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親子関係大荒れ時(5)

「診断があったら受け入れやすくなりますか」

相談員の方と話している中で、「診断があったら受け入れやすくなりますか」と言われる場面があった。親が頑張るだけでなく、長男にも協力をと言った時のことだったと思う。

長男の特性を変えようとせず受け入れるべきとされたかったのか、推測の域は出ないが、この質問は印象的だった。そしてADHD/ASDは言われていないと伝えていたから、先方の質問はこれと逆の診断が出たらという意味だろう。

周囲の受容を進めるために診断が一躍買うことは分かるとして、本当に必要だから出た診断なのかと考えた時、この「本当に必要なのか」がわからない。診断と引き換えに問題の所在が"患者"側にあると暗に決まるようで、考えすぎかも知れないがひっかかる。親の方にも問題はあるだろう所で、やはりひっかかる。

特性は理解しているつもりで、ただその特性があったとしても、もう少し気持ちを切り替えたり、反抗を減らせないか、話し合えば解決するはずだが、そのプロセスがうまくいかず、間を取り持ってもらいたいと思って相談したが、WISCを受けているとか、発達のことが常に頭にあると、どうしても一直線に発達に意識が行きやすい。そう言えば、親の子供時代についても軽く訊かれていた。

この言葉はそれなりに考えさせられて、改めて調べてみようと、ASDの人と、その傾向は強くない人で、同じシチュエーションでも解釈が変わるという例をいくつも見てみた。ついでに長男にも、この場合どう思う?とやってみた。一つもASD的解釈として挙げられた解釈はしなかった。

診断が正式に出ることで何か変わるかと言われると、直感的にはもう変わらないと思う。

もともとギフテッドというものが診断されるものではないということから、診断がなくても動いていた。診断がないと動けないわけではないのだ。例えば、長男が塾の先生の思うような行動が取れないのは発達的な所が関係しているからかもしれないと伝えたことがある。

我々親が動くよりもかなり前に、長男も、塾の先生から「お前は、人ができない事が簡単にできて、人が簡単にできることができない」と言われたことがあると言っていた。

塾の先生とのやりとりについても、本当は求められている要求が高すぎるだけで、くらいついているだけでも立派なのに、なぜかわざわざ発達と絡めて考えざるを得ないことに、発達の知識がなかったなら、今頃どう捉えていただろうかと逆に考えることがある。塾の先生からは発達障害を否定された上で、親が庇うから長男が甘えると言われた。

ただ、忘れ物・なくし物・整理整頓の出来なさだけは、顕著に継続的に見られるため、気のせいとは思っておらず、また感覚過敏、特に最近は音にかなり敏感でお祭りがあると近くを通るだけで体調が悪そうにすることは、発達特性に起因するものだろうと思っている。

これ意外の所は何とも言えない。ギフテッドの特性とADHD/ASDとの違いを比較して書かれた文章を読むと、ギフテッドの特性だろうなと思ってきた。

ただ行動結果に対する親や周囲の反応を考えると、困った時のアプローチの仕方は共通して学べるはずと思っていて、日常生活においては、寧ろそういった情報の方が大切で、相談もその一環でやっている。

こうだからこうなる、がはっきりしていなくても、こうなったらこう対処すれば良いがわかることのほうが、有益な場合が多い。

学びがあったものとして、先日大学病院のご自由にお取り下さいコーナーでいただいた冊子を掲載してみる。以下のシーンは長男にも起きたことがある。

ADHDの正しい理解と個性を生かす支援のためにp.24

https://www.kwc.ac.jp/topics/2017/psg7n7000000276f-att/STR-P154.pdf

同上p.25

こういう事が起こり得ると知っているだけで、あまり叱ってはいけない、仕組みを作らないとと思うようになった。

原因については、p.25にワーキングメモリーが十分に働かないためとあるが、WISCの結果だけ見ると、長男はこのワーキングメモリーが突出して高く、150台前半となっている。だから、そういうケースもあるということなのか、または要因は違うのか、正直よくわからない。

医師もこの点は不思議そうにしておられたように思った。長男は記憶力は良いが、これを日常生活には使っていないというのがしっくりくる。

「診断があったら受け入れやすくなるか」のもう一つの問題

「診断があったら受け入れやすくなるか」のもう一つの問題は、診断が出ても納得できなかったり、先生によって判断が違うこともあるという点。それを思うと、いずれにせよ、そうかもしれないし、そうでないかもしれないという思いは残るだろうと思う。

実際、長男はADHDもASDも診断は出ていないが、それを小学校に診断書で提出したところ、「違う判断をされる先生もいると思うんですよね・・。」と言われている。

また、ある座談会に参加した時、お子さんがASDと診断されたが、その時はストレスが極めて高い中で受診したため、その時に出た結果には納得できないという親御さんがいらっしゃった。

長男について、改めてスクールカウンセラーに訊いてみたら、ASDは全くないと思うと言われた。ADHDは「ADHDっぽく見える」と何人かの人に言われている。

私も最近、長男が大学病院の診察中に昔よりそわそわしている様子があって、これはADHDなのかなと考えたことがあった。それで最近知り合った心理士さんにそのことを話したら、心理士さんとの面談中も体を動かすことはあるらしいのだが、「今見てみてください。微動だにしてませんよね」と、少し離れたところで待っていた長男を指さして言われ、一対一で向かい合って話す経験がまだ少ない中で落ち着かないだけかもしれませんと言われた。

塾の先生からは発達障害と思ったことはないと言われたことを書いたが、最近長男が水を飲みにウォーターサーバーに何度も行くようになったら、「多動」と言われたようで、長男が水筒を持っていきたいと言うようになった。親が発達の話をしたから言われたのだとしたら申し訳なかったなと思う。

塾で水を飲む暇も無いということは以前から聞いていた。親から水筒持参を提案した際には重たいからいらないと言っていたが、先生に言われたら気にしたのだろう。長男は冬は我慢出来るが夏は無理と言った。

(6)については、長男の受験が終わってから投稿します。