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続・下町音楽夜話 0287「レコード・コンサート」

コロナの影響か、お店にいらっしゃるお客様の顔ぶれは大きく変わってしまった。以前は週何回と顔を出してくれた常連さんがほとんどいらっしゃらなくなり、コロナ後に新たにご来店くださった方が常連さんとなりつつある。結果として大きく売り上げを落とすことにはならず、何とか維持できている。同じ清澄白河という町の中でも人気店がどんどん撤退するのを横目に、これが飲食店というものかと思い知らされ、背筋が寒くなるような思いもしている。ニュースなどでも飲食店の厳しい状況は連日伝えられているので、どうも世の中の動きとは違っているようだが、特別なことをしているわけではない。昔から飲食店としての宣伝みたいなことは最小限にとどめ、音楽情報や読書情報ばかり発信している店であり続けている。その結果としか言いようがない。

そもそも、時代が大きく変化を続けているのだ。同じことをやっていても、好調を維持することは難しいと思う。ブランディングの中で流動的にすべき部分と固定的にすべき部分があることは理解している。一歩間違えれば中途半端になりかねない店の個性を、上手く時代にマッチングさせることは容易ではない。ただウチの場合は、アナログ・ブームという有り難い風が後押ししてくれる中での出帆だったので、この部分は意地でも変えるべきではない、最も頑張らなければいけない部分だと考えている。

御存じのように、アナログ・レコードを取り巻く環境は激変を続けてきた。スマホとインターネットの時代になっても、アナログ・レコードに拘って買い集めていた頃は、本当に変態扱いされた。オタッキーな趣味とも思わず、自分の好きなものを収集して何が悪いと開き直り、今では入手困難な高額盤を廉価で集めてきたのである。今現在の自分のコレクションは50年近くの年月をかけて築いてきたものであり、どれだけカネを積まれても短時間で構築できるものではないのだ。これをウリにせずにいられようか。

そもそも、アナログだ、デジタルだ、という話が通用しない世界でもある。結局のところ、需要と供給のバランスの話に立ち返ることになるのか、最近気が付いたのだが、高額盤というのはアナログ・レコードに限った話ではなく、CDにも存在するのだ。結局中身がいいのに発売当時は過小評価にとどまってしまった盤などは再発されることもなく、やたらと高値で取引されていたりするのだ。ソフィー・ミルマンやリトル・フィートなどのCDはわが目を疑う価格で取引されているが、リアルタイムで入手した自分にはわけがわからないということになる。CDは価値がなくなったという物言いをするマスメディアがあること自体、何か間違っているのだ。

この秋に自分の店を使って、本と音楽を紐づけたイベントを企画している若者がいる。BGMイベントなどと言われても、普段からやっていることなので、自分にとっては「何故?」と思わなくもないが、本好きが集う場づくり的なものと考えれば分からなくもない。趣旨には賛同するといったところだ。ウォークマンの登場以降、音楽はパーソナルな側面を強めてしまった。他人と時間空間を共有して楽しむライヴの価値は変わらないと思いたいが、再生メディアで時間空間を共有すること自体、著作権から見ると難しい側面もある。もちろん自分はJASRACの会費は払っているが、それでも100%納得しているわけではない。自分のトーク・イベントをやる際にも、極力違法性を帯びる危険を回避するため、いろいろ工夫しているのだ。

昔懐かしい話をすると、1970年代の中ごろまでは「レコード・コンサート」なるものが存在した。中小規模の会場でレコードを鳴らすだけなのだが、それなりの大音量で鳴らすので、来日の望みが薄いアーティストの場合は有り難いものだったのではなかろうか?自分は楽器店がくれたチケットで一度だけ参加したことがあるが、結構楽しめた記憶はある。ただ、誰の音源を鳴らしていたか憶えていない程度でもある。もう少し上の世代ならもっと語ることがありそうな話題だ。ここは控えることとしよう。

結局今自分が「トーク・イベント」と称してやっていることも、昔の「レコード・コンサート」とさほどかわらないものなのかもしれない。かっちりテーマを決め、YouTubeの映像を使ったり、資料を作ったりしてそれなりの付加価値は与えているが、スピーカーから大音量で鳴らすという行為がそもそも憚られる時代になってしまったがために、戦後を引きずっていた、物資が不足していた時代の「レコード・コンサート」と同様の価値が蘇ってしまったのかもしれない。結構重宝がられているのだ。

さんざんお世話になったウォークマンではあるが、本来、「社交の場」であったコンサートなど、音楽で時間空間をシェアするという楽しみを過去のものにしてしまった功罪に関しては、いろいろ考えさせられる。ウィズ・コロナのこんな時代だからこそ、たまにはいいものですよ、きちんと衛生管理をしたカフェで、ちょいと飲みながら「いいねえ、これ」「この曲好きだったなあ」と、懐かしさを共有するような「レコード・コンサート」、いや「トーク・イベント」も。



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