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離婚裁判百選⑤悪意の遺棄の慰謝料?

悪意の遺棄について掘り下げ続けています。

④は,悪意の遺棄が成立すると,不法行為が成立する,慰謝料が成立することを指摘した裁判例でした。この判断は確立されているものなのでしょうか?

1 裁判例の検討

 東京地方裁判所において平成21年 4月27日に出された裁判例は,やはり悪意の遺棄に該当することを承認し,300万円の支払いを認めています。
 

事案の概要 本件は,原告が,被告に対し,被告の不貞行為や悪意の遺棄等により婚姻が破綻して離婚するに至ったものであるとして,不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)として,1000万円及びこれに対する離婚成立の日の翌日である平成19年9月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
 1 前提事実(争いがない。)
  (1) 原告(昭和○年○月○日生)と被告(昭和○年○月○日生)とは,昭和41年暮れころ知り合い,同44年3月10日婚姻の届出をした。
  (2) 原告と被告の間には,昭和○年○月○日,長男Aが出生した。
  (3) 被告は,昭和47年12月にそれまで勤めていたクリーニング店を退社し,翌48年2月下旬ころ城北酸素株式会社(以下「城北酸素」という。)に入社した。
  (4) 被告は,昭和48年7月ころ,原告及びAのもとを去り,それ以降原告のもとに戻ることはなかった。
  (5) 原告は,平成19年,東京家庭裁判所に離婚調停を申し立て,同年9月5日,原告と被告との間に離婚の調停が成立した。

 昭和44年に婚姻しましたが,被告が,昭和48年に原告のものとを去った,平成19年に離婚成立した事例です。

2 争点(被告による不貞行為及び悪意の遺棄などによる不法行為の成否等)
 (原告の主張)
  (1) 被告は,昭和48年7月に原告及び乳飲み子であった長男Aのもとを出奔し,Bという女性と同居するに至り,それ以降原告らのもとに帰ってくることはなかった。このため,原告は,バスガイドの仕事をして収入を得るなど,女手一つで苦労しながらAを育て上げた。
 被告は,不貞の事実を否定しているが,①昭和46年か47年ころ,原告が被告の働いているクリーニング店に行くと,原告の顔を見て泣いている女性(B)がおり,その女性が被告と男女の関係になっていることはすぐに分かった,②昭和48年7月に出奔した際,被告は瞬間ガス湯沸かし器とガステーブルを買って出て行ったが,ガステーブルは単身者向けのものではなく,家族向けのものであった,③昭和51年か52年ころ,原告はBから電話を受けたが,その際Bは泣いており,従前から被告と男女の関係にあったことを前提に話をしたが,被告との仲が破綻したため,被告の所在を探ることが目的のようであった,④昭和49年ころ被告が申し立てた離婚調停の際,被告が他に親密な関係にある女性を作って原告とAのもとから去っていったものであることを被告も認めており,以上によれば,被告が不貞行為を行っていたことは明らかである‥(中略)‥
(3) ところで,原告と被告との間において,昭和49年6月4日,被告がAの養育費を支払う旨の内容の調停が成立したが(当初,月額1万5000円であったが,昭和55年8月7日,月額を4万円に増額する調停が成立している。),被告は上記養育費の支払を怠り,1年間も養育費の支払が途絶えたこともあった。被告は,養育費は遅れたことはあるが支払済みである旨主張するが,支払済み額は,支払うべき養育費の総額には達していないはずである。
 (4) 以上のように,被告は,原告と一緒に生活していたときは,原告から多額の経済的支援を受けておきながら,乳飲み子を置いて勝手に他の女性のもとに出奔したうえ,養育費の支払を怠り,原告とAを苦しめ続けたものである。すなわち,被告は,不貞行為を行うとともに,夫婦の同居・協力・扶助の義務に違背し,長年原告とAとを悪意により遺棄し,踏みにじっておきながら離婚に当たって一切の財産的給付を拒絶している。
 (被告の主張)
  (1) 被告は,女性との同居及び不貞行為は断じて行っていない。被告とBという女性とは,双方がクリーニング店に住み込みで働いていた昭和41年の夏ころ男女の関係にあったが,店主や女性の両親の強い反対があって別れた。そのような折に,原告と被告が知り合い結婚するに至ったものである。
 ‥(中略)‥(2) 養育費については,胆石症による度重なる手術のために休職も多く,また実母の病気もあって支払が遅れることもあったが,最終的にはAが成人に達するまでの分は支払済みである。
  (3) 被告が原告とAを置いて家を出たのは,被告がクリーニング店を辞めて昭和48年2月に城北酸素に入社したものの,金銭問題や慣れない仕事で心身ともに疲れ,一方子育てで心労があったと思われる原告と意見が合わず,若気の至りから家を出てしまったものである。

2 裁判所の判断

証拠がないことを論拠として,不貞行為の成立を否定しています。

1 争点(被告による不貞行為及び悪意の遺棄などによる不法行為の成否等)について‥(中略)‥
(2) 原告は,被告がBという女性との間で不貞行為があった旨主張し,その根拠として,①昭和46年か47年ころ,原告が被告の働いているクリーニング店に行くと,原告の顔を見て泣いている女性(B)がおり,その女性が被告と男女の関係になっていることはすぐに分かった,②昭和48年7月に出奔した際,被告は瞬間ガス湯沸かし器とガステーブルを買って出て行ったが,ガステーブルは単身者向けのものではなく,家族向けのものであった,③昭和51年か52年ころ,原告はBから電話を受けたが,その際Bは泣いており,従前から被告と男女の関係にあったことを前提に話したが,被告との仲が破綻したため,被告の所在を探ることが目的のようであった,④昭和49年ころ被告が申し立てた離婚調停の際,被告が他に親密な関係にある女性を作って原告とAのもとから去っていったものであることを被告も認めていたとする。この点,被告は,Bとは昭和41年夏ころには男女関係があったが,店主や女Bの両親の強い反対があって別れており,原告と知り合ったのはその後のことでBとの間で不貞行為はない旨主張ないし供述している。
 そこで,検討すると,原告が,被告とBとの間の不倫関係があったことの根拠として挙げている事柄について,①昭和46年か47年ころ,原告が被告の働いているクリーニング店に行った際のBの様子や被告が家出した際の持ち物から直ちに被告との不倫関係が裏付けられるものとは言い難いこと,また,②昭和51年か52年ころのBの電話の中で,同人が被告との間の不倫関係を認める旨の発言をしたかどうか,あるいは,被告が申し立てた離婚の調停の際,被告が他に親密な関係にある女性を作って原告とAのもとから去っていったことを認める発言をしたとの点については,これらを認めるに足る的確な証拠がない。したがって,被告とBとの不倫関係については認めるに足りず,その他被告が他の女性との間で不貞行為を働いたなどの事実も認めるに足りる証拠がない。 

しかし,不貞行為ではなく,悪意の遺棄の成立を認めています。

 (3) そこで,上記認定の事実に基づき被告の不法行為の成否等についてみてみると,被告は,慣れない仕事で心身ともに疲れていたとはいえ,自ら若気の至りであると認めるとおり,同人のため自動車運転免許取得のための費用,クリーニング技術教習の費用,自動車購入費などの多くを援助するなど献身的に支えてくれた原告と生まれて間がないAを置いて家を出て,その後格別原告との夫婦関係の修復を図ることなく,かえって離婚を求めて調停を申し立てたり,病気による休職などの事情があったとしても調停で決まった養育費の支払を滞らせるなどし,結局平成19年9月5日に離婚するに至るまで原告らのもとに戻ることはなかったというもので,これらの行為は民法770条1項2号の「悪意の遺棄」に該当するものであり,この間先天的に腎臓が一つしかないという身体的障害を持った原告が,女手一つでAの養育をしてきたなどの労苦は極めて大きいものであったことが認められる。そして,その他の上記認定の諸事情を併せ考えると,不法行為に基づく離婚の慰謝料は300万円が相当である。
 2 よって,主文のとおり判決する。

3 若干の検討

 裁判所は,『女手一つでAの養育をしてきたなどの労苦は極めて大きいものであったこと』とまで指摘しており,夫婦間の扶助協力義務違反の内実を,子を育てていくのに苦労をしたこと,をも認定しています。しかも,被告は,慣れない仕事で心身ともに疲れていたとはいえ,自ら若気の至りであると認めるとおり,同人のため自動車運転免許取得のための費用,クリーニング技術教習の費用,自動車購入費などの多くを援助するなど献身的に支えてくれた原告と生まれて間がないAを置いて家を出て,その後格別原告との夫婦関係の修復を図ることなく,かえって離婚を求めて調停を申し立てた,とも指摘しており,一方的な別居に至ったうえで,一方的に別居に至ったものからの離婚請求をすると,悪意の遺棄に該当すると判断しています。事実,こんなケースは多く生じると思われます。悪意の遺棄に該当するはずの事例が,ある意味うやむやとなり,単純な婚姻費用の問題として解消されてきてしまった例は多いのではないかと考えています。




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