見出し画像

雨の日にこんな話を聞くときっと眠れなくなりますね。特に冬の雨というものは静かな中に何と言いましょうか、言葉にならない怨念とでも言いましょうか、ざわざわとひとのこころを掻き立てることがあるものでございます。
 
それもある雨の夜でした
鱧料理を食べたいと おんなは男に言いました 
ずっと前から行きたいお店があるの
おんなはどこか影の薄い此の世のものとは思えない声で 男にいいました
 「いいよ」
男はおんなのほうを見ないで答えました
もう何年もこうやって約束しているような気がしている
おんなの細い青い手が男の手の上に重なりました
ああ きっとこれが最後になる
男はそう思いました
おんなの手は透き通って見えました
雨音が無情にも儚くも聞こえ
それからしばらくして 
おんなは病で死んでしまいました
 
男はねんごろに弔ってやろうと
小雨の降る夜に東山の鳥辺野へ亡骸を運んでいき
作法に従い弔おうと櫃を車から下ろすと
櫃は軽々として蓋がわずかに開いており
怪しんで開けて覗くと そこには
何も入っていませんでした
 
もう一度おんなの家の妻戸口へ行くと
おんなの亡骸はそのままそこにありました
男はおんなの 「言葉では言えない思い」を感じ
もう鳥辺野へ連れていくのをあきらめ
妻戸口一間を板敷きなど取り去って
高々と塚を築いてやりました
おんなは満足そうに
その地で朽ち果てたといいます
 
 
京都の繁昌神社から高辻通を西へ向かい右手の敷地をまっすぐ進むと
行き止まりとなり、班女塚(はんにょつか) と呼ばれる塚が立っております。
この塚は男性と縁のなかった女性を慰めるために設けられた塚であり、それ故、未婚の女性がこの前を通れば破談となるという言い伝えがあります。
くれぐれも 通り過ぎることのなきよう 特に雨の日には。


班女塚

この記事が参加している募集

2022年に詩集を発行いたしました。サポートいただいた方には贈呈します