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雪の溶ける秒数はどのくらい

考えてみると、大人より、中学生の方が忙しいのかもしれない。16時まで授業を受けて、部活に行って、塾に行って、部活以外にも習いものをして、合間に宿題や復習などをして。それでもみんな好きなアイドルがいて、漫画やアニメにハマったりテレビを見ていたり、誰かに恋をしたり器用にこなしている。わたしには好きなものは特になく、人になにも言われないよう静かに過ごし、目立たないように呼吸をしていた。

そんな中学生の私も、塾に通っていた。
平日水曜日の夜と、土曜日の夜。
同じ中学の人はこのクラスにいない。
クラスは5人くらいで、いろいろな学校の人が集まっていた。いい距離感の「知人感」で、それでも冷たい感じではなく先生の面白いことにも自分のタイミングで笑えるくらいの距離感だった。

先生が私の机のそばで足を止める。中学の時はピクルスのような香りだと思っていたものはベルガモット系のものだと大人になって知った。この独特の匂いで、私が机の上のプリントに向かっていても、先生が私の横を通ったのはわかる。先生が黒板にチョークで文字を書く力強さは、先生が来ている白衣を、白や黄色やピンクの粉で汚すほどだ。先生の来ている服の端にまで粉がついている。それなのに文字は丸っこくて可愛い字を書くのだ。私はその字が嫌いではなかった。先生は太い黒縁の眼鏡に、無造作な天然パーマのようなウェーブの黒髪。ちょっと野暮ったくて大学では確実にキラキラしているタイプではない感じであった。数学の教え方がとても丁寧で、数学が好きな気持ちが溢れていて、今思えば国立大学の理数系を出ているんだろうなと思う。案外物理を専攻していたもしれない。明らかに理数系の人だった。

その当時の私は何度か先生に素直に従いたくなくて、ちょっとだけ冷たい態度をとっていた。
「みなさん、僕はセブンイレブンを『ぶんぶん』と言って、流行らしたいと思っているんです。みなさん協力お願いします」と、先生が大真面目に言ってきた。塾の近くにはセブンイレブンがあって、休日の1日の講義はそこでお昼を買いに行く人がほとんどだった。
みんなこの真面目さが、いじっていいものなのかわからず、苦笑だった。この空間が可哀想で、私はぼそっと、隣の少し仲のいい子に
「セブンイレブンはセブンじゃない...?」
と言った。
先生はその小声を聴こえていて、
「そうなんです、セブン教の人が大半なので、勝てないんです」
と言ったあと、先生は続けた。
「だから、先生の授業を受けている子は『ぶんぶん』と言ってくださいね」
そのあと、1日授業のお昼に、クラスの男の子が「ぶんぶん行こう」っと面白がって言っていたが、私にはその素直さがなく相変わらず「セブン」と言っていた。

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