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【#しんどい君へ】美輪明宏さん 原爆、路上生活、LGBT偏見…波乱の人生 苦境こそ「ルンルン」



美輪明宏さんの画像を携帯の待ち受け
にするのが、一時若者の間で流行った
ことがありました。

今は、美輪明宏さんの意見やアドバイ
スを聞かない人はいないほどの人徳者。
でも、その背景にはとても辛い経験を
重ねてきて、培われた「意思の強さ」
がありました。

(読売新聞オンラインより引用)

歌手、俳優 美輪明宏さん 86

 昨年、自殺した未成年者は777人と4
年連続で増加した。
新型コロナの感染拡大もあり、若者を
取り巻く環境は厳しさを増している。
時には罵声を浴び、石を投げつけられ
た――。
LGBTへの偏見とずっと闘ってきたとい
う美輪明宏さんは、「もし差別やいじ
めを受け、悪口に苦しんでいても、相
手と同じような『刃物』を決して自分
には向けないで」とメッセージを送る。


故郷・長崎市は原爆被害

小さい頃から死を身近に感じてきま
した。
2歳で実母をなくし、9歳の時には2人
目の母を亡くしました。
地元の長崎市に原爆が落とされたの
は10歳の時です。
爆心地から南東に4キロほど離れた家
の奥にいて助かりましたが、外は死
にゆく人の阿鼻叫喚、燃え続ける街。
あの光景は胸に刻まれ、消えること
はありません。
 実家は花街の近くで、ロシアや中国
出身などのホステスが接客する「カフ
ェー」を経営していました。
隣に劇場があり、向かいの楽器屋の蓄
音機からクラシックやシャンソン、浪
花節などが一日中流れていました。
情緒纏綿(てんめん)とした国際色豊
かな独特の文化が息づいた街が、今日
の私を育てました。
 小学校時代、先生の助言でピアノと
声楽を習い始めました。
中学を卒業後に上京し、国立音大付属
高校に進学。
でも、高校1年の冬、実家が破産して
中退しました。
しばらくの間、新宿でホームレス生活
をしました。
惨めでしたが、戦災で行き場を失った
人たちがまだ住みついていて、一人で
はありませんでした。
 米軍のキャンプを回って歌ったり、
キャバレーのドアボーイをしたり、
どん底を這(は)いずり回りました。
16歳の頃です。
その後、開店して間もない銀座のキャ
バレー「銀巴里(ぱり)」のステージ
に立つようになりました。銀巴里は開
店から3年後にシャンソン喫茶に衣替
え。私は人気バンドの専属歌手となり
ました。
 27歳の時に作詞作曲した「ヨイトマ
ケの唄」がヒットして多くの人に知ら
れるようになり、舞台やテレビで活躍
する場をいただくようになりました。
浮き沈みを繰り返しながら、芸能生活
70年が経(た)ちます。


苦しい時、口ずさんでほしい「ルンルン」

 今で言うLGBTへの偏見とは、ずっと
闘ってきました。
東京に出てきてから、同性愛者が差別
を受け、家族や職場に知られないよう
息を潜めて暮らしていると知りました。
閑古鳥が鳴いた銀巴里に客を呼び戻そ
うと、髪の毛や爪、下着に靴下まで好
きな紫色にしてショーを盛り上げた時
は、「オカマか。
吐き気がする」と罵声を浴びました。
雑誌で「恋愛の対象は男性」と話すと
、石を投げつけられました。
でも、戦前に歴史を遡れば、LGBTが社
会的に認められてきた事例は枚挙にい
とまがありません。
人間が人間を愛しているだけなのです。
自分を基準に異質な人間をまともじゃ
ないと中傷する人は、自らの劣等感に
蓋をして安心したいだけなのです。
 今、若い人の自殺が増えているのは、
もったいないことです。
波乱の多い人生でしたが、自ら命を絶
とうとしたことはありません。
仏法に「受けがたき人身を受けて」と
いう言葉があるように、人間がこの世
に生まれるのは大変なことなのです。
皆、選ばれた魂なのですから自信を持
ってください。
 せっかく生まれてきたのだから、
人は誰しも幸せになる権利があります。
もし、差別やいじめを受け、悪口に苦
しんでいても、相手と同じような「刃
物」を決して自分には向けないでくだ
さい。
いじめる人は、人格的に最低な人間な
のですから。
 人間は、肉体と精神でつくられてい
ます。
精神の健康を維持するためには、豊か
な文化が必要です。ノスタルジック、
ロマンチックなものは、ものすごい力
をもっています。
美術、文学、音楽、スポーツは、心の
ビタミンになります。
竹久夢二や横山大観などの画集を部屋
に置くだけで、なつかしい美しさが広
がり、雰囲気が変わります。
音楽では、美しい曲がたくさんありま
す。
<菜の花ばたけに……>と始まる唱歌
「おぼろ月夜」は、歌えばきれいな風
景が浮かび、心が和みます。
三島由紀夫や夏目漱石などの文学も背
筋をピンと伸ばす力があります。
 こうした素晴らしい文化は、精神を
癒やしてくれます。
良いものに、新しいも古いもありませ
ん。流行遅れとバカにせずに、質の高
い文化にはぜひ触れてほしいですね。
心にキラリとひらめくものがあったら
、そこから心に栄養が与えられるので
すから。
 私は「正負の法則」と呼ぶものを人
生訓にしています。
良いことばかり悪いことばかりが100%
続くことはないという意味です。
「楽あれば苦あり」「栄枯盛衰は世の
常」です。
何かを得れば、何かを失います。
成功も失敗も表裏一体。
理不尽な目に遭った後は、きっとうれ
しいことが訪れるとわかっていれば、
楽に生きることができ、多くの難題も
クリアできるというものです。
 苦しい時こそ、「ルンルン」と口ず
さんでください。
「困ったな、ルンルン」と。そう言っ
ているうちに、プラス思考になり、冷
静になる瞬間が生まれます。
凝り固まったマイナスの発想を転換し、
突破口を開くことにつながりますよ。


みわ・あきひろ

 16歳で歌手デビュー。1966年「ヨイ
トマケの唄」が大ヒット。携帯サイト
「麗人だより」で心穏やかに生きるた
めのメッセージを発信し、悩み相談を
受け付けている。

「ヨイトマケの歌」をテレビで初めて
聴いた時は衝撃でした。
昔は、上記のような服装ではなく普段
の中性的なスタイルで歌っていました。

だから、あの男装で歌っている姿に逆
に違和感を覚えました〜。

銀座にあったシャンソン喫茶「銀巴里」
には、文化人が多く通ったそうです。
閉店される前に行ってみたかったです。

『人生には「正負の法則」がある』、
と言うのを知ると、現実が辛くても
逃げ出さないで「これも経験の一つ」
と受け入れることで、次は笑顔になれ
ることがやってくる。

バイオリズムと同様に、浮き沈みが
あるのが人生。
私も人生、まだまだ修行中ですが、
美輪明宏さんの存在は、心強いです。

♪妖艶で美しい若き日の美輪明宏。

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私の尊敬する昭和が産んだ天才クリエイター
【中原淳一】が描くイラストの女性にそっく
りです♪
(淳一さんに応援されていたことに納得!)


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