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私達に足りないものなんて、何一つ無い
人はしばしば、周りの誰かが羨ましく感じ、その人には不足が無く、恵まれているように思えてしまうことがある。
ついその人が持っているものだけに着目してしまうからだ。
それも無理はない。
というのは、持っているものは、実体として見えやすくなっているのに対し、失ったものは見えにくいからだ。
だから、まるで相手は今まで何も失っていないかのように感じてしまう。
ただ、実際は決してそうではない。
私達は皆、何かを得、また、何かを失う。
誰もが、他の人にないものを持っていて、そして、他の人より足りないものがある。
自分は豊かだ、不足だというのは、人と比較すればする程顕著になるものだ。
故に、いつも誰かと比較せずにいられない人は、それに翻弄されやすくなるーー
自分は他人より
優れているとか、
劣っているとかで
気分が激しく
浮いたり沈んだりしてしまうからだ。
けど、そんなことは果たして、
生きていく上で、
本当に必要なことなのだろうか?
誰かと比べて足りないということは、
自分が生きていく上で足りないということではないだろう。
何かをが欠けてしまうことは、確かに苦しいし、惨めに感じてしまうかもしれない。
しかし、そうだとしても、問題はないーー
失うものがあったとしても、
まだ持っているものがある。
前向きな人が、失いの悲しみから素早く抜け出せるのは、今あるものに集中し、それを握って生きていけるからだ。
人は無いもので生きているのではなく、
有るもので生きている。
足りないものを探し回ったところで、人に生きる勇気なんて得られない。
羨ましがったり、妬んだりしたところで、何がどうなるわけでもない。
苦しくてもなお生きていられるのは、最低限でも、既に生きていくのには十分なものが与えられているからだ。
そうするとつまり、今、この私にとって、足りないものは何も一つないということだ。
より良く生きたいと思うのなら、今自分に何があるかをしっかり把握し、最大限活用していくべきなのではないだろうか。
失ったものを悔やみ、誰かと比較して落ち込むより、かえってそれを利用し、今あるもので補う。
そうすることにより、今持っている全てを精一杯輝かせるのだ。
それが出来るようになれば、欠けが存在する人生程、美しいものはないと思えるようになってくるはずだ。
そう、私達に足りないものなんて、何一つないのだから。
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