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離婚裁判百選①悪意の遺棄とは

0 はじめに

 突然ですが、離婚裁判を百個分析することにします。記念すべき第1回は悪意の遺棄です。悪意で遺棄をした、(言い方は悪いですが)姥捨て山においてきたような文言が離婚事由になることは割と有名です。記念すべき第1回は、不貞行為や暴力行為などのあからさまなものではなく、悪意の遺棄、を探ってみます。

1 裁判例の検討

 東京地方裁判所において平成29年 9月29日に出された裁判例は、妻であった原告と夫であった被告の間の訴訟です。反訴といって、もともと訴えを提起された被告側からも訴訟を起こされていますが、原告は被告が婚姻期間中に原告との同居義務及び相互協力義務に違反し,原告を遺棄したと主張して、不法行為に基づき損害賠償を請求しています。一方被告から原告への反訴請求に係る部分は,被告が,原告に対し,原告から婚姻期間中に度重なる罵倒,暴力等を受けたと主張して,不法行為に基づく損害賠償を逆に請求するものです。

2 争点と当事者の主張

本件の争点は、①被告は,原告との同居義務及び相互協力義務に違反し,原告を遺棄したといえるかどうかです(その他もありますが省略します)。

 (1) 争点①(被告は,原告との同居義務及び相互協力義務に違反し,原告を遺棄したといえるかどうか)に関する当事者の主張
原告の主張
 被告は,原告に対し,熱烈な求婚をして,原告と婚姻し,平成27年1月17日から日本において同居を開始したにもかかわらず,同月19日に本件マンションから転居して別居を開始し,原告との婚姻関係を不当に破棄した。
被告の主張                             原告及び被告は,平成26年5月頃から英国ロンドンで同居していたが,原告は,意に沿わないことがあると,居室の壁をたたき,場所を問わず大声で罵倒し,被告の頭や手を強くたたくなどすることがあった。原告は,同年10月頃,被告の予定を無視して新婚旅行を計画し,被告がこのことについて抗議をすると,飴玉袋や携帯電話を投げつける暴行を加えた。被告は,平成27年1月19日,東京都内の飲食店において原告と紛争となり,その際,甲山B美から「自宅に帰って博士論文に集中したほうがいい」と言われたため,上記経緯を踏まえてやむを得ず別居したものであって,不当に一方的な別居をしたものではない。

3 争点に対する判断

裁判所は悪意の遺棄を認めていませんが、『一方的な別居』に関しては一つの指標を示しています。

1 まず,争点①(被告は,原告との同居義務及び相互協力義務に違反し,原告を遺棄したといえるかどうか)について,判断する。  (1) 上記第2の2(5)の前提事実において認定したとおり,原告及び被告は,平成27年1月19日,被告が本件マンションから転居することにより,別居を開始したものと認めることができるところ,被告は,あらかじめ原告の同意を得て本件マンションから転居して別居したものではないし,事前に別居することについての協議を行ったものでもない。証拠(甲14)によると,被告は,原告に対し,同日付け「Dear・X子」と題する書面を作成し,「数日の辛抱、ごめんね。」及び「必ず二人にとって今までの悩みは何だったんだろうってぐらい、不安のない日々を整えてみせるからね。」等と記載していたものと認めることができるが,当該証拠によっても,別居に至った個別具体的な理由及び具体的に帰宅する時期も明らかにしていない(なお,被告は,甲山B美から「自宅に帰って博士論文に集中したほうがいい」と言われたため,本件マンションから転居して別居した旨を主張するが,上記同日付け「Dear・X子」と題する書面によっても当該経過に係る記載は見当たらない。)。
  (2) なるほど,証拠(甲55,58)によると,原告は,被告に対し,平成27年1月20日,「心配してます。元気ですか?」との電子メールを送信し,被告は,原告に対し,同月21日,「おはよう!昨夜はA雄ちゃんパパが君とお話しをして、その後で連絡を下さるということだったので、待っていましたが、時間が夜中近くになったので、A雄ちゃんパパにその旨テキストしました。」等とメッセージを送信していたものと認めることができる。また,上記第2の2(6)の前提事実において認定したとおり,原告及び被告は,同月24日,同月31日及び同年2月27日,原告及び被告の婚姻関係等を巡って,それぞれの両親を交えるなどして協議の場を設けたものと認めることができるのである。
 しかしながら,証拠(甲22)によると,原告は,被告に対し,平成27年2月1日,「私は貴方とやり直したいです。」,「私の立場からすれば、私の言い分が沢山ありますが、貴方が聞きたくないならば、それも飲み込みます。」,「ただ、身に覚えのない事は謝る事はできません。「嘘をついていた」という嘘をつくことはできません。」及び「やり直すためにどうしたら良いのか、貴方の気持ちを知りたいです。」との電子メールを送信し,被告は,原告に対し,同日,「私が論文原稿提出直前というタイミングであると知っているあなたが、私への応援の言葉もなく、こんなによそよそしく、冷たいメールを送ってきたことに愕然としております。」との電子メールを送信していたにとどまるものと認めることができ,復縁・同居に関する意見を述べるところはなかったものということができる。また,証拠(甲42,70,乙22の1,22の2)によると,被告は,同年1月31日に甲山A雄及び乙川C郎を交えて被告と会合した際には,原告に関する不十分な点を摘示するにとどまっていたものと認めることができるのであって,同居に向けた方策等について言及するところはなく,証拠(甲64,73)によっても,被告は,同年2月27日に原告と会合した際にも,具体的な同居の提案等をしていたものと認めることはできないのである。そして,証拠(甲5,7)によると,被告は,原告に対し,同年3月5日付け「乙川X子様」と題する書面に,「今までの経緯及び先日お会いした際の状況を考えますと、あなたと夫婦として今後続ける事は難しいと判断しています。つきましては、先日直接提案させていただいたように、法律上の夫婦関係を解消すべく、離婚届を作成し提出するしかないと思いますので、あなたのご意向をお聞かせ下さい。」等と記載し,同年5月24日付け「X子様」と題する書面に,「これまでの経緯を考えると、私たちは、残念ながら意思の疎通ができない関係となっており、夫婦として破綻していると認めざるを得ないことは明らかだと思います。」及び「私は、あなたとの関係を修復した上で夫婦関係を維持していこうとする意思も自信も全く持てません。」等と記載し,離婚届を同封して送付したものと認めることができる。
 以上のとおり,被告が原告と別居する際の態様及び被告の別居後における言動に照らしてみると,被告は,原告に対し,事前の説明をすることもなく,一方的に別居を開始し,関係の修復を求められても,具体的な同居に向けた協議・提案等を行うことなく,これを拒絶して別居を継続していたものということができるのであり,被告による当該別居について正当な理由があるものとはいい難く,同居義務(民法752条)に反し原告に対する悪意の遺棄に当たるというのが相当である(なお,証拠(原告本人)によると,原告は,被告が本件マンションから転居して別居した後,間もなく本件マンションを退去したものと認めることができるが,被告による一方的な別居そのものを正当化する理由とはならない。)。

4 若干の検討

本件では、同居義務、という義務を解釈の一要素に加えることをもって、悪意の遺棄に当たると指摘しています。その際、同居に関する話し合いを実質的に行うことがなかったことを指摘しています。このような解釈手法をとると、『悪意の遺棄』とは文字通りの意義ではなく、同居義務違反とニアリーイコールの関係にあると指摘できます。

そうするとたとえばこんな事例はどうでしょうか。

ある日私は疲れ切って仕事から帰ると、鍵を替えられていて、外に追い出されました。

別居委至った経緯をみていっても、悪意の遺棄に該当する余地が生じてくる事例になります。このようなケースは多くありますが、十分な救済ができているとは思われません。あきらめかけていた離婚の話も、悪意の遺棄、を使いこなす余地はあるのではないかと思います。『遺棄』とは決して姥捨て山ではないのがわかります。

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