ツーリングの断片 その1 磐梯
文章を読むことでツーリングに行った気持ちになる。
バイク乗りとして、これもまた豊かな体験だと思うのです。
だからわたしは、ツーリングにまつわる文章を、ツーリングの断片と称して書き留めてきた。自分であとから思い出すために。
いま乗れる環境にないかもしれない。
雨模様で外出できないかもしれない。
世間の様子を気にして気の済むまで走れないかもしれない。
それでも、
文章を読んで走った気持ちにたどり着けば、
自分の走った体験を思い出して豊かな時間が訪れたならば、
それはもう、ひとつのツーリングだと、わたしは思うのです。
バイク乗りだから分かる心象風景。
それがバイク乗りじゃなくても共感できるものならなおうれしい。
* * *
その年の秋、私は機会があれば会津へ走りにいった。
あるとき、もう少し北まで足を延ばしてみようと思った。
いい景色に出会えるだろうと思って。
土湯温泉を過ぎ、標高を下げる。この国道115号の見晴らしはなかなか気持ちがいい。まだらに染まった山を眺めながら土地の空気をいっぱいに吸う。北から磐梯吾妻スカイラインへ向かおう。
旧い温泉街を抜ける。狭い道幅は昔から賑わっていた証拠だ。温泉もいいけれど、今日は紅葉とワインディング。さあ走ろう。深呼吸をしてこれから走る道に備える。何と言ってもスカイラインだ。
ところが。山の天気は何とやら。
スカイラインへ入ると霧の中を進むことになった。さっきの見晴らしから、紅葉した山の中をぐいぐい走っていく想像をしていたのに、いざ来てみれば五里霧中。スピードを上げられず、口をへの字につぐんで走る。霧のせいだろう、身体にまとわりついた水滴が肌寒さを感じさせる。ときおりヘルメットのシールドをぬぐって走る。
晴れていれば見晴らしの良いであろう駐車場へバイクを停め、カッパを羽織る。紅葉とワインディングにわくわくしながらここまで来たのに。
どうにもついていない。
紅葉の磐梯を走ろうという野望は果たせず、まさかカッパを着てのろのろと走ることになろうとは。
ああ。
縁石に目をやり愚痴を言ったところで見通しの利かない霧の中へ吸い込まれ、ため息をつくよりすることがない。空を仰いでも前を向いても、遠近感を失わせる乳白色の中。うなだれて縁石に腰を下ろせば、次から次へと水滴がまとわりついてくる。
仕方ない。このまま進んで、見通しの利く高さまで下りよう。そう決めてバイクに乗った。あきらめると、ゆっくりと走るのも苦にならない。
それが、浄土平に着く頃、とつぜん霧が晴れた。荒涼とした茶色の地の上に緑の点描を置き、鮮やかな黄色や赤を散らした景色が私の前に広がった。わたしは自然のいたずらに感謝した。ワインディングを走りたいという気持ちが消えて、この景色の中に身を置きたいという気持ちが湧いてきた。
バイクを停めて風の音を聞いた。この風が霧を運んでいったのだ。来た方向を振り返ると、霧は雲になり遠ざかっていこうとしていた。
たくさんの陽射しを浴びたいと思った。霧に湿ったカッパを脱いで大きく背伸びをした。晴れ間から感じる陽射しは暖かかった。
* * *
<追記>
今回のお話は
地図の左下からぐるっと反時計回りに走ったのでした。
この地図でわからないのは、標高差。
実際の標高差を数字で示します。
出発点の「国道115号」の文字のところが標高約1100m。
ここから
標高170mの「弁天前」までは、900mと少し下ります。
一気に下れば
"空気の濃くなる感じ" とか "気温の境目" を
体感することができます。
国道115号は、
何も隔てるものがなく、ひたすら下っていく道です。
流しているだけで気持ちのいい道でした。
天気がよければ胸のすく景色が見られるでしょう。
その後、西へ進路を取り(地図では左折のイメージ)
ひたすら標高を上げ
標高170mの「弁天前」から
標高約1580mの「浄土平湿原」へ。
その差は、約1400m。
google earthを使うとこの標高差を
感じられる見せ方ができました。
比べてみましょう。
上のA地点が、下の「国道115号」
上のB地点が、下の「浄土平湿原」です。
北の向きを変えると、下のようになります
(下図の右上をご覧いただくと、北が右斜め下を向いています)