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清澄白河カフェのキッチンから見る風景 : ランチ屋の日常

チリンチリン ⇒ キョロキョロ ⇒ プシュ ⇒ ニコッ、ここまでに約3秒。「どこのお店でも繰り返された光景かな」と、疲れた頭で反芻できたのは、もうかなり遅い時間になってからでしたね。

はい、ゆっくり解説しましょうか。まず、清澄通りに面した白いビルの脇にある暗い入口から狭い階段を2階にあがってきますと、ガラスのドアが目に入ります。清澄白河にあるカフェGINGER.TOKYOの入口です。入口が見つけ難いというだけで隠れ家カフェと呼ばれているカフェめし屋です。

上の写真の3つの丸いアイコンが貼られたドアですが、開閉するときは必ず鈴が軽やかな音をたてます。ご来店を知らせる鈴ですが、夜一人で作業をしているときにもときどき鳴ってくれます。…ポルターガイストってやつですね。関東大震災のときも、東京大空襲のときも、大勢の方が亡くなっている町ですから、ここらではポルターガイストは日常です。

オーナーは調理しているとどうしても眉間に皺を寄せてしまいますが、大抵はスタッフの誰かが「いらっしゃいませ~」と元気にお迎えします。さすがに42日ぶりの営業再開、お客様がどれくらい戻ってきてくれるか、不安がなかったわけではありません。いえ、不安だらけでした。一組目のお客様がいらっしゃるまでは平静を装い、スクリーンに映し出されたGoGo Penguinの演奏に集中している振りをしていました。内心ドキドキでしたね。調理を始めてからも、普段以上にチラチラとドアの方を見ていたような気がします。

普段はわき目もくれずお気に入りの席に向かって歩みを進める常連さんが店内の様子を伺っている姿、これが実に微笑ましいんです。そしてその次の瞬間、目の前の丸椅子に置かれた手指消毒用のアルコールジェルの存在に気づき、さも使い慣れているといった動作でワン・プッシュ…、皆さん、このワンプッシュの動作が非常に早いです。しかも掌の土手あたりでポンプを押すさまが慣れを感じさせます。ぎこちなさなんて微塵もありません。さすがに自粛生活の中で、何度も繰り返してきた行動なんでしょう。

そして、ご自分のランチタイムの日常が戻ってきたことを素早く確認する動作、普段は目線もくれない窓辺の本好きが集まる側を覗きこんだりしています。この動作に店内の変化を見つけようとする心理が伺えます。その後は極力普段通りに振舞おうとしている様子も感じさせます。そしてここからは、2パターンに分けられます。普段もそっけないお客さまはニコッと笑顔をよこすか、さもなければ普段通り表情一つ変えません。もうひとつのパターンは、嬉しさを爆発させるワンコよろしく、手を振って「お久しぶり~」「やっと食べられる~」「よかった~」などなど騒ぎながら入ってくるか…ですね。有り難さはいっしょです。

ニコッとするだけの方は、内心「相変わらず不愛想な店主が調理しているぞ、パーテーションが付いた程度であまり変わってはいないようだな…よし日常が戻ってきた…ホッ」といったところでしょうか。マスクで口元は判りませんが、目が微妙に違います。この方たち、普段からお席に着くまでは仕事モードを引きずっていらっしゃるんです。席に着くと緩む方、即座にスマホのチェックを始める方、いろいろですが、目に安堵が宿っています。手を振ってくれる方たちは説明不要ですね。

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42日ぶりに営業再開したカフェめし屋のランチタイムのスタートです。再開初日はやはりちょっと普段と違っていたとは思いますが、最初のお客様が入店してから満席になるまではほんの数分。結果的に入れなかったのは3組様。本当に申し訳ありませんでした。

キッチンの中では、マスクの息苦しさと猛烈な暑さでびしょびしょになりながら、やり慣れた作業のはずが思うように動けないで戸惑う老人1名。同じく、普段とは様子がちがって、あれっ、あれっと言いながら走り回る若い人1名。常連さんが戻ってきてくれたことに有り難くてウルウルしている余裕もなく、「なんでここまで集中するかね…」と愚痴っておりました。

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最後のお客様とスタッフのYさんを送り出し、一部の照明を落とした途端、さすがにへたりこみました。喉の渇きと、足腰の痛みと、以前とは違う売上高の少なさに暗示される先行きの不安と、とりあえず再開初日を無難に終えた安堵がどっと押し寄せてきて、ケンケン的笑いと同時にトム・ウェイツ的呻き声が出てしまいました。

やれやれ、鬼忙しいランチ屋の日常が戻ってきましたよ。


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