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醸造・発酵への想い

発酵することが醍醐味
弊社の商品は英語では"Ginger Beer(ジンジャービア)"と呼ばれています。しかし、この飲み物の認知度が低い日本ではジンジャービアと言ったとき、お酒なの?ビールなの?という誤解と混乱を与えてしまうため、苦肉の策で代表の周東が「発酵ジンジャーエール」という名前を考え、呼称し始めました。
命名の理由は、ジンジャービアの製造には「発酵」が必要である、という前提と、「ジンジャーエール」という日本国内で広く普及している、分かりやすいワードからこの名称以外には考えられないと思ったからです。
もし「ジンジャービア」と言って通じるのであれば、それに越したことはないのですが…、それで通じるように努力することが、私たちのこれからの仕事だと思っています。

ところで、実は現在多くの海外メーカーが発酵を伴わない類似品をジンジャービアという名称で販売しています。曰く、本物の生姜を使っているからジンジャービアである、とのことです。しかし発酵によってしか、本当の味わいを引き出すことはできません。発酵によって得られる香味こそが、この飲み物をジンジャービアたらしめると考えています。
ビアテイスト飲料をビールと呼ぶような現状を、少しずつ正していければと考えています。

発酵することによる複雑な香味
発酵することによって、液体中の糖などの成分は菌に分解され、代謝され、酸や様々な香りが生まれます。本来、その素材そのものでは出すことのできない味わいが発酵によって出現するのは、非常に嬉しいサプライズのようなものです。ただ、造り手はそのサプライズに翻弄されることもしばしば。例えば、以前埼玉県内でナチュラルワインを造る企業から、ワインの搾り粕を購入し、ワイン粕味の発酵ジンジャーエールを醸造したことを例にしてみます。
私たちは以前にも、他社のワイン粕を使用したことが有ったので、絶対においしくなるはず、と自信満々に400ℓも醸造したのですが、この体験はもうジェットコースターのようでした。


小公子のワイン絞り粕で造った一本。色が美しい。

試作品deep fermented prototype
まず、仕込んだ初日、ワイン粕のおかげで、既に複雑な香りと、心地よいタンニンが感じられ、かなり美味しくなりそうな予感がし、期待に胸が高鳴りました。しかし、数日後、発酵が進むにつれて出てくる不快なニオイ・・・
オナラのような、メタンと硫黄が混ざったような香りがどんどんと出てきました。これは困ったことになった、と慌てましたが、完全に発酵が終われば、落ち着くかもしれない、と様子を見ることにしました。
それから1週間後、発酵が終わってみると、もうほとんど絶望でした。なにこれ、臭い…。オナラのような臭いは落ち着くどころか増していました。
以前、みかんの発酵ジンジャーエールを醸造した時も同様の臭いがあり、それはそれで楽しめたのですが、今回の臭いはその比ではありませんでした。
みかんとブドウの果皮に共通する成分、ペクチンが悪さをしているのか、などと考えましたが、とにかく後の祭りでした。
ですが400ℓも造ってしまったし、これを捨てるわけにはいかない、生産スケジュールも組んでしまっているので、とにかくできる限りの修正をして、何とか瓶詰めをしました。澱引きを多めにしたり、香りの強い蜂蜜を入れて、メタンのような香りを華やかな感じに方向転換しようと試みたり、炭酸ガスを出し入れして、液体内を換気できないかと試みたり…。しかし結局、ボトリングの日を迎えても、臭いままでした。もう仕方がないので、とにかくボトリングをするしかありませんでした。アルバイトにも「妹の足の臭いがする」なんて言われる始末で、散々なものができ上がってしまいました。出来上がった1800本の在庫を前に、販売に踏み切ることもできず、一体どうしたものかと悩んで過ごしていましたが、3週間たったところで、とうとう醸造家の大内さんに真剣に相談しました。「ワイン粕の商品、臭くなっちゃったんです。一体どうすればいいのか困っています。一緒に試飲して、相談に乗ってください」と。
そして、暗い気持ちでこれをグラスに注ぎ、二人で改めて一口すすって、一瞬ためらい、思わず顔を見合わせました。これは、、、美味しい!
本当に不思議でした。あのオナラのような香りは一体どこに消えてしまったのか。
そこに残っていたのは、目が覚めるようなフレッシュな香りと、しかし落ち着いた雰囲気、スムーズな味わいに、ほんのり感じるタンニンと、飲んだ後の不思議な満足感でした。
ノンアルコールの清涼飲料水は、瓶に入れた後すぐに加熱殺菌を行うため、瓶内熟成ということは考えにくいと思っていましたが、泡盛などのように無菌状態でも熟成と呼べるような変化が有るんだ、と確信した出来事でした。本当に発酵は奥深く不思議なもので、まるで魔法のようです。

発酵の恩恵
代表の周東(以下、私)は発酵食品が大好きです。二十代の前半から嗜好品マニアで、嗜好品と名の付くものはとにかく何でも試してきましたが、やはり嗜好品には発酵を伴うものが多く、おのずと発酵食品が好きになっていきました。発酵食品を日常的に食べていると、胃腸の調子も良くなるので、例えば、朝食には毎朝自分で作ったヨーグルトを食べたりしています。
二十代のころから、色々なものを実験的に発酵させて食べたり飲んだりしていましたが、初めてジンジャービアを造ったのは、三十代になった台湾でした。その時は、150年前頃まで飲まれていたというお酒のジンジャービアを自家醸造して妻の家族と飲んでみたのがきっかけです。(台湾では酒類の自家醸造が違法ではない。)
私は日本で生まれ育ち、国籍も日本ですが両親は台湾人です。台湾は地図で見るととても小さな国ですが、意外と多様な民族性を持ち、過去に内省人と外省人と区別されていた漢民族だけでなく、マレー・ポリネシア系の原住民や、日本人、果てはオランダ統治時代の名残のオランダ人(ゲルマン系)まで、本当に様々です。私の家系をたどると、自分の血の5/8が中国の流民、客家人(「ハッカジン」と読みます。漢民族の支流)であることが分かりました。この客家人は中国のユダヤ人と呼ばれ、国を持たず、独自の言語を持ち、現地民との軋轢から、移動と移住を繰り返しながら生きてきたそうで、そのため他の漢民族にはあまり見られない、独特な食文化を持っています。簡単に言うと、移動・移住に耐えられるよう、保存食を多用するのですが、その保存性を向上させるために、発酵が多用されてきた、というのです。
私が発酵食品が好きなのは、もしかするとご先祖様の血も少しは影響しているのかもしれません。

客家人の発酵食品「福菜」。カラシナを乳酸発酵したもので、
酸味と塩味が強く、調味料としても使われる。
瓶にぎゅうぎゅうに詰めるのは空気に触れさせないようにするためと思われる。

ところで私の曽祖父の時代の周家は、馬で1週間かかる領地を持ち、自治を認められていたそうで、曾祖父はその1/10の土地を相続、その大きさが約38万坪(東京ドーム27個分くらい)もあったそうで、祖父が小さいころに暮らした家は、現在台湾の文化財になっています。残念ながら、私はその恩恵を受けてはおらず、現在たった15坪の醸造所で借金をしながら頑張っているのですが…(笑)
因みに、母方の曽祖父はかつて兄弟で林業を営んでおり、会社の代表を務めた弟は台湾十大企業家として名を馳せ、日本では国内最大の鳥居「明治神宮の大鳥居」の樹齢1500年のヒノキを提供した人として、ご存じの方も少しはいるとかいないとか…。残念ながら、私はその恩恵を(以下略

発酵の種類と利用
話を発酵に戻し、食品の発酵に多用される、3つの代表的な発酵の型をご紹介します。弊社の商品は、ものによって以下の全ての型を使用していますので、それらとも絡めて記載したいと思います。
①アルコール発酵・・・酵母菌(イースト菌)によって糖分が主にアルコールと二酸化炭素に分解されます。全てのお酒はこの発酵を用い、お酒になります。二酸化炭素を閉じ込めたままにしておけば、炭酸飲料になります。どこにでも存在し、例えば収穫したばかりのブドウの表面が白っぽいのは、この酵母菌が付着しているからだそうです。弊社の商品も最終的には全てこの発酵型を用いて発酵されますが、使っている酵母菌がかなり特殊で、ノンアルコールビール用に開発された酵母菌を使用しています。この菌は特に麦芽糖に効果を発揮し、発酵の結果、アルコールがほとんど出ません。また、アルコールではなく少し乳酸を出すので、発酵前にpH6くらいの状態でも、pH4近くまで落としてくれます。2023年現在、この酵母は日本では基本的に弊社でしか使用していないそうです。

②乳酸発酵・・・乳酸菌を使った発酵で、チーズやヨーグルトで有名。乳酸菌は、「糖分を分解して乳酸を出す菌の総称」という、割とふわっとしたくくりなので、該当する菌の種類が多いです。381 種 50 亜種もいるそうです。弊社の商品では、例えば果汁をたくさん使用する発酵ジンジャーエールに使用しています。特によくできたのが、廃棄されるパイナップルの分厚い皮から採った果汁を発酵し、使用したものです。初期の酸味を強めにすると、野生の酵母や他の雑菌は酸っぱすぎて活動できないので、乳酸がうまく働いてくれます。現在はパイナップルの皮が入手できなくなってしまったので造ってはいませんが、芳醇な香りにクエン酸と乳酸の豊かな酸が加わることで、他にはない味わいでした。
ちなみに、乳酸菌は嫌気性といって、酸素も二酸化炭素も不要で、酸も出すので、雑菌に侵されるリスクが少ない状態で発酵ができますが、ビール醸造などで使用すると、発酵タンクの中に残存し、かなり気を遣って洗浄しても、どうしても悪さをして次のバッチに影響してしまう、と聞きました。ですので、醸造所での使用は慎重に…。

③酢酸発酵・・・お酢を造る発酵型ですね。酢酸菌は糖分も食べるようですが、メインの栄養源はなんとアルコール。アルコールを分解して酢酸を出します。ですので、日本酒やワインを開けて放置していたら、お酢のようになった、というのはこのためです。(酢酸菌もそこらへんに浮遊しています)弊社では一種類だけこれを活用した商品を、年に一回だけ仕込むことにしています。それはなんと野草を使った「初夏の味」の発酵ジンジャーエールです。10種類ほどの野草を大量に摘んできて洗い、上質なキビ糖の砂糖水に浸します。そうすると、葉の表面に付着した野生の酵母菌、乳酸菌、酢酸菌や、葉の内部の酵素によって数日でめちゃくちゃに発酵し、「野草酵素シロップ」ができ上がります。これを仕込みの際にドバドバと入れ、さらに酵母菌で発酵させる、という世界中で誰も取り組んでいないジンジャービアですが、これが全く青臭くなく、複雑でまろやかで本当においしいんです。野生の酢酸菌が非常に深みのある味わいとコク、一筋縄ではいかない複雑な香りを生み出すのに、一役買ってくれていて、とても気に入っています。

初夏の味、名前はsinging grasshopper(歌うキリギシス)

知られざる、発酵ジンジャーエールの造り方3種
発酵ジンジャーエールはジンジャービアのことですが、実は3種類の作り方があります。

①酵母による発酵・・・これが現在では一番ポピュラーかつ、一般的な方法です。純粋培養された酵母菌を使用することで、毎回均一で安定した品質・味わいのものを造ることができますし、酵母菌の選定によって、異なる味わいのものを作り出すことが可能です。弊社も基本的にはこれによって発酵しています。

②ジンジャーバグによる発酵・・・英語ではGinger Bugと書き、弊社の社名「しょうがのむし」の由来にもなっています。昔は純粋培養の酵母菌はなく、まずは天然酵母パンのように「酵母を起こす」というところから始めなければいけませんでした。発酵をスタートさせるための液種で、造り方はシンプル。ですが、果物で造る酵母液とは少し工程が異なります。
まず、生姜をすったり砕いたりして水に少し入れます。そこに、生姜と同じくらいの砂糖を入れます。翌日、これにまた生姜と砂糖を少量足す、ということを4日間ほど続けますと、だんだんと発酵力が上がっていき、完成します。Giner Bugという名前の由来は分かっていませんが、多分虫を飼うように、毎日ちょっとずつ餌をやるからかな?と思っています。これで造った発酵ジンジャーエールはとっても優しい味わいに仕上がりますが、品質はかなり不安定になってしまいますので、新しい醸造所を造ったら、菌を培養するための設備も入れて、挑戦してみたいと思っています。

様々な生姜で試作したGinger Bug(液種)、一番右は生姜の葉で起こした酵母
果物を混ぜて造ったginger bug(液種)

③ジンジャービアプラントによる発酵・・・こちらはGinger Beer Plant(ジンジャービアプラント)という名前で、ゼリー状の、不思議なツブツブした見た目で、複数の菌が集まってコロニーを形成したようなイメージ。こういう複数の菌が集合した種菌はスコビーと呼ばれ、例えばコンブチャ(紅茶キノコ)という発酵炭酸飲料を造る際に使われるもの最も有名です。(昆布茶とは一切関係がない)
これには酵母菌、乳酸菌、酢酸菌が混在しており、非常に複雑な香味をもたらしてくれます。日本で販売している業者はいないので、イギリスやアメリカから個人輸入するしかないのですが、この種菌を維持するのはなかなか大変で、私は開業前に9か月ほど楽しみながら培養していましたが、多忙と夏の暑さで死なせてしまってから、面倒くさくなってしまい、チャレンジを中断してしまいました。私の中国語の生徒の60代女性は、これを飲み始めたら便通が良くなっただけでなく、抜け毛がものすごく減った、と喜んでいました。実際どんな効果があるのか分からないのですが、特に酢酸由来の爽やかな香味は、確かに健康に良さそう~という味がしていました。
これに関しても、新しい醸造所ができたら、保有して試作品を造ってみたいと思っています。

左:コンブチャのスコビー 右:ジンジャービアプラント

共有したいこと
日本ではアルコール飲料の自家醸造が禁止されています。かつて米農家はみんな自宅でどぶろくを造っていたそうですが、そんなことも今はご法度。ただ、すごくもったいないと思うんです。発酵はとても身近な存在で、子ども達にとっては生物学や化学への興味の入口になります。法で禁止されているために、日本では大人でさえ多くの方が「糖分が酵母菌によってアルコールと二酸化炭素になる」という基本さえ知りません。
弊社の商品のように、アルコールが出ないよう、レシピを調整すれば良いだけなのですが、なんだかこの法律のせいで、悪いことをしているような気がしてしまいます…(笑)
子どもたちに、炭酸飲料は自分で造れると教えると本当に喜び、不思議がります。全く炭酸でなかったものが、蓋を開けるとプシュッと言って、味も香りも変化している。その楽しさや不思議な体験が、きっとどこかで、見えない影響・成長に繋がっていくことも有るんじゃないか、と私は思っています。

手造り発酵ジンジャーエール、ワークショップの様子

発酵は意外と簡単にできますし、失敗しても気軽にやり直せます。失敗の原因を考えることにも、大きな学びがあります。ですから、多くの方が気軽に発酵に挑戦し、日々の生活を楽しんでもらえたら、と思っています。
そのために私は数年後、ノンアルコールの発酵ジンジャーエールを自宅で造れるよう、レシピを一般に公開しようと思っています。そんなことをしたら商品が売れなくなる、と言われそうですが、たくさんの方が自宅で気軽に発酵ジンジャーエールを造り、笑顔で楽しんでくれれば、この飲み物の認知度も向上し、マーケットができ、結果弊社の商品も売れるようになると思っています。それに、自宅で造ってみたものと、同じレシピでプロが造るものが有ったら、きっと比べてみたくなると思いませんか?私だったら迷わず買って比べます(笑)
まずは多くの方に、日常的に発酵を楽しんでもらいたいな、と思っています。

醸造所ができる前、自宅での試作品仕込み風景
条件を変えて試作した発酵ジンジャーエール達。
この画像が怪しい密造に見えない日が来てほしい…


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