らなかったのであり,実際に原告が出産した子は,Aとの嫡出子として届出がされているから,父親と推定される夫のAを差し置いて,被告において,法的にこうした義務が発生する余地はない。

つまり、女性が不貞関係から妊娠したにも関わらず、相手の男性は自分の子ではないという態度をとったことが不法行為だという女性側の主張に対して、不貞関係の男性が、女性は他の男性と結婚しているので、自分の子ではないので法的義務はないと主張しました。

不倫関係にある当事者間において、このような経緯をたどる事例ばかりというわけではないでしょうが、不倫関係が白熱している段階ではないことは読み取ることができるでしょう。

実は、事実はそれだけではありませんでした。不倫関係の男性ははじめは自分の子だと喜んでいたにも関わらず、その後他の女性と付き合うようになってから態度が一変していたのです。妊娠状態にあった女性の心中は察するに苦しいものです。

2 裁判所の判断

 (1) 原告は,長期間,被告以外の男性と性交渉を持っていなかったところ,平成25年5月頃,第4子の妊娠が判明した際,被告においても,原告の告知により,その子が自分の子である可能性が高いことを理解し,その妊娠を喜び,出生した第4子を自分の子として可愛がるなどしていた。(甲14の1ないし4,甲20)‥(中略)‥
 しかし,その後,被告は,平成27年7月に他の女性と交際するようになったところ,その頃から,原告の妊娠した子が自分の子であることを否定するようになり,原告から出産するかどうかについて話し合いを持ちかけられても,「俺の子じゃない」「関係がない」「二度と電話してくるな」「勝手に産め」などと責任を回避する発言に終始し,原告との接触を避けるようになった。遅くともその頃には原告と被告の不貞関係は終了し,結局,原告は,Aにも,再び被告の子を妊娠したことなどを打ち明けた。
 原告は,妊娠中絶に係る手術等の費用を自ら負担できるだけの経済状況にはあったが,あえて被告にその費用の負担を求めていたところ,被告は,原告に対し,「何人の男からその方法でお金を取っているの」「世界一汚い女」などと暴言を吐くなどしてこれを拒絶していた。その後も,原告は,同月29日に被告に対して送信した電子メールで,同年8月6日までに同費用として30万円を送金するよう要求したが,被告から何らの返信もなかった。(甲10)

他にも、口論が尽きなかったことを裁判所は認定しています。そのうえで、

 2 争点①(被告において原告の妊娠,出産に伴う苦痛や負担を軽減ないし解消すべき義務違反の成否)について
  (1)ア 原告は,第5子を妊娠した際に,妊娠中絶をすることを希望し,被告にもその旨伝えていたところ,妊娠中絶には,パートナーの同意が必要であったことから,被告においては,原告の妊娠,出産に伴う苦痛や負担を軽減すべき義務の一環として,第5子の妊娠中絶に同意する義務があるほか,妊娠中絶に係る費用を負担すべき義務があったにもかかわらず,被告は,出産するかどうかを悩んでいた原告の心情を理解しようとせず,妊娠中絶に反対する発言に終始し,これに同意しなかったほか,原告から中絶手術の費用の負担を求められても,これを拒絶したのは,上記義務に違反し,不法行為を構成すると主張する。
 イ しかし,母体保護法14条1項の定める妊娠中絶の同意者は,本人及び配偶者とされており,同条2項により,配偶者が知れないとき又はその意思を表示することができないときは,本人の同意のみで足りると規定されているのである。これらによると,原告において,妊娠した子が被告の子である可能性が高いものであったとしても,その妊娠中絶をする場合には,法律上,被告の同意を要するものではなかったことから,これに関する原告の主張はその前提を欠くものである。‥(中略)‥
  (2)ア 次に,原告は,妊娠,出産に伴う身体的,精神的苦痛や出産費用について応分の経済的負担をすべき義務があったにもかかわらず,これらの義務を尽くさなかったのは不法行為を構成すると主張する。
  イ しかし,このうち,妊娠,出産に伴う苦痛については,その妊娠,出産自体が原告と被告の共同の性行為によるものであって,被告の不法行為によるものではないから,被告が相手方男性として,原告の妊娠,出産に伴う苦痛や負担の軽減に努める義務があるとしても,その苦痛自体について直ちに金銭的な賠償をすべき責任があるということはできない‥(中略)‥ (3)ア 他方,前記事実関係に照らすと,被告は,原告の第5子の妊娠が判明した際に,原告の告知により,妊娠した子が自分の子である可能性が高いことを理解し,その妊娠を喜んでいたものであり,将来の不安から出産するかどうか悩んでいた原告に対し,当然出産するものと決めつける発言をするなどしながら,その後,被告において,別の女性との交際が始まるや,原告の妊娠した子が自分の子であることを否定するに至り,原告から出産するかどうかについて話し合いを持ちかけられても,「俺の子じゃない」「関係がない」「二度と電話してくるな」「勝手に産め」などと責任を回避する発言に終始し,原告との接触を避けるようになったほか,原告から妊娠中絶に係る手術費用の負担を求められたのに対し,「何人の男からその方法でお金を取っているの」「世界一汚い女」などと暴言を吐くなどして取り合わなかった上,本件訪問時にも,同様の暴言を吐いていたことが認められる。
 イ この点,被告は,原告と継続的に性交渉を持ったことにより,原告を妊娠させるに至ったものであるから,条理上,原告に対し,その妊娠,出産に伴う苦痛の軽減に努めるべき義務を負うというべきところ,被告の上記行為は,不貞関係により望まない妊娠をしたことにより出産するかどうかを深く悩んでいた原告に対する相手方男性の対応として著しく誠実さを欠くものであって,上記義務に反するものであることは明らかであり,この点について原告に対する不法行為が成立するというべきである。

3 若干の検討

裁判所は、中絶に至るまでの判断への関与として、同意しない被告の態度には、不法行為がないと判断しています。根拠を母体保護法に求めていますから、ここまでは、法律の規定に忠実な状態にあります。母体保護法はもちろん、母体の保護を第1に考えていますから、被告の同意がなくても中絶が可能であることを指摘しています。

そのうえで、被告は,原告と継続的に性交渉を持ったことにより,原告を妊娠させるに至ったものであるから,条理上,原告に対し,その妊娠,出産に伴う苦痛の軽減に努めるべき義務を負うと述べています。

これはもちろん、被告と原告との関係が不貞関係ではなかったとしても、妊娠状態に至ってしまった当事者間で適用される義務であるように読むことができます

母体保護法の有している目的、狙いと同じく、母体の保護が究極的な目的でしょうが、かといって、母体の保護、というより母体に対する精神の保護、を究極的な狙いとするはずです。

少なくとも、妊娠状態に至った場合には、母体保護法の規定によることなく、一定の配慮義務があると判断する柔軟な態度には、賛成です。

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