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アルパカとスクラッチ200円

わたし、胡桃春子は何の変哲もない態度で、毎回黒のシャカシャカしたウィンドブレーカーを着ている男性に100円クーポンを2枚渡す。今日は右の頭にS字フックのような寝癖ができていた。彼の綺麗な毛先の赤色は、根元の茶色からグラデーションになっている。やわらかそうな髪の毛は全人類が触ってみたいと思うのではなかろうか。アルパカの毛のぬいぐるみのような髪の毛を、下敷きの静電気が襲ってきたら、全部の髪の毛が綺麗に引っ張られると思う。私はといえば、黒髪の直毛を下に一つに束ねるだけだ。何もかもうざったく感じた2年前、胸まであった髪をベリーショートまで切ってからやっと束ねられるまで伸びた。彼とは真逆で、下敷きには負けないような強気の髪の毛だ。そんなアルパカの彼自体もいつも眠そうで、メガネが傾いている。なにが見えているのか、わたしの顔なんて覚えてないだろうと分かりながら覚えてるかもしれないなんて、淡い期待をしている。200円のスクラッチ宝くじを買って200円戻ってくるような、微妙な感覚を味わいたくて割引券をわたしている。覚えられてないのだから、実際は200円すら当たらない宝くじなのだ。定型文のような言葉を伝えるだけの関係。

「いつもありがとうございます。こちらのクーポンは今月いっぱいご利用いただけますので、次回ぜひご活用ください」

あくまで元気なく、覇気もなく、緊張や気持ちの高ぶりなどは出さないように、私の周りに円周率のバリアを張り巡らせている接客でいようと決めている。

「また、胡桃さんクーポン2枚あげてたね」と、話しかけてくるのは、大橋さん。152センチくらいの身長で余計なお世話なことも平気で話しかけてくる。私調べだが、身長が低い人は一貫して声が高くて大きい気がするなあと、大橋さんと話すとつい過去の友人たちを思い出す。 
「あー、毎週来てくれるので」なんて、テキトーな単語を並べて、会話を流す。なんとも煮え切らない返事に、つまらなそうに大橋さんが現像機の方へ戻る。

割引クーポンは毎回使用してくれて、毎回新たな200円クーポンを渡す。ラーメン屋のトッピングのようにプレゼントしているようなものだ。彼だけのスペシャルプライスと、私と大橋さんくらいだけが知っている。大橋さんはその場の興味関心のみで、別に店長に言ったりしない人だと思う、というか、そのこともすぐ忘れてしまうくらい忘れっぽい人である。

恋とかそういうのではない。別に何か発展したいわけではない。ましてや、みんなにやってるかと思ってるだろうクーポン券を渡すだけの行為なんてやってもそういうことに繋がりやしないのはわかっている。いつものアルバイトだ。

アルバイトを休みにしてたことをわすれていた、無駄な休日があった。特にやることもないし、なんとなく駅前を散歩していたら、いつもの癖でバイト先の前を通ってしまった。しまったと振り返ってきた道を戻ろうとした時、風に揺れる赤髪が右目の端に映った。おそるおそる振り返ると、横には親しそうな男と並ぶ赤髪の「ヤツ」がいた。「ヤツ」は目を細めて私のバイト先を睨んでいる。隣にいた男が、何睨んでるんだと笑いながら問いかける。「ヤツ」は、睨んでないと訂正した。
「ただ、髪の毛ひとつに結んだ人がいるかどうか見てる」というと、ヤツの隣の男が、その返答にさらに茶化して笑う。いやいやと、否定するヤツたちが歩いて行く後ろ姿を小さくなるまで見ていた。
わたしは、今どんな顔をしているだろうか。
自分では見られないしみたくないけどなんとなくわかる。誰かに伝えたいけど伝えたくないこの気持ちは、宝くじが当たった気分ってこんな気持ちなんだろな。

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